深層心理パート

第29話 名も無きアナライザー

「……」


 少年は自室のベッドの上で目を覚ます。

 室内は暗く、電気を点けていないせいもあるが家の外事態が真夜中のように暗い。

 しかし、違和感を覚える。夜だとしても、月明かりや町の街灯などの光が少しでも窓へ入り込んでくるはずである。だが、全くもって光が入ってこなかった。

 彼は恐る恐る起きあがり、窓の外を覗き込んだ。


「これ……は」


 窓の外には何もなかった。

 暗くてよく見えない、という訳ではなく外には何もなかったのだ。家も道路も電柱も無く、自分の家の周りには真っ暗闇の虚無が広がっていた。


「これが……エリちゃんの深層心理ってことなのか……」


 ふと、自身の右手を見てみると包帯は巻かれていなかった。しかしながら手の甲の部分には[18%]という数字が輝いている。


「……行こう」


 自分の置かれた状況を改めて認識し、彼は自室の扉を開いた。



 廊下の電気は点かず、足下を注意しながら彼がゆっくりと階段を下りていく。するとリビングからチカチカ何かが光り、物音が聞こえてくる。

 少年は恐る恐るリビングのドアを開くと、そこも電気の点いていない暗い部屋であった。だが、ほんの少し部屋は青白い光源が瞬いており、何かの高原とサーという砂の落ちるような音が響いていた。

 光源に目を向けると、リビングの居間に設置されたテレビの電源が入っており、灰色の砂嵐が映し出されていた。

 そして、その映像を立ちながらボーッと視聴し続けている黒くて長いツインテールに水色のパーカーを着た小さな女の子の後ろ姿があった。


「エリちゃん」


 その後ろ姿に迷うことなく少年は声を掛けた。

 少女は彼の声に反応し、暗い部屋の中ゆっくりと振り返る。振り返った彼女の表情はとても暗く、涙を流した後のように目元も少し赤く腫れていた。


「エリちゃん……君を起こしに来たんだ」

「……」

「僕は気づいたんだ……今まで僕が見てきたのは、全て君が見ていた夢の世界で……君が……エリちゃんがとても苦しんでいたんだって」

「……」


 エリはただ俯くばかりで、何も答えない。


「君は、ずっと苦しんでいた。南方の起こした上野公園連続通り魔事件よりずっと前から……自分のした善意が、人を苦しめていることに……」

「……」

「お父さんやお母さんが死んだことも、全て自分が引き起こしたことだって思っているのかい?」

「……」

「僕は夢の中だけの存在だけど、関口ショウが昔、怪我をした所と同じ場所に包帯が巻かれていた。これはあの花火のことを自分のせいだって思っているからだろ?」

「……」

「自分は……周りの人達を不幸にする存在だって、思っているんじゃないのかい?」

「……」


 少年はためらうことなく、何も答えないエリに言葉を投げかけていく。デリカシーの欠片もない彼だが、その目は真剣そのものだった。


「なら……それは違うよ。全部違う」

「……え」


 彼の言葉にようやく彼女は反応する。


「全部、たまたまなんだ。皆運がタイミングが悪かっただけで、エリちゃんのせいじゃない。全部そうなんだ」

「全部……たまたま……」

「そうさ。不運が重なってしまっただけだ。皆も分かってるよ。エリちゃんのせいじゃないって……ただの事故だって」

「みん……な?」

「ああ……モエカさんにカイト君、ナオちゃんにコウタロウさん、皆と僕は話して分かった。皆君のせいだと思っていない。皆エリちゃんのことが好きだ。君のこと思い、とても心配していたよ」

