マグルワの肉

東南アジアのルンダ諸島の一つに、ある大学の教授が調査に来ていた。言語学のフィールドワークが目的で、現地の人に会っては話しかけその言葉を収集していった。

この辺りは、いくつもの船を経由した先にようやく2,3の集落と呼べるものがあるだけで、特に奥の集落は外界との接触が少なく、訪れる人を襲うなどといったの真偽不明の噂もあった。

教授たちはこの島にいくつかの未発見の古語が残っていると考えたのだった。


船着き場から進み、ヤシの葉で葺かれた家々を周る。

教授は出会う人に話しかけ、録音とメモをとって言葉を収集していく。

大体は地域の言葉で通じるが、方言なのか未発見の語なのか、時折聞きなれない言葉が出てくる。

そういった時は、実物を指で差したり身振り手振りで示したりして言葉を推測していくことになる。

島の人々は見慣れぬ異邦人に驚いた様子を見せるが、大抵は協力的に対応してくれた。調査が順調に進むので、教授は嬉しくなりどんどん島の奥へと進んでいった。


ドリアンやジャンブの小さな果樹園をいくつも抜け、鬱蒼と茂り壁のように現れたジャングルを越えたところに、数軒の家が見えた。

「ここが奥の集落かな」と教授が独り言ちると、一軒の軒先に不思議なものを見かけた。

肉塊が大きめの網に入れて吊るされている。


家の主人に「あれは何だ?」と聞くと。

「マグルワだ」とだけ教えてくれた。


夜も暮れてきたところ、その家の主人に気に入られたのか食事をご馳走されることになった。やがて周りの家の男たちも集まって家の庭先で宴会のようになった。用意されたカヴァを飲みながら、近海の魚や島の果物を食べた。豪勢とは言い難いが、彼らが教授たちを歓待してくれているのがよく伝わってきた。教授は彼らが人を襲うという噂がまったくの杞憂であったと思い、胸をなでおろした。


食事の最後に肉が出された。

ひき肉を丸めて団子にして蒸したものだった。

何の肉かは分からないが、あまりの美味しさについ手が進んでしまった。

食べ過ぎ膨れた腹の内側から食べた肉が胃袋を押してくるようにすら感じられた。


お腹をさすりながら、教授はせっかくの機会だからと男たちの言葉を集め始めた。

教授はカバンから取り出したイラストを指し示しながら、メモをとっていく。


ふと人間のイラストを指さした時、「マグルワだ」という声が聞こえた。

教授は「ん?」と思った。

網に入った肉塊にも同じ言葉があったことを思い出す。教授はそのイラストを描き、再び男たちに尋ねた。

答えはやはり「マグルワ」であった。

何度か聞いてみたが、聞き間違いということはなさそうだった。



やがて教授は一瞬背筋が冷たくなるのを感じた。

メモを片手に男たちが説明する言葉を並べてみる。

「マグルワ」「生きる」「そのまま」「おいしい」


嫌な予感がする。

教授は恐る恐るさっき食べた肉団子を指さした。


男たちは答えた。


「マグルワだ」

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