151.Sな彼女とNな彼

夏の終わり。




紀樹とした後の腹痛が毎回起こるようになり


レディースクリニックへ行って


診察をしてもらった。




その時には、筋腫があって


痛みや出血があるのかもと言われた。




まだ手術するほどではないけれど


大きくなる可能性もあるから


もし妊娠を希望しているならば


早い方がいいという話をされた。




彼氏がいると言っても


結婚できない状況で妊娠を急ぐなんて


とてもじゃないけど出来ない。





紀樹に話すべきなのか。





腹痛が酷くなってから


会う頻度を減らしている。




私が病気だの手術だのと言ったら


紀樹はきっと私に付き添うようになる。




負担は掛けたくない。




でも


軽くは話しておかないと


万が一何かあった時に


慌てふためくことになる。






久しぶりにホテルでお泊まりした夜


なかなか切り出せずに


深夜十二時を過ぎてしまった。




「そろそろ寝るで?」




「紀樹、あの……」




さらっと軽く言うべきなのか


真剣に話すべきなのか。




「どうしたん?」




「えっと……」




躊躇っていると


紀樹の携帯が鳴った。




「ごめん。大事な電話やから出ていい?」




「あ、うん」




なぜかホッとした。




早口の英語で交わされる会話は


やっぱり聞き取れなかったけど


紀樹が何か怒っているのだけは伝わってきた。




「実結、ごめん。急ぎの仕事やから帰らなあかん」




「えっ、こんな時間に?!」




「時差があんねん。しゃあないやろ」




「でもっ」




「話はまた今度聞くからな」




紀樹が私の頭を撫でてキスをした。





シーツの上に敷いてたバスタオルには


前よりも多めの血がついていた。




悪化してるのかもしれない。




急な不安が襲ってきた。





別の電話をしながら着替えている紀樹の


後ろ姿を見る。





言わなきゃ。





電話を切った紀樹が振り返る。




「実結は泊まって行く?」




「ううん。帰る」




「ほな、ちょっと急いでくれへん?」




「紀樹、あのね……」




言い掛けると同時に「もしもし」と


紀樹は違う電話に出た。





それが終わるとホテルのフロントに


「もうすぐ出ます」と電話した。




私まだ服すら着てない。




今の紀樹は早く帰るしか頭にないんだ。




不安と苛立ち。





「紀樹は仕事と私とどっちが大事なの?!」





言ってはいけない言葉が思わず口をついた。





「比べようなんかないやろ」





紀樹が私の服を集めてベッドに座る。





絶対に私の方が大事だって言われると思ってた。





「俺は実結を守るために仕事してんねん。実結がおらんかったら、ここまでは頑張られへん」





嘘つき。



私がいなくたって紀樹は必死で働くことくらい


誰だってわかるよ。



でも


周りが見えなくなるくらい夢中で働いてる姿に


私は惚れている。



夢に向かっている瞳を綺麗だと思う。





「ごめんなさい」





紀樹は私に着々と服を着せていく。


素直に協力した。





泣きたい気持ちを胸の奧に閉じ込める。





腹痛はすぐに治まったから



きっともう大丈夫。



そんな風に思い込もうとしていた。





家に帰ると


小夜はご機嫌にゲームをしていた。




「あれ?姉ちゃん泊まりじゃなかった?」




「紀樹に急用が出来ちゃって」




「ふぅん?」




小夜はヘッドホンを付けて


部屋の電気は消してくれた。




私には一人で泣ける場所すらない。







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