新星樹のアナントス

川獺馬来

第1話 始まり/The end

 顔にこれでもかという位に冷たい水の衝撃をくらう。

「目を覚ませ」

その声で重たくなった瞼を開けようと努力するが、朝起きるときよりも重く感じられ、半分開けるのがやっとであった。目の前には赤黒の服を着た男が一人、奥の扉の前に立っている男が一人という二人の男が立っていた。全体を見たわけではないがマジックミラーらしき大きな鏡がある。

「名前を言え、それと年齢も」

 名前…。彼は働かない頭を何とか呼び起こそうとする。水を被って頭の中は冴えているが、状況との混乱が整理つかずにいた。

「早く言え!」

 目前にいる男は逆上し、ふいに彼の腹部に衝撃が走る。彼は腹部を思いっきり殴られていた。彼が苦悶の表情を浮かべると男は苛烈さを増し、最早ここでの支配者が誰なのか顕示している。それ故に彼は雑然した考えをなくし、訳の分からない悪意と痛みへの恐怖から目前の男が欲する回答だけを出そうと頭の中を切り替える。

「藤長 コトツキ」

「年齢は?」

「十四…」

「藤長 コトツキ。十四か」

 目前の男を刺激しないようにコトツキは即答していく。男の苛立ちも収まった時にコトツキは初めて気付く、体が不自由であることに。先程までは目前の男に対しての恐慌が勝り、動作をとることすら考えつけなかったが、手は背もたれの後ろで縛られており、足首は椅子の足にしっかり括り付けられている。

 コトツキの様子に気付いた男は豹変し軽蔑と優越の混じった顔を浮かべる。それは醜悪ともいえる。コトツキは先程のこともあり辛苦し辟易していた。コトツキの中にあったのは男に対して迎合し服従する姿であった。

 しかし、男からかけられた言葉は想像絶するものだった。

「お前に殺された人達と愛人の無念と恨みを晴らさせてもらうからな。これだけで済むと思うなよ」

 コトツキは困惑顔を浮かべ熟考したいが考えが纏まらない。それを見ていた男は憤懣やるかたなり、とりあえず暴力によって発散させようとする。コトツキは意識の中に逃避しようとしたばかりに、満身創痍になり吐血していることにも気づかずにいた。

 血の池となった溜りに倒れ込むと意識が朦朧とし始めただただ死を待った。

「誰か…、誰か僕を殺してくれ。残りの人生なんていらない、もう裁断してくれ。もう舌を噛む力が何もないんだ……」

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