瑠璃色の眼

 熊の顔のおじさんは焦った様子でさっさと家の中に逃げろと伝えると走り去っていった。


「え、なに、どういうこと?」


ハルが状況もわからずにラズリの上でキョロキョロしていると下からシンディの叫び声が聞こえてきた。


「ハル!早く降りて来てください!そこにいたらただの的になってしまいます!」


シンディがぴょんぴょん跳ねながら早く早くと手を振っている。

なんだかよく分からないがとりあえずラズリに下に降りてもらった。

下に降りるなりシンディに手を引っ張られ家の中へと連れていかれた。

フィーはラズリを竜舎へ連れて行った。


「一体なにがあったの?」


「ハル、さっき飛んでる時にこっちに向かって飛んでくるものが見えませんでしたか?」


「ああ、見えたよ。あれが何なのか聞こうと思ってたんだけど…」


「あれは敵です!魔物たちです!ときどきこの村を襲いに来るんです!」


「ええっ!」


ま、まさかそんな危険な世界だったとは…

いやドラゴンがいるようなファンタジーな世界なんだから当然といえば当然か…


ハルが窓から様子を伺うともう目視でも魔物の姿が見えるくらいに迫っていた。

あれは…地球のファンタジーに出てくる魔物に当てはめるとすればリザードマンという奴だろうか。

人の形をしたトカゲのような顔の魔物が鷲の顔の羽の生えた魔物に乗っている。

顔こそ鷲だが前足はライオン、後ろ足は馬のような足の鷲だった。


「どうすんの!?このままだと真上から村に乗り込まれちゃうよ!?」


「だ、大丈夫です。すぐにあの人たちがやってきます。」


シンディが緊張した表情ながらニヤリと笑った。


 シンディの言葉通り、魔物たちが村に近づくと何匹かのドラゴンたちが空を飛んできた。

7色のカラフルなドラゴンたちだ。

それぞれ背中に人を乗せている。


「あの人たちは真にドラゴンに認められ、「竜の瞳」を授かった「三つ目」と呼ばれる人たちです!

 魔力も戦闘力も段違いです!」


シンディは少し興奮気味だ。


「そしてその「三つ目」が7人集まった部隊、その名も……「二十一目隊」です!」


瞳が一つ増えたから「三つ目」っていうのも安直だと思ったが「三つ目」が7人だから「二十一目」って…

誰が名前付けてるんだろう…


「うおぉりゃあ!!どきやがれ魔物共!!「三つ目」がとおるぜ!!」


先頭を飛ぶ、風にたなびく立派なタテガミのライオンの顔をした人が叫んでいる。

赤い。とにかく赤い。

顔が赤ければ体も赤い。

着ている服や装備も赤い。

タテガミも少し黒が混じっているが赤い。

ドラゴンまでもが赤い。

そしてその赤いライオンが真赤な炎で敵を燃やしながら片手で両手剣を振り回し、敵勢を荒らしまわっている。


「あの人がリーダーのレーガン・ブレイズさんです!いつ見ても赤いですね!」


その隣にもう一人赤い人がいた。

正確に言うと赤というよりは薔薇色というべきか。

長い黒髪をはためかせながら両手に剣を持ってドラゴンから敵へ、敵からドラゴンへと飛び回っている。

この人は普通の人間のようで肌や髪の色は普通だ。だが身に着けている物が赤かった。戦いぶりから男性かと思ったが女性のようだ。

戦果は挙げているようだが血で装備が赤く染まったのかと思うほどかなりケガをしているようだ。大丈夫なんだろうか。


「もう一人の赤い人はサブリーダー的存在のアリソン・ローズさんです!戦いぶりから想像できないくらい優しい人なんですよ!」


「なんかすごい血が出てるみたいだけど…」


「大丈夫です!「竜の瞳」にはそれぞれ違った魔法が宿っていて、アリソンさんのは身体強化と超回復です!血で派手に見えますが傷はその場で治っています!」


それであんなに荒々しい戦い方なのか。


呆然と眺めるハルの耳に雷のような轟音が響いた。

見ると白い体に雷のような模様の入ったドラゴンに乗った人が次々と雷撃を落としている。


「神の裁きです!!」


「あの雷を落としているのはソア神父です!普段は教会の神父さんなんですけど魔物が来るとこうやって退治しに来てくれます!他にも魔法が使えるんですけど「竜の瞳」が雷の魔法なので雷の魔法が得意みたいです!」


