176.Sな彼女とNな彼

紀樹と会わないと。



電話をしようとしても手が震える。



会ったら終わりにしないといけない。





会いたい。会いたくない。





リビングのソファーで悩んでいると



母たちが帰宅した。




スマホを置いて「おかえり」と声を掛ける。




祖母が私の隣に腰掛けて



「政敏に実結のウエディングドレス姿を見せてやりたかったね……」



と言った。




出来ることなら余命僅かの父に


結婚式に出席してもらいたかった。


もう父にはバージンロードを歩くだけの


体力は残っていない。




それを紀樹に言うのは……出来ない。




全てを話してしまえば



半ば強制的に結婚や子作りの流れに



乗せることになる。





愛している人にそんな重荷を


背負わせるわけにはいかない。





親不孝な娘でごめんなさい。





私の病気のことを知らない小夜が



「結婚は今すぐ無理でも前撮りは?ドレス姿だけでも見せれば良くない?」



と横から口を挟んだ。





それ……なら出来るかもしれない。





写真だけでも撮りたい。




ただ紀樹に事情を話さずに


そんなことが出来るかな。




前にブライダルフェアを調べた時に


ウェディングドレスの試着と撮影を


やってくれるって書いていたのを思い出した。




調べてもドレス試着となると


開催しているところが少ない。




いくつか候補を絞り込む。




出来れば遠方がいい。




仕事の電話が入っても


すぐに行けない場所ならば


紀樹は他の誰かに仕事を振る。





なるべく遠いところで……。




そして



思い出に残る所がいい。




ふと目についたのは異国情緒溢れる景色。




ヨーロッパに行った時を思い出す。




二人でまた同じ景色を見たい。






翌日。




夜に電話しようと思っていたのに



お昼休みに紀樹の方からメールが来た。




こんな時までタイミングが良くて


泣きそうになる。




『今週は土日休みやから実結の行きたい所に連れて行く。どこ行きたい?』




私の行きたい場所は昨晩決めた。




『長崎』




きっと最後の旅行になる。




『唐突やな。飛行機取れるやろか』




いきなりの提案に応じようとしてくれるのも


わかってるし、大好きしかない。




『何とかせえ』




私の下手な関西弁にきっと紀樹は


笑ってくれる。





その笑顔を守りたい。





その笑顔を守ると決めた。





涙がこぼれる。




会社のトイレで一人きり。




声を押し殺して泣いた。











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