First memory 63
= memory 63 =
ツーちゃんはsweet memoryをちょっと舌足らずな歌い方で歌う。
男性客はみんなテーブルに肘をついて聴いていた。
SHINも右肘をついて顎をのせ、目をつぶって聴いてる。
『ツーの声は女性の声だよね。cherry の声にちょっと似てるかも。』
って。私、こんな声なの?
自分の声ってわからない。
練習で録音した歌を聴いたとき、どっかで聞いたことある声って思ったのはツーちゃんの声だったのかな。
じゃあ、私にもこんな風にかわ色っぽく歌えるのかな?この歌。
ツーちゃんはこの曲で今日またファンを増やしたと思うよ。
一番を歌い終わったツーちゃんはマイクを椅子の上に置くと、ゆっくりとステージを降りて私たちのテーブルにきた。
ステージのカバと、歩いてくるツーちゃんをスポットが追う。
カバのピアノはまだ続いている。
ツーちゃんはちょっと微笑んで、いつのまにかテーブルに運ばれていたワイングラスを私とSHINに渡して、これもいつのまにか運ばれていたワインクーラーのなかの赤ワインを、私たちと自分のグラスについだ。
何も言わずに私の隣に座るとちょっと微笑んだあと、
『cherry、おめでとっ。かんぱいっ。』
って。いつものツーちゃんの話し方じゃない。
カバのピアノはツーちゃんの一連の動きのBGM みたいだ。
「ありがと。」
答えた私に、ニコッと笑うとグラスをあわせた。
チーンという音までがBGM 。
ツーちゃんはSHINとはグラスをあわせずに彼の方を見て、ちょっとグラスをかざして、また私を見つめてくる。
ツーちゃんの目はなんかうるうるしてる。
ドキドキしてくる。
そしてツーちゃんは私を見つめたまんま、静かにワイングラスに唇をつけた。
私もつられて飲む。
ツーちゃんに見つめられてドキドキが加速していくまま、ちょっと甘めのワインが喉に落ちる。
見つめ続けてくるツーちゃんの視線から、自分の目をそらすことも、瞑ることもできない。
ワインが私の体に入ったことを確認したように、ツーちゃんはそっと微笑んだ。
私を見つめたまま立ち上がる。
体を回転させる一番最後の瞬間まで、私から目を離さずに振り返ってステージに戻る。
ツーちゃんと目が離れた瞬間、さっきまでドキドキしてた心臓にキュッて摘ままれたみたいな痛みが走る。
ツーちゃんの後ろ姿から目が離せない。
多分、ツーちゃんは私の今の状態を知ってる。
私が心臓バクバク言わせながらツーちゃんの背中を見つめていること。
だっていつもよりずっと綺麗な背中。
ゆっくりとした動き。
いつもは飛び乗るステージに、誰も使ったことないんじゃない?って思ってた一段だけのステップを使ってあがる。
椅子の上に置いたマイクを持つと、カバの演奏もピッタリのタイミングで歌がはじまる。
次は英語で。
私は歌っているツーちゃんから目が離せない。
瞬きもできない。
心臓にささったみたいな小さな痛みは決して不快なものではない。
むしろ心地いい。
ツーちゃんの歌が終わった。
私の方を向いて少しだけお辞儀をする。
顔を上げるときは微笑んでいる。
そしてツーちゃんの顔が見えるその瞬間から、まちがいなく私をまた見つめている。
スポットが消えた。消えないで!って思った。
ホールのライトが少し戻る。
ステージにはもうツーちゃんはいない。
テーブルを見ると、さっきツーちゃんが飲んだワイングラスに少しのワインと、ツーちゃんがつけていた薄いピンクのグロスの後が残っている。
そのワインが飲みたくなる。
あのグロスが残ったところから。
ドキドキしてる。
『ドキドキしてるでしょ?』
SHINに言われて黙って頷いた。
『VIP席のお客さんは、あの演出でツーちゃんに恋するんだ。演出だってわかっててもね。』
演出なんだ。恋したんだ私。
ツーちゃんに。
ツーちゃんの思惑どうりに。
今の私、ツーちゃん指名で〈SHELLEY〉 に通いそうだよ。
『まわりにいるお客さんもcherry のこと羨ましく思ってるよ。そしてこのVIP 席に来たくなる。そのワイングラスが気になってしまう。ツーちゃんはあそこに戻るのかな?って。』
演出ってわかってもなお、ドキドキしてる。
隣に大好きな人がいるのに。
ってか私、女子なのに。
ツーちゃんと普通に話せるかなあ。
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