たしかに神父さんの様な恰好をしている。

よく見ると片手で杖を振りかざして雷を落としながら片手でお祈りをしているようだ。

神父さんなのにヤギの角が付いているようだがいいんだろうか…


「おいてめぇ!!俺の近くに来て魔法使うなっつってんだろ!!火が消えるだろうが!!」


「仕方ないじゃん!!敵がそっちに行ったんだもん!!」


さっきのライオンの顔の人の声が聞こえる。

どうやら戦闘中に口論しているようだ。

相手は薄い水色のドラゴンに跨った少女のようだ。

乳白色の髪を背中の中ほどまで伸ばし首にはチョーカー、頭には熊耳が付いている。かわいい。

白と水色を基調とした服にプリーツスカート、足にはニーハイソックスを履いている。かわいい。

大量の水を敵にぶっかけて体勢を崩したところを手に持った槍で攻撃したり、高圧の水を飛ばして遠距離攻撃したりして戦っている。かわいい。

水を使っているせいか服の下が透けている気がする…かわいい。


「あのレーガンさんと口論しているのはディアナ・テミスちゃん。「竜の瞳」が水の魔法なので火を使うレーガンさんとよくケンカしています。かわいいので人気があります。」


うん、たしかにかわいいもんな。


「ハル、下着が透けてるなぁと思いながら見てたでしょう…」


「うぇえ!?別にそうつもりじゃ…」


「残念でした!ディアナちゃんは水の魔法を使っていつも透けるので常に水着を着けてるんです!」


なーんだ…でもまあそれはそれで…

ていうかこっちにも水着ってあるんだ…


「あれ、7人って言った割には4人しか飛んでないけど…」


「他の3人は下にいます。ほら」


シンディの指さす方を見ると広場に人が集まっている。その真ん中に黒っぽい色で不思議な模様のドラゴンと犬の顔の子供がいた。


「彼はクレア君です。「竜の瞳」の魔法で半径5mほどのバリアを張ることができるので戦闘中はああやって村の人たちを守っています。」


「そしてバリアの中で懸命にケガ人の看病をしているのが…」


バリアの中でケガ人の看病をしている熊耳の女性とドラゴンが見える。

髪は肩を越えるくらいで髪型はボブという奴だろうか。薄い紫色に見える。

頭の右側には金色で少し大きめの髪飾りを付けている。紫色の玉が印象的だ。

今は座っているが、立てば足が長く、長身であろう事が伺える。

彼女もニーハイソックスだ。

胸もデカい。


「ダイアナ・テミス様です!いつ見ても美しい!素晴らしいです!」

「ダイアナ様は先ほどのディアナちゃんのお姉さんで回復魔法のスペシャリストです!どんなケガでも治してくれます!そのうえとても優しいんです!まるで聖母様です!あぁ、私もあんな風になりたいなぁ…」


