=another SHIN 【Lonely soldier 】=

【CHERRY 〈one night call〉= another SHIN =】

■ Lonely soldier ■


〈1〉

笑っていた。何人もの仲間に囲まれて。仕事の現場ではそんな表情になるんだ。凛としている。PCに向かってた時とも違う。

見たことがあるな、ああそうだ(夜来香)の時だ。

あの歌い出す前。眼差しだけで自分が歌うと告げてきた時。あの時の瞳だ。

 

〈2〉

赤い口紅?そんな派手な服持ってたっけ?その女性に借りたのかな?でも似合うね。

僕の知らないcherry。声をかけたい。似合うよって抱きしめたい。その唇に触れたい。

そのままの君をさらって行きたい。ひとつになりたい。でもできない。


〈3〉

徐々にだってゴリは言った。だからPCを捨てる。

これで君の動きがわからなくなる。

君の毎日がわからなくなる。

あと数ヵ月。君の声も、歌も聴けなくなる。

漏れてしまった声はずっと貯まっていた想い。

だめなのか?出て行っては。

オーナーに告げた日を思い出す。

プロポーズした日を思い出す。

死なない約束を思い出す。

僕の腕の中で眠っていく君を思い出す。

背中の傷への小さな唇の感触を思い出す。

大きな瞳に溜まった落ちるのを堪えている涙を。

無器用なキスを。

『おかえりなさい』って響きを。

熱いのを我慢しながらおにぎりを握ってくれていた横顔を。

猫みたいに膝の上に乗ってくる感触を。

堪えながら漏らす控えめな吐息を。

そして(allelujah)を自分だけのために歌ってほしいと、小さく震えながら言ってくれた時に感じた同じ愛しさが甦る。

あの時のように衝動のままに、二人でこのままモンゴルに。あの草原の中に出てしまったら誰にも見つけられない。

君の夢はどうなる?

新しい普通の仲間たちと追いかけている夢は。

あの凛とした瞳の光は。どうなる?

君の家族は。君の未来はどうなる?どうなる。


〈4〉

多分、今日、君は浦島太郎の気持ちがわかることになる。SHELLEY が無くなったことを知ったら倒れてしまうんじゃないか?Noon のピアノも売られたらしい。

僕たちのすべてが始まったあのピアノ。

僕はあの日、ピアノの練習に行かなければ良かったのかな。あの日、行ってなければ君をこんなに悲しませることはなかったのかな。6月11日は僕たちにとって特別な日にはならなかったね。それを君は望む?

あの日がなければ僕はどうなっていただろう。

あの頃のまま誰も信じず、誰も愛せず、彼女のことを恨み続けて。

死を恐れず、生きていることに感謝もできず、生きている喜びを感じることもなく。

僕の幸福感はあの日から始まった。この世界に存在できた喜び。愛する快感。愛される感動。満たされていく心の震え。君はどうだったんだろう。

戻りたい。取り戻したい。抱きしめたい。触れたい。君の中で果てたい。これからもずっと見つめていたい。見つめてほしい。抱きしめたい。離したくない。

あの部屋が僕たちのパラダイスでなくなったことを知ったら、君はどう思うんだろう。

嘘をついた僕を責める?嫌いになる?

消えたくない。君の中から消えたくない。嫌われても消えたくない。女々しいのはきっと僕の方だ。


〈5〉

ゴリとした無言電話の約束は2年。でも6月になると僕は日本に帰って来てしまう。仙台に。

まだ誰もどこにいるかがわからない状態。まだ安全ではないということだ。帰国するべきでないんだろう。近くても遠くても同じなのにね。

危険が増すとしても、なるべく近くで君の声を聞きたい。君の歌を聴きたい。その歌を聴くたびに心が震える。生きていることに感謝できる。

君の声を聴くだけでこの一年も生かしてもらえたことに感謝している。

でも、それは君にとってはマイナス。いつまでもこんな蛇の生殺しみたいな状態に君を追いやってる。ごめん。

6月、僕の見ていてる君はいつも雨の中だ。


〈6〉

見たことがある気がする。大阪にいた時の会社の人だよね。

あの頃、一度だけ偶然仕事中の君を見かけたことがある。スーツ姿で駅に向かってた。道の向こう側。声をかけようと思った時に走ってきた男性だ。君が忘れただろう書類の袋を持って、信号待ちをしていた君の肩に手を置いた。あの時、触れるな!と思ったんだ。

どうしてそんな優しい眼差しでいるんだ?その眼差しは僕だけのものだ。そんな笑顔で他の男性を見ないで。

駄目だ。君の幸せを望まなければ。自分は手を離したんだ。僕には君を守ることができない。こうして見ていても、転んだ君に手を差し出すこともできない。

君に手を差し出す人が現れて、君がその手をとるのなら祝福しなくてはいけない。

いつまでも君の心を縛ってはいけない。わかっている。だけど!

