死神

 とある病院の一室、真っ白なベッドの上では一人の女性が横になっていた。ベッド脇に置かれた点滴や人工呼吸器などの多種多様な機械は全て彼女とチューブで繋がれている。

 チューブの川の横、一人の男が彼女を見つめていた。掛け布団からはみ出した彼女の手を握り、もう片方の手で陶器を触るように彼女の手を優しく撫でていた。

「会社には行かなくていいの」

 からかうように男に声を掛けるが、その声は耳を澄まさなければ聞こえないほどか細い。

「今まで無遅刻無欠席で尽くしてきたんだ。少しくらい休んだってなんてことないよ。それにお前、俺が近くにいないとすぐ泣くだろ」

 おどけながら言う男の言葉に彼女は笑おうとしたが、その拍子に咳き込んでしまう。彼女の口元を覆う透明なマスクが息で白く濁った。

 自然と彼女の手を握る力が強くなる。

「痛いよ」ほほ笑みながら彼女は言う。

「すまん」慌てて彼女の手を放した。

 自由になった彼女の手は何かを探すように動く。しばらくパタパタと忙しなく動き、男の手を捕まえると二度と放さないように強く強く握った。

「こんな病気無くなっちまえばいいのにな」男がぽつりと呟いた。

「こんな病気でも感謝している面もあるのよ。だって、病気に掛からなければあなたに出会えなかったんだもの」

 そう言って彼女は嬉しそうに目を細めた。

 確かにそうだな、彼女の手をさすりながら男は言った。


 病院の上空、夕日に照らされながら病室の様子を眺める者がいた。ぷかぷかとゆったり空に浮きながらも、決してその場から離れず、じっと二人を観察していた。

 そいつが観察を始めてから半日近く経過した時、近くを空の矢筒を背負い、小さな弓を持った子供たちが横切る。ゆったりとした速度ながらも決して風に流されているわけではなく、一定の方向に飛んでいた。

「ほら、死神がいる」子供たちのうちの一人がそいつに気付いて言った。

「本当だ、死神だ」「どれどれ、本当だ」「確かに死神だ」

 子供たちは飛ぶのをやめて、漂い始める。

「仕事かしら」「仕事に決まってる」「でも全然仕事してないよ」「また、いつものやつだ」「そうに違いない」「先が短いのがわかっているのに」「全く物好きな奴だ」

 子供たちは口々に囁き合い、侮蔑の混じった目を向ける。

 囁き声はそいつにも聞こえていたが、動じることなくひたすらに病室だけを見つめていた。

 日が大きく傾き、空を暗くする。

 子供たちはひとしきり囁き合った後、やがてどこかへ飛翔していってしまった。


「おや、お疲れ様です。最近よく会いますなあ」

 完全に日も沈み、闇が病院を覆った頃、真っ黒なローブを纏った骸骨がやって来てそいつに話しかける。

「お互い大変ですね」

 骸骨は大きな鎌を重そうに担いで言った。

「あなたも周囲から色々言われるでしょうけど、私はあなたの仕事ぶり尊敬しますよ」骸骨が一人語る。

「私としてもですね、最後はやっぱり笑顔の方がなんとなく気分がいいんですよね。あなた方としては末永く続いて自分の業績に少しでもプラスにしたいんでしょうけど、でもやっぱりあなたのような奇特な方がいないと報われないじゃないですか」

 骸骨はぺらぺらと喋りかけるが返事をしたくないのか、そいつが口を開くことはなかった。

 そうこうしている内に病室の中が慌ただしくなる。その様子を確認すると、そろそろ仕事の時間だ、と骸骨はだるそうに鎌を携えて二人の病室へと向かっていった。一瞬、制止しようとローブに手を伸ばしかけたが、すぐに引っ込めた。

 鎌が病院の壁をすり抜けるのを見送ると、矢の詰まった矢筒を背負い直し、手に持つ弓を撫でながらそいつはその場を後にした。

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