第14話コンラッド王子と、令嬢オーレリア

 シルヴェスターの追及を躱すこと数分。やっとのことで第二王子コンラッドが執務室へとやってくる。


「おや~、君がエリザベス嬢か」

「お初にお目にかかります」

「よろしくね」


 年頃は四十半ば。白髪交じりの茶髪に、眼鏡。頬はこけており、細身で、頼りない外見をしている。喋りも王族とは思えないほど、威厳がなくゆるかった。


「いや~助かるよ~。もうね、何年も、召使いをね、シルヴェスター君が次々と、解雇してしまうんだ」

「コンラッド殿下、無駄なお喋りをしている暇はありませんよ」

「そうだった!」


 シルヴェスターに促され、へらへらしつつ自らの席につくコンラッド。机に築かれた山を見て、仕事量を他人事のように笑って指さし、急に真面目な顔つきになったかと思えば、ペンを手に取ってバリバリと働きだす。


 エリザベスは深くお辞儀をして、部屋をでた。


 任された仕事は紅茶を淹れることのみ。十一時、二時、四時の三回。

 空いた時間は執務室の隣の部屋で好きに過ごしていいと言われていた。図書室に行くことも許可される。

 ただ、人手が必要になれば呼びだすこともあるので、なるべく部屋にいるようにと命じられた。


 とりあえず、十一時のイレブンジズの時間までは、大人しく部屋で過ごそうと思っていたが――


「あ、あなた、エリザベス・オブライエンじゃない!?」


 声をかけてきたのは、ドレス姿の若い女性。背後に、数名の女中を引き連れている。


 部屋から一歩でただけなのに知り合いに出会ってしまったと、自らの運の悪さを呪うエリザベス。はあと、盛大な溜息を吐いた。


「人の前で溜息を吐くなんて、噂通りの性悪なのね、失礼にもほどがあるわ!」


 その発言を聞いて、助かったと思う。

 噂の話を持ちだすということは、直接の知り合いではない。

 自信を持って訊ねた。


「まず、初対面なのに自己紹介もせず、怒鳴り散らすほうが失礼ではありませんこと?」

「まあ!」


 相手の女性の顔が真っ赤に染まる。

 エリザベスは微笑みながら、スカートの裾を摘まみ優雅に会釈をした。


「はじめまして。わたくしはオブライエン公爵家子女、エリザベスですわ」


 エリザベスの先制攻撃のような自己紹介を目の当たりにして、悔しそうに顔を歪める女性。


 止(とど)めとばかりに極上の作り笑いを浮かべれば、相手を悪い方向へ刺激する結果となってしまった。


「ちょっと、こちらにいらっしゃい!!」


 ぐっと手首を掴まれ、ぐいぐいと引っ張られる。


 腕力がないエリザベスは、容易く連れて行かれてしまった。

 ここからならば、叫べばシルヴェスターを呼ぶことができる。けれど助けてもらい、借りを作るのも癪だと思ってそのまま連行されることになった。


 辿り着いたのは、宮殿の一角にある部屋。

 広さはないが、調度品など贅が尽くされた品々が置かれている。

 長椅子に座るように言われ、腰を下ろす。


 女中達は外で待機をしているようで、部屋に二人きりとなった。


 怒りの形相でエリザベスの前に座る女性は、同じくらいの年齢に見える。

 モカブラウンの髪は一本の三つ編みにして、サイドから上品に垂らしていた。

 灰色の目は切れ長で、ぽってりとした唇が魅力的な美人である。

 エリザベスはにこやかに質問をした。


「それで、あなたはどなたですの?」

「オーレリア・ブラットローよ」

「ああ、なるほど」


 名前を聞いて、一方的に喧嘩を売られた理由に気付く。

 公爵令嬢エリザベス・オブライエンの交遊関係の中に、伯爵子息クリス・ブラットローの名があったことを思い出したのだ。

 彼女はクリスの親族なのだろうと予測していた。


「それで、何か?」

「何か、じゃないわ。あなたのせいで、兄上様は婚約者を失ってしまったのよ!」

「あらまあ、それは大変」


 エリザベスとの浮名が流れたことにより、婚約を解消されてしまったのだなと、推測する。


「クリス様は、お元気かしら?」

「あ、あなたは――!」


 文句を知ってもまったく動じず、余裕たっぷりな様子を見せていたので、エリザベスはさらなる反感を買ってしまう。


「あなたみたいなふしだらな女性なんて、見たことがないわ! 最低!」


 目を真っ赤にしながら、罵倒するオーレリアに、生暖かい視線を向けるエリザベス。