シンディは今まで見せたことのない恍惚の表情だ。ちょっと引く…

ていうかディアナちゃん、お姉さんとはあまり似なかったんだね…胸とか…


「ダイアナさん、一匹こっちにくるみたいですよぉー」


「分かったわ。」


ダイアナは背中に背負った弓を手に取るとスッと立ち上がった。

すらりと伸びた長い脚で作られる三角形と凛とした佇まいから見ている者たちは自然と「美しい…」という言葉を口から漏らしていた。


「右前方の小道の奥にある大きな建物の影から出てきまぁーす」


ウサ耳の少女が目をつむりながらダイアナへと告げる。

それを聞いたダイアナは腰に着けた矢筒から矢を一本取り出し、右前方の小道の方を向いた。


「10秒前ぇー」


取り出した矢を弓に番える。

それだけでも優雅だ。


「5秒前ぇー」


矢を番えた弓を思いっきり引いた。

険しい表情もまた美しい。


「いまぁー」


「フゥ…」


魔物が姿を現した瞬間、ダイアナは小さく息を吐くと思いっきり引いた弦を放した。

それとほぼ同時に弓から放たれ、空気を裂いた綺麗な羽の付いた矢は魔物の頭へと突き刺さり魔物は羽の付いた魔物から落下した。


「フウゥ…」


ダイアナはさっきよりも大きく息を吐いた。

そしてダイアナは歓声に包まれた。


「すごい!流石です!素晴らしいです!見ましたか今の!?」


遠巻きに見ているシンディもこれ以上ないほどのスピードで拍手し一人で歓声を上げていた。


「ダイアナ様はですねぇ、お母様がエルフなんです!小さい頃から教え込まれているので弓矢でダイアナ様の右に出る者はいません!」


「へえ…」


やっぱりエルフって弓矢が得意なんだ…


「ところであそこに座ってるウサ耳の子も「三つ目」なの?」


さっきからバリアの中でうずくまる虹色のドラゴンの中にウサ耳の少女が座っている。

耳は白いが黒髪のショートカットだ。虹色の玉を中央にぶら下げたカチューシャを付けている。

服装は着物に似ているように見える。

さっきからダイアナに何か告げていたが本人が何かしているような様子は無かった。


「ええと、あの子は…シエル・イリス……レーゲン…いや、ボーゲン…ラルクアン違う…ある、アルコバレーノちゃんです!」


「え、なんて?」


「ですから、シエル・イリス・ボーゲン・アルコバレーノちゃんです!」


「なんか…長いね」


「ええ、なのでほとんどの人はシエルちゃんと呼びます!そんなに長い名前の人この村にいないので本名じゃないかもしれないんですけど…でもちゃんと覚えてた私は偉いんです!」


なかなか思い出せなかったくせになぜかドヤ顔だ。


「で、あの子は何をするの?」


「シエルちゃんはほとんど動きません。バリアの中で目をつむって座っています。」


「え、それだけ?」


「いえ、ちゃんと「竜の瞳」の魔法が使えますよ?」

「シエルちゃんの「竜の瞳」は「近未来予知」です!遠い未来はわからないんですけど数十秒後くらいのことだったらわかります!さっきもその魔法で敵の接近と方向と秒数を教えていたんだと思います!」


「「近未来予知」?!魔法ってそんなこともできるの!?」


「いえ!普通はできませんよ!「竜の瞳」のおかげです!」


戦闘中に近い未来だけとはいえ敵の行動がわかるって強すぎじゃない?


「シエルちゃんはドラゴンの方もすごいんですよ!ルナっていう子なんですけど、なんと!1ヵ月に一度だけ普通では為し得ることのできない奇跡を起こせるんです!ただし、なにが起こるかはわかりません。」


