Second memory 68
= second memory 68 =
ピアノの、最後の音が店内に響いたあとも動けなかった。藤堂さんの
『大丈夫ですか?』
という声にようやく、
「ちょっと失礼します。」
と席を立つことができた。心臓を捕まれたような感覚のまま立ち上がって、そのままピアノの方を振り返ったけれど、そこにもうピアニストの姿はなかった。化粧室まで倒れずに辿り着けるかな。
とにかくSHINの部屋へ。
メールを開いたけれど、何も入っていなかったから。藤堂さんにお詫びを言って、約束の6時にはまだ早いけれど駅で別れた。
〈SHELLEY 〉に行かなければいけないけど。とにかく。
部屋には帰った形跡はなかった。カーテンも閉まったまま。
思い違いならどんなにいいだろう。声が聴きたいと思い続けていた心が聞かせた幻なら。でも確信は揺るがない。私が彼の声を間違えるはずがない。その自信が悲しい。せっかくSHINが帰ってきたのかもしれないっていうのに、そんなことを考えている自分に腹がたつ。
カーテンを閉じたまま、お化粧を直して部屋を出た。
予定どうりに〈SHELLEY〉に着く。ドアの前で少し戸惑っている。もしこのドアの向こうに彼がいたら。嬉しい。泣きたいくらい。
でもその気持ちは真っ直ぐに届くのかな。SHINはわかってくれるのかな、ずっとずっと待っていたこと。ドアノブに手をかけたまま固まっていた。
『cherry!早くない?』
カバの声。怖々、振り返った。カバひとり。
『レモンきれてたの。何してるの?入りましょ。今日はシークレットゲストがいるのよ!』
砕ける。
ドアを開けると真っ直ぐ前にゴリのソファがある。そこに座っていたのはゴリともう一人。
やっぱりもう一人。
『そんなとこに座ってたら、シークレットにならないでしょ!』
カバ、いいから。
『まったく、作戦だいなし!』
カバ、もういいから。
SHIN は少しだけ笑って言った。
『もうばれてるから。』
考えてみれば、見たことがあった。
ティーコージーも、ティースタンドも。レモンゼリーでコーティングされたちょっと変わったオリジナルの甘酸っぱいケーキも。とても幸せな時間に。
そして何よりもあの空気感がご自宅と同じ。独特の心地よさ。
オーナーの3つ目のお店だったんだね、神戸の。SHINがピアノだけ弾きに行ってた。
『カバから連絡あって。cherryにないしょにして驚かそうって。いきなりヘルプ頼まれたんだけど、支配人に怒られちゃったよ。神戸の店は歌っちゃいけないから。』
だからマイク通ってない声だったんだ。
ゴリとカバが気を効かせて二人にしてくれた時間、私たちはゴリのソファに座っていた。
「驚いた。ごめん、驚いた?」
彼は黙っている。
「おばあちゃんにお見合いしろって言われて。もちろん最初から断ってたよ。でも6時までって言われたんだ。」
言い訳。そんなことじゃないよね。
SHINが(allelujah)を歌ったのは私のためだね。
私があなたに嘘をつかないですむようにだよね。
なにも伝えずに知らん顔でいることをさせないためだね。
彼が私に一番求めているものは誠実さ、それを思い出した。
ちゃんと話そう。
羨ましいと思ったことも。
・・そしてあのことも。ちゃんと話そう、正直に。自分を責めないでほしいことも伝えたい。悪いのは私だけなんだから。
そして許してほしい。あのことも、今日のことも。
「SHIN、今日行っていい?」
彼は頷いて、やっとただいまのkissをくれた。
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