深層心理世界編
悪夢パート
第26話 終わる世界のレクイエム
「うう……」
白いワイシャツに紺色の長ズボンを着たショウはうつ伏せになった体を起き上がらせる。そこは何もない真っ暗な空間だった。
「……ここは?」
ゆっくりと起きあがり、辺りをうかがう。すると、青く発光する物体がすぐ目に入る。
それは、人程の大きさはある大きな青い水晶の塊であった。その中にはなんと眠るように目を閉じ、氷付けになったように動かない水瀬エリの姿があった。
「エリちゃん!?」
その異様な光景にショウは間髪入れずに走り寄る。
が――
『はい、スット~プ』
彼等の間に入る黒い影が現れる。
西洋ファンタジー風のゲームに出てきそうな黒衣を身に纏った中肉中背の男が現れる。
「……南方ダイチ」
『ピンポーン、大正解』
余裕の笑みを浮かべる南方をショウは睨みつける。
「何しに着たんだ南方! エリちゃんに何をした!」
『ああ……今この幼女は俺が取り込んでる最中なんだ。後ちょっとなんだけど防衛本能なのか中々堅いシールドを張られてね。まあ、今それをじっくり溶かしている最中なんだ』
「取り込んでる!? ふざけるな! 早くエリちゃんを解放しろ!」
ショウの言葉に南方は嘲笑ってみせる。
『ハハハ! はい、解放します! とでも言うと思ってるのか? あとちょっとでコイツの心も体も俺の物になる。コイツの! この可愛い女の子の人生を頂けるっていうのによ!』
「エリちゃんの人生を頂く? それはどういう意味だ!」
『話すかよバカ! ……と言いたいところだが、良いことを思いついたから教えてやるよ』
やれやれといった仕草を見せながら南方は語り出す。
『まず、俺は本当の南方ダイチではない。この水瀬エリが作り出した思い出したくない記憶の塊、いわばトラウマで作り出された夢の中だけの存在だ。本物の俺は、たぶん豚箱に入れられてる。もしくはもうすでに死刑になってるかもな』
「夢の中だけのトラウマの存在……
『なんでか? そんなの簡単だ。俺がこの幼女の世界に生まれた時からある使命が沸き上がっていたんだ。本能みたいなものさ』
南方は自分の右手を見ながらゆっくりと握り拳を作る。
『この世界を喰らう! 全てを喰らって浸食し、全て俺の物にするっていう本能だ! 最初はただそれを追い求めるだけの単細胞みたいなもんだったが、しばらくしてしっかりとした自我が目覚め始めた。この幼女の夢の中を浸食するにつれて現実世界の南方ダイチという存在を知り、俺の意識は完全に覚醒した! 俺はこの幼女のトラウマ! この世界の全てを俺の物にし、この幼女の意識も自我も乗っ取り、俺の意識と自我に上書きする! そうなるとどうなるか分かるか!』
快感に溺れるように大声を上げる南方。
そして、ねっとりとショウの耳に注ぎ込むようにゆっくり言葉を並べていく。
『俺は、水瀬エリの人格になるんだ。上野公園通り魔事件の犯人である南方ダイチは、両親を殺された可哀想な被害者である一人の幼い女の子になりすまし……新たな素晴らしい人生を歩むんだよ』
「……」
あんまりな答えに、ショウは硬直した。だが、南方はさらに話を続ける。
『なんで、俺が上野公園通り魔事件を引き起こしたか教えてやるよ。世直しのつもりでやったんだ。俺の人生は何をやってもダメで男達からは力が弱いとかいう理由でサンドバッグのように殴られ、存在がキモイとかいう理由で女達から居ない物として扱われた。はっきりしない性格だからという訳の分からない理由でまともな仕事に就くことが出来ず、15年間ずっとフリーターをしてきたんだ』
南方は次第に俯き始める。
『ある時ふと思ったんだ。俺は何の為に生まれてきたんだ……てな。そう思った時にはもうやり直しも利かない年になっていた。絶望したよ。一度きりの人生、ずっとクソ共の言いなりなって、どうでも良い奴らに謝って、幸せそうな奴らを遠くから見つめて……なんの意味もない人生だったんだって自覚したんだ』
そして、南方は睨みつけ大声を上げる。
『だからな! 俺は俺のゴミクソみたいな人生をかけ、この腐った社会に知らしめてやったんだ! 南方ダイチというゴミダメみたな人生を送った人間が、幸せな奴らを殺しまくったってな! 社会が生み出したゴミである南方ダイチみたいな人間は、多くの何の罪もない人々を突発的に殺すのだと知らしめたんだ! はははははははは!!』
「……」
『素晴らしいだろ? 俺のやった行為を知らしめることで社会を変えさせるんだ。何の意味もないゴミみたいな人間を作るのは危険であると知らしめる! そうすることで俺みたいな悲しい人生を歩む人間をなくそうと社会が働き出す。結果的に俺は俺の人生を引き替えにして社会を直したんだ。腐った物を修正してやったんだよ! 俺の人生に意味が出来た! 俺は英雄だ! 英雄なんだよ!』
南方は手を上に掲げた。
『そして……英雄である俺に、神様はチャンスをくれた。人生をやり直すチャンスを……俺が世直しした新たな社会へ、俺がやり直すことの出来るチャンスを!』
「……止めろ」