心が血を流しているに違いない。

銃弾を受けたときよりも、あの夜よりもずっと痛い。僕はどうなるんだ?君を完全に失くしたら、僕は生きている意味があるのか?生きたいのか?

また元に戻るだけだ。でも違う。生きている快感と感動を知らなかったときとは違う。

君と出逢う前とは違う。心が痛い。

台湾で君を拐うことを止めた冷静な自分が憎い。


〈7〉

彼が花束を渡した。君は嬉しそうだった。二人でホテルに吸い込まれて行く姿を見てしまった。

君の中の僕が昇華したのかもしれないね。やっと君は僕の亡霊のような想いから、心の束縛から解放されたのかもしれない。

それは良かったことだ。君を守るための僕たちの計画通り。

荒ぶる心を冷静な僕が沈めようとしている。

辛い。でもこれでいいんだ。

君は幸せにならなければいけない。遅いくらいだ。

ごめん、僕の未練のせいだね。僕がルールを破って無言電話をかけ続けてしまったせいだね。だからもう諦めきらなければ。

わかっている。でも心が痛い。

何度も何度もプッシュしている。通話には繋がないけれど、ほとんど毎日。指がその番号を覚えている。いつものように番号を押して今日は通話ボタンを押してしまった。

しばらく呼び出したあと、電話に出た君は、いつもの声で、優しい声で、僕の未練を責めるでもなく、いつもと同じ声で。

ごめん。君の未来にまたブレーキをかけた。

ごめん。すぐに切ったあと、反省する自分とほっとしている情けない自分が交差する。


〈8〉

出発の日は6月12日早朝にした。

日本で最後に聴きたい声は君の声だ。

君を守るための僕の役目はずっと前に終わっていたんだ。僕はもう日本にいる必要はない。

いや、君のためにも自分自身のためにも日本にいるべきではない。

南アフリカに発つ。

なぜだろう。君はすべて気がついていたような気がする。姿を隠しているのに、消えなければいけないのに、6月の度にストーカーみたいに君のことを見ていた僕に気がついていたような気が。

とても恥ずかしいよ。そしてそれも君のブレーキになっていたんだね。ごめんね。

これが最後だ。君のこの歌が聴けるのはこれが最後。君の声が聞けるのも。これが最後だ。

君自身の指で唇に触れてくれ。

耳に、首筋に、頬に、胸に触れてくれ。それを感じるから、君の指先から感じるから。


〈9〉

まさか、こんな風に命を落とすことになるとは思わなかった。乗っていたトラックの横転。交通事故じゃないか。なぜアフリカまで来て交通事故だよ。

意識が遠のいて行く。

下半身が動かない。

薄れていく意識の中で君を感じる。

なぜだろう、とても強く君を感じる。

手を繋いでいる錯覚。

もういいや。

こんな幸せな気持ちで逝けるならそれで。

ゴリに連絡が行くな。交通事故で終わったら、彼に笑われるかな。


〈10〉

下半身のリハビリは辛い。いつかゴリが言っていた。最初の頃は、死んだ方が楽だったかもって、マジで思ったって。

僕ももう歩けなくていいかもと何度も思った。

でもその度に君の困った顔が浮かぶ。

絶対に日本に帰る。

日本で起こったとんでもない災害。

君があのまま仙台にいたのなら、巻き込まれている可能性がある。君の無事を確認するためにも、必ず元に戻る。必ず自分の足で日本に帰る。

自分の目で、キラキラと夢を叶える君を確認する。


〈11〉

君は公園のベンチにいた。緩やかな光を浴びながら。

一人だけれど、一人でなかった。

大きくなったお腹に何かを話しかけている君の表情は、愛に満ち溢れていた。

幸せを掴んだんだね。

もう一人ではないんだね。

どうぞ、これからもずっと笑っていて。

その笑顔が僕に向けられるものでないことは淋しいけれど。君を笑顔にできるのが、僕でないことは悲しいけれど。

どうぞ一生その笑顔のままで。

僕の大好きなその笑顔のままで。

それが、それだけが僕の祈り。


『Vous devez trouver le bonheur』

ー君は幸せにならなければいけないー


〈 SHIN ーfin 〉

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