 生粋のお嬢様なので、悪口の言い方も知らないのだろうなと、微笑ましく思っていた。

 寄宿学校に通っていた時は、もっと酷い憎まれ口を浴びていた。それに比べたらなんてことない言葉だと思ってしまうのである。


 言いたいことを言い切ったからか、オーレリアはジロリとエリザベスを睨んでいたが、あることに気付いたようで、話しかけてくる。


「でも、あなたなんで女中の恰好をしているの?」


 オーレリアの質問を受けて、あることがピンと閃く。

 エリザベスは余裕のある笑顔を曇らせ、顔を伏せて語り始めた。


「実は、お兄様のおしおき・・・・で、このような姿に……」

「ま、まあ、そうなの!?」


 エリザベスはシルヴェスターについて、ありもしないことを述べていく。


「今回のことで、たくさん叱られましたの。酷い時は、乗馬用の鞭で打たれて……」

「あ、あなたのしたことは、鞭打ちされるような、ことだと思うわ」

「でも、背中に跡が残るほど、つなんて……」

「そ、そうね。跡が残るほど鞭で打つのは、やり過ぎだと、思うわ。腐っていても、あなたは嫁入り前の娘だし。それに、公爵令嬢に下働きを命じるなんて、ちょっと酷いわ」


 想定以上に同情されたので、エリザベスの演技にも力が入る。

 顔を両手で覆い、震える声で「いいえ、お兄様は悪くありませんわ。すべて、わたくしが悪い子だから……」と弱々しく話す。


「や、やっぱり、シルヴェスター様って、噂通りの御方なのね」

「お兄様の噂って?」

「シルヴェスター様は、すぐに召使いを解雇することで有名なの」


 それは朝、コンラッド殿下も言っていたなと思いだす。いったいなぜ――?

 その答えをオーレリアは教えてくれた。


「一度の失敗もお許しにならないのですって」

「へえ、そうですの」


 あんなにも常日頃からニコニコしている男が、仕事では厳しいと知り、意外に思った。

 身代わり生活も、一度失敗をすれば、解雇されてしまうのだろうかと考える。

 家の復興のため、公爵家からの支援は絶対に必要だ。改めて、気を付けなくてはと思うエリザベスであった。


「それにしても、あなたのお兄様もお気の毒ね」

「何がですの?」

「妹の婚約者に出世の道を先越されてしまうなんて、屈辱だと思うわ」


 ユーインは先日、王太子付きの補佐となった。

 王太子はいずれ国王になる。そうなれば、ユーインは遠くない将来に重臣として扱われることは目に見えていた。

 一方で、シルヴェスターは第二王子の側近だった。


「あそこは、文官の墓場とも言われているそうよ」


 他の部署でさばききれない仕事が雪崩のように流れてくることからそう呼ばれてくるらしい。

 その原因は、のんびりとした第二王子コンラッドが、考えもせずに次々と仕事を受け入れるからだとも言われていた。


「そういえば、次期公爵について、噂も流れているけれど、実際にはどうなの?」

「……?」


 おかしなことを聞くと、エリザベスは思う。

 次期公爵はシルヴェスターに決まっている。噂とはいったいと、首を傾げた。


「まあ、言えないわよね。ごめんなさい」


 シルヴェスターに酷いおしおきを受けていると知ってから、オーレリアはすっかり態度が軟化していた。


 いいのかと聞けば――


「婚約が破棄されたのは、兄上様も悪い点があることだし」


 エリザベスの誘惑を振り切れなかった兄も悪いと、オーレリアは話す。


「でも、二度と兄上様に近づかないで」

「それはもちろん。お約束いたしますわ」


「もう、お兄様から鞭打ちされたくありませんから」と目を潤ませながら決心を語る。

 エリザベスは我ながらクサい演技だと思っていたが、貴族のご令嬢相手には効果てきめんであった。


「エリザベス様、兄妹、仲良くしてね」

「ええ、きっと、昔のように、仲良くなれたら――」


 ハンカチを取り出して、流れてもいない涙をそっと拭った。

 深く同情したオーレリアは、エリザベスのいるほうに回り込み、背中をさすってくれる。


 このようにして、伯爵令嬢オーレリア・ブラットローからの攻撃はかい潜ることができた。

 心の中で安堵するエリザベスである。

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