Second memory 78

= second memory 78 =


カバに支えてもらってゆるゆると立ち上がった。

ドアの外はもう暗い。そのままカバにしがみついている。田中さんが近づいて来た。鞄と紙袋を持とうとしたので、紙袋だけ奪うように取った。胸の前で抱きしめて持つ。

カバがポケットから出した車のキーを渡した。田中さんはSHINの鞄だけを持ってドアから出ていった。

『ちゃんと連絡するから。SHINの想いを忘れるな。』

ゴリはそう言うと、私の頭を押さえた。紙袋を置いてゴリに抱きついた。

絶対、絶対ね。ゴリはそのまま抱きしめてくれた。

もう一度カバと抱き合う。

「この店を出たら、私はcherryじゃなくなるのかな。」

小さく呟いた。カバがもう一度、ギュッと抱きしめてくれる。

『cherryはcherryよ。もちろんCHERRYよ。でもね、関係ないでしょ?あなたがcherry でも大下朋でも、私がカバでも竜崎拓郎でも、ゴリがゴリでも藪啓一でも、SHINがSHINでも神村真でも。私たちの刻んできた時間は何も変わらないでしょ?私やゴリが男でも女でもオカマでも、あなたはいつもそんなの関係なかった。目の前に表れる人を真っ直ぐに見つめていた。その人の肩書きや背景や歴史や、性さえも越えて、ただ真っ直ぐに目の前の人間を見つめ理解しようと。知ろうと。どんな時でも。どんな相手でも。そんな風に無器用に真面目に人に向き合っていたら、そりゃ時間もかかる。軽いコミュニケーションは取れないから、多くの人と仲良くなるのは難しいのかもしれない。でもあなたのそんなところも私は大好きよ!私たちは大好きよ。もちろんツーも。あの子もあなたのことが本当に大好きなのよ。』

そんな風に思ってくれていたんだ。知らなかった。ありがとう。

いつも自分勝手で、いつもカバにはわがままばかり言ってたのに。与えてもらったものに、何もお返しもできてないのに。私なんかを好きでいてくれてありがとう。

カバはもう一度その腕に力を込めて抱きしめてくれた。そして呟くように、私の頭の上で言った。

『I really care for you. forever.』


ゴリに連れられて表通りに出る。SHINの血がついた紙袋を胸の前で抱きしめながら歩く。

〈Noon 〉の前にはまだ人がいるようだ。ゴリが背中に手を添えてくれたから、きっとそうなんだろう。

車道に停まっているカバの車の助手席に乗る前に聞いた。

「いつSHINに会えるの。」

ゴリは紙袋を抱きしめている私を片手で軽く抱いてくれて言った。

『近いうちに必ず。それまでちゃんと寝ろ。ちゃんと食べろ。ちゃんと生きていろ。明日、連絡する。』

そして助手席のドアを開けてくれた。


田中さんは黙って運転をしていた。音楽もかかっていない。

この車でバカみたいな音量でRUNAWAYSをかけながら、4人で「SHELLEY BOMB !」と叫んでいたのはいつだっけ。ゴリとカバと私と、ツーちゃんと。

あの時はこんな日が来るとは夢にも思っていなかった。

「・・SHELLEY BOMB ・・・」

唇だけで呟く。

『大丈夫ですか?私の運転。』

急に田中さんが言った。

「・・はい。大丈夫です。」

声は出る。

『腕を組ませたり、手をとったりしてすいませんでした。藪さんに自然な形でと言われたんですがわからなくて。』

前を見たままの田中さんの言葉に、俯いたまま首を振った。

『私、腹を刺されたことあります。子供のころに喧嘩で。痛かったです。救急車来る前に死んだと思いました。』

赤信号で彼はチラリと私が抱えている紙袋を見た。

『藪さんたちが部屋に行ったとき、SHINさんはピアノにもたれていたそうです。開けられた鍵盤は血で真っ赤になってたそうです。あなたの指紋を自分の血で隠したんでしょう。あの痛みを知っているから、敢えて言います。常人にはできないです。cherryさん、愛されているんです。尋常じゃないほど。本物の修羅場をくぐっているSHINさんは大丈夫ですよ。手術が成功したなら大丈夫です。』

そんなことまで・・。

あのピアノの鍵盤に自分の血をつけているSHINを想像して、また涙が出てくる。紙袋を強く抱いた。

一番上にあるワンピースから、SHINの血の匂いがする。

会いたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る