チートみたいな子だな…


「座ってるだけかと思ったらすごいんだね…」


「あの子が未来予知で敵が来るのを教えてくれるのでダイアナ様は治療に専念できるんです!」


シエルちゃんのことも好きそうだなって思ったらそういうことか…


 聞いてもいないのに「二十一目隊」のことを語り尽くすシンディの話を聞きながら空の戦闘を眺めるうちに、ハルはいつの間にか玄関の外に出ていた。

ふと、思い出したことがある。

そういえばさっきからフィーがいない。


「あれ、そういえばフィーはどこ行ったの?」


「そういえばいませんね…さっきラズリを竜舎に連れて行ったと思うんですが…」


「二十一目隊」語りに夢中でシンディもフィーの事に気付いてなかったようだ。

一度家の中を覗いて見たがいる様子はない。

もう一度外に出て辺りを見渡してみたがいない。

近くにはいないのかと思ってすこし歩いてみた。すると、

さっき見かけた商店街の奥に鷲の顔の羽の生えた魔物に乗った魔物に襲われかけて怯える男の子が見えた。

そしてその横に、


横たわるフィーと血が見えた。


足が動いた。

出せる走力の限りに走った。

自分もケガ人であることを忘れて走った。

道の途中に弓矢が落ちていたので拾った。

魔物目がけて走りながら撃った。


「国体準優勝者なめんなよおおお!!!」


弓から放たれた狩猟用の矢は魔物の後ろをかすめて飛んでいった。


「チッ…」


やはり優勝できなかったやつの技術なんてたかが知れてる。

フィーの元にたどり着いたハルは魔物の前に立ちふさがった。

横目でフィーを確認する。

息はある。死んではいないようで安心した。

傷も思ったほど深くはないようだ。

ただ出血はかなりある。

今度は怯える男の子の方を見た。

手に玉のような物を持っている。

魔物はどうやらそれを狙っているようだ。


「…!!フィー!?」


その時やっとフィーに気付いたシンディの声が聞こえた。

シンディの魔法を使えばとりあえずは何とかなるだろう。

とりあえず体力の無いシンディが来るまでは時間稼ぎをしなくてはと思いつつシンディの方を向いた。

もっと遠くで声がしたと思ったが意外にも近くまで来ていた。

これで目の前の魔物をどうにかするだけだ。

魔物は立ちふさがる邪魔者を切り捨て玉を奪おうと今まさに剣を振り上げていた。

弓矢を構える暇もないし魔法も使えない。せめて盾になるしかないかと覚悟を決めたとき


腹に響くほどの音量で竜の咆哮が聞こえた。


そして次の瞬間、風が吹いたかと思うと目の前に青白く、瑠璃色の眼をしたドラゴンが現れた。


ラズリはチラリとフィーの方を見て、大事はなさそうだと確認すると翼を広げ魔物の前に立ち、前足を上げ、また鼓膜が破れそうなほどの声で吼えた。

その表情はハルが「竜の瞳」に触れようとした時とは比べ物にならないほどの怒りに満ちていた。

魔物はあまりの迫力に飛んで逃げだした。

しかし逃げ出す瞬間に男の子の手から玉を奪っていった。


「あ…」


突然のことに呆気にとられる男の子を後目にハルはラズリに飛び乗っていた。

ラズリもすでに飛行体勢に入っていた。さっき乗った時とは段違いのスピードで飛び上がった。

敵もバカではないようで直線ではなくジグザグに飛んでいる。

これでは矢で落とそうにも狙いがつけ辛い。

しかし全速力で飛ぶラズリのスピードの方が速い。

もう少しで魔物に追いつく。

しかしそろそろ手も届きそうというところで魔物が急に減速した。

スピードを上げていたラズリは止まることなどできずに追い抜き、魔物に後ろを取られた。

後ろの魔物を見てみるとボウガンを取り出していた。

そして狙いをつけながらスピードを上げている。

ハルはラズリの腹を蹴り飛ぶ方向の指示を出した。

なんだか今は心が通じ合っている気がする。

ハルはさっき魔物がやっていたようにラズリを左右に振り、そしてそのまま木の葉のように下に落ちていった。

そして思いっきり減速し、急上昇、ふたたび魔物の背後を取った。

そしてまた全速力で魔物の背後に近づく。

魔物がまたすんでのところで減速しようとしたところでラズリを全速力のまま左上に上昇させた。

ふいをつかれた魔物を横目に弓矢を構えた。

そのまま進んで魔物を追い越した。そして弧を描いて魔物の斜め上へとつけた。

なんだかわからないがさっきとは違い今度は目標がはっきり見える…

限界まで弦を引いて、矢を放った。

今度はしっかりと魔物の頭を射抜いた。

そしてそのままラズリが鷲の顔の羽の生えた魔物も襲い、

無事に玉を取り返した。

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