『しかも、可愛い女の子として転生するんだ! 目は見えなくて、両親を殺された可哀想な女の子として、皆から優しくされながら生きていけるんだよ! ベリーイージーモードだぜ! 体も持て余し放題! 飽きたら友達の女の子の体も触りたい放題! 天国だ! 天国みたいに楽しい人生が俺を待っているんだ!』
「もういい! 止めろ!」
南方の言葉を振り払い、ショウは鋭く睨みつける。
「もう聞きたくないほど理解した。そして、僕がやるべきことも」
そう言うと、ショウは右手に[剣心]の文字を浮かび上がらせ、白い剣を何もない空間から取り出した。
「南方! 貴方にエリちゃんの人生は渡さない! この場で貴方を倒す!」
『くくく……』
ショウの決意に、南方は再び嘲笑う。
『何でこのことをお前に話したか教えてやるよ』
そう言うと、南方の纏った黒い黒衣の胸辺りに文字が浮かび上がる。
『俺みたいなゴミに、どうやっても勝てないという挫折と屈辱と絶望をテメェにタップリと植え付ける為さ! うひゃっひゃっひゃっひゃ!』
彼の胸に[世界]という漢字が浮かび上がり、彼の両手に二本の黒い剣が現れた。
『あとこの幼女と、お前を喰らえば全て終わりだ!』
南方とショウは同時に動き出した。
○
ショウの右手の文字が[高速]に変化した途端その場から消える。
その刹那、南方の背後に現れる。
「ハァ!!」
縦一文字に切り下ろす。しかし、手応えはなかった。
『残像だって奴だよ』
「な!?」
背後から声を掛けられたショウが気づいた時には、二つの刃が彼の背中を切り裂く。ヨロケる彼より早く南方は目の前に躍り出る。
『死ねよオラァ!!』
南方の刃が一直線に彼の顔面を貫こうとした。
「くっ!!」
即座に反応したショウは、紙一重で刃を掠める。
ショウはそれに怯むことなく自身の体重を乗せた剣の一撃を叩き込む。
『あまーい!』
南方は嬉しそうに声を上げると、もう片方の刃でショウの剣を払い退けた。
『どうしたよショウくん? いつもみたいに一撃で俺をやらないのかよ?』
二刀流による竜巻のような剣舞がショウを襲う。ショウも剣で応戦するも防ぐのでやっとであった。
『オラオラオラオラ!! 死ねよオラ!!』
「うっ」
頬や腕、足に切り傷が浅く刻まれていく。
ショウがとっさに右手に[反転]の文字を浮かび上がらせ力を行使する。即座に南方を遠くへ弾き飛ばし距離を引き剥がした。
『チッ! こざかしい!』
舌打ちする南方に対し、言葉を発する余裕の無いショウは[閃光]の文字を浮かび上がらせ光の球達を彼に放つ。
光の球体は曲線を描きながら南方へ向かっていくが、彼は表情一つ変えず球達を刃で切り裂いていく。軽くあしらわれる球体群を捌ききり、最後の球に関して刃も使わず片手で鷲掴みにし、握りつぶしてしまう。
『しょぼいんだよなぁ……これくらいやらないと、面白くないんだよ』
南方が片手を掲げ、パチンと慣らすと彼等の周囲に黒い剣が浮かび始める。剣は徐々に陪乗で浮かび上がっていき幾千も現れ、黒いドームを形成していく。
『防ぎきれるかな?』
掲げた片手を振り下ろすと、剣のドームがショウに向かって縮小していく。
「……」
無言でショウはいくつもの光の球を浮き上がらせ、黒い剣達へ向かわせる。光の球達は黒い剣に当たると反射し他の剣に当たって弾けていく。剣を打ち落としてが、全てを打ち落とすには到底間に合わない。
「クソ!」
ショウは再び白い剣を取り出し、刃を閃かしていく。右手の文字を[高速]に切り替え黒い剣を避けながら南方に近づいていく。
いくつもの傷を付けながらも少しずつ剣を振り払い、そして南方へ踏み出した。
「南方ああああああ!!」
ショウは両手で剣を持ち南方へと突き刺す。
しかし、南方の体に刺さる直前に剣の刃が何か見えない壁に阻まれた。
『おっしい~、ざんねんだったねショウくん』
半笑いの南方の声が響いたと同時であった。
ショウの背中に、いくつもの黒い剣が刺さった。
「ぐ……」
目を見開き、ショウは倒れ伏した。
『いや~がんばるね~妹の為に偉いね~ショウくんは~』
「うっ……」
南方は倒れ伏したショウの頭を踏みつける。更に彼の背中に刺さった何本もの黒い剣を思いっきり引き抜いていく。
「……」
『どうしたよショウくん? もう終わりなのかよ? ん?』
ショウは無言で痛みに耐え南方を睨み付けた。
『今まで勝ってきた奴に負けて悔しいよな? でも、もうお前は絶対に勝てないんだよ! 俺はこの夢の世界全てを吸収したんだ! もうこの世界で俺に勝てる奴なんていない! たとえお前でもな!』
「……」
『何だよその目は? 悔しいのか? 妹の体も人生も、こんな男に奪われて悔しいよな? ウヒャヒャヒャ!』
南方はショウの顔を蹴り飛ばす。
『安心しろよショウくん。これからこの水瀬エリちゃんの人生……この俺が有意義に使わせてもらうよ!』
「させ……ない」
『ん?』
「そんなこと……させない!」
ショウはボロボロの体をゆっくりと持ち上げる。
「絶対に……そんなこと、させるものか!」
震える足で立ち上がるショウを見て、南方は真顔に戻る