「……違う」

「偉くないよ。本当に皆はエリちゃんのことを心配していたんだ。だから早く起きてほしいんだ」

「違う!!」


 エリは叫んだ。


「私は皆を不幸にした……皆……みんな!」

「違うよ! そうじゃないんだ! 皆君が起きるのを待ってる!」

「嫌! 嫌! 嫌!! 起きたくない! ここに居たい! 皆と仲良くして、お父さんもお母さんも、お兄も居るここにいたい!」

「ダメだ! エリちゃんはちゃんと生きなきゃダメだ! お父さんもお母さんもそれを望んでる! 夢から覚めなきゃダメなんだ!」


「うるさい!!」


 突然、足下が揺れ出す。

 少年はバランスを崩しながらも床に膝を突き、顔を上げる。家の壁が剥がれていき、家具が少しずつ宙に浮かび上がった。

 崩壊し初めた家の壁から、何もない虚無の空間が覗かせる。世界は真っ黒に染まっていった。


「お兄のバカ……お兄は、私の言うことを聞いてれば良いんだ!」


 すると、壁や家具立ち、そして床が一斉に小さな粒子へと変わる。その粒子はシャボン玉のようにユラユラと黒い空へと昇っていった。


「もう一度、最初から初めてやる」

「エリちゃん……」


 エリは右手を前に掲げた。


「一から夢を作り直す。お兄は邪魔しないで。邪魔をするなら……お兄でも容赦しないよ」


 彼女は、幼い表情ながらも年上の少年を睨む。


「エリちゃん……」


 揺れが収まり、少年は立ち上がる。


「この……」


 少年は握り拳をつくり――


「わからずや!」


 妹を叱りつけた。





 少年は右手に力を込める。だが違和感に気づいた。


「そ、そうだった!? 黒い包帯が……」


 能力が使えないことを今更ながら思い出す。彼は右手を見てみると[58%]と書かれていた。


「お兄、謝れば許してあげる。でも、意地でも謝らないって言うなら痛い思いするからね」

「……・絶対に謝るものか! 君を目覚めさせるんだ!」


 彼の態度にエリは頬を膨らませる。


「私に喧嘩で勝てない癖に……それじゃあ食らえ!」


 エリがショウ対して右手を向けた。


『セカンドサイト!』


 彼女の言葉と同時に、夢の中に出てきた動物や恐竜や、モンスターに魚達や黒い人型の陰が足元から沸き上がる。ありとあらゆる生物達の大群を生み出していく。


「う、うわああああああ!?」


 生き物軍団が一斉に少年へと襲いかかる。為す術なく群に押しつぶされてしまう。


「どお、お兄? 謝るに気になった?」


 生き物達は通り過ぎ、下敷きになった少年が倒れ伏している。


「ま……まだだ!」


 しかし、彼は立ち上がった。



★★



「じゃあ、これならどうだ!」


 エリは、両手を少年に向けた。


『エイリアンアブダクション!』


 少女の掛け声と共に、彼女の上から円盤状の機械が降りてくる。円盤から四つの足が地面に伸ばされ、生き物のように四つ足で体を支えていた。


「こ、今度は何を……」


 少年が驚くのも束の間、円盤から巨大な大砲を向きだし光線を照射する。光線は少年に直撃し辺りを焼き焦がしていく。

 光線は止み、少年は倒れ伏していた。


「まだ……だ」


 しかし、彼は立ち上がった。



★★★



「まだ立つの? じゃあこれは?」


 今度は手を上に掲げた。


『メテオストライク!』


 大きな隕石の集団が彼に遅いか掛かる。

 彼は凄まじい熱と衝撃の下敷きになった。


 しかし、彼は立ち上がった。



★★★★



「もう! お兄しつこい! これでどうだ!」


 エリが熊のようにガオーと両手を上げた。


『ビーストレボリューション!』


 しかし、彼は立ち上がった。




★★★★★



『マインドブレイク!』


 しかし、彼は立ち上がった。



★★★★★★



『コールオブメモリー!』


 しかし、彼は立ち上がった。



★★★★★★★



『タイガー○バーサスジャイアンツ!』


 しかし、彼は立ち上がった。



★★★★★★★★



『ジエンドオブアース!』


 しかし、彼は立ち上がった。



★★★★★★★★★



『サンキューソウマッチ!』


 しかし、彼は立ち上がった。



★★★★★★★★★★



「もう!! お兄しつこ過ぎる!!」

「ま、まだだ……まだ諦めないぞ……」


 体がボロボロになりながらも、彼はなんとか立っていた。しかし、無情にもエリは人差し指を天に尽きだした。


「でも、これで終わり! くらえ、お兄いいい!!」


 暗い天井から青い大きな球体がゆっくりと現れる。


『ブルーキャッツアイ!』


 それが完全に姿を現すと、地球であることが分かる。等身大と思わしき青い地球は自転しながら少年へと落ちていく。


「うわああああああああ!!」


 まるで、落下しているような錯覚を思えるように徐々に地球が近づいていく。大気圏を越え、雲を突き抜け、海を越えていき大陸を越える。

 やがてに日本が見えたかと思った矢先、自分の住む町が見えた。

 そして、エリの自宅の屋根が少年に襲いかかった。


「……ッ!」


 彼は屋根を押し返そうとするが、そんなことが出来る訳もなく家ごと押しつぶされていく。

 地球は少年を押し潰していき、地面へ沈み込んでいく。やがて地球は自身の重量に耐えられなくなり大きな一つの亀裂が走った。地球が二つに割れたのだ。大きな亀裂から赤いマントルが吹き出し、惑星は巨大な輪を作り衝撃波を引き起こす。

 その刹那、地球の核から黒い球体が現れ飛び出した瓦礫や溶岩が特異点に吸い込まれていく。黒い点を生み出した壊れた地球すらも飲み込み大きな渦を引き起こしていった。

 やがて、黒い点は全てを飲み込み静かにシボんでいき、そして消えていった。


「お兄……さすがにもう参ったでしょ? これで……」

「……まだだ!」

「え!?」


 何もなくなったはずのその場所。跡形もなくその場所は何もかもなくなって消えたのだ。

 しかし、


 彼は――


 少年は――








 水瀬ショウは、立ち上がった!









「僕は君を……妹である君を救うまで、負けたりしない!」

「そんな……どうして……」

「そんなの決まっているだろ!」


 ショウはボロボロの体を立たせ、傷だらけになった右腕を上げる。


「僕にとって、とても大切な可愛い妹の――」


 右手に刻まれた数字が[100%]を示した。

 すると突然ショウの右手に黒い包帯が巻かれ、光の二文字の漢字が浮かび上がる。

 その文字と共に彼は右手を前に出した。



「幸せになる[未来]を心の底から信じているからだ!」

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