184.Sな彼女とNな彼

別れる覚悟なんてとっくにしている。



手術が必要と言われるまで引き延ばしてるだけ。



タイムリミットが来なけばいいと思ってた。




検査は定期的に受けていて


治療をしているわけではないから


いつか手術になることだってわかってた。





遅咲きの桜が咲き誇る。





「要精密検査」と言われてしまった。



何度もネットで調べているから知っている。



私の病気は着々と進行していた。





ここがタイムリミットだ。





悟さんが心配して声を掛けてくれたけど


どんな会話をしたかあまり覚えていない。




もし治療が必要となった場合


必ずセカンドオピニオンを受けて


自分が納得できるやり方にした方がいい、と


友達としてのアドバイスをもらったと思う。




「前に話したけど、実結ちゃんの彼氏だって子供が欲しくて結婚するわけじゃないと思うよ」




そう言われても


愛する人に重荷を背負わせたくない気持ちを


どうか許して欲しい。




病気がわかる前に結婚していたら


もがきながらでも一緒に乗り越えたと思う。




わかってしまってからは


一緒に乗り越えて欲しい思いより


巻き込みたくない気持ちの方が強かった。





園子から毎日のように届く


赤ちゃんの成長写真。


SNSに載せられる家族三人の写真。




私の欲しかった未来を


繰り返し削除する作業に


疲れきってしまった。





「好きな人には当たり前の未来をあげたいんです」



「実結ちゃん、子供がいるのは当たり前じゃない」



「わかってます。でも、可能性が0か0以外かの違いはあまりにも大きすぎます」




子宮を取って可能性を0にする絶望は


私一人だけで十分だ。




「子供を授かる方法は色々あるよ」



「……もう別れると決めています」



「実結ちゃんの代わりはいないんだよ」



「私の選んだことは正しいんですよね?」




相手の幸せを願う嘘を


どうか正しいって言って欲しい。





正解を見つけられないまま



間違った方へ進もうとしているのか。






今度こそ会ったら終わり。




紀樹に会いたい。会いたくない。




ずっと一緒にいたい。




終わらせたくない。会いたくない。




会えないって言って欲しい。





『ゴールデンウィークは出張やねん。一日は休みやから会いたいんやけど、実結は?』




『大丈夫』




『翌朝早いから遠出は無理やけど、どっか行きたいとこある?』




『考えとく』





これが最後になる。




これを最後にしなきゃいけない。




布団の中で声を押し殺して泣いた。





好きな人を好きなまま手放すことは



心臓を握り潰されるみたいに



心がちぎれそうで痛い。





神様、これは正解ですか。





この痛みを乗り越えた先には何がありますか。




私はもう幸せにならなくていい。




私の幸せと引き換えでいいから



紀樹の追い掛けている夢を



叶えてもらえませんか。




紀樹が辛い時や苦しい時



支えてくれる誰かと一緒に



幸せな道を歩いて行って欲しい。




そんな人と結ばれるようにお願いします。






起き上がって窓の外を見る。





出会ったばかりの頃に



紀樹から貰ったブルームーンストーンを



下弦の三日月にかざす。





迷いを照らし



正しさへと導く月の石。





もう……、迷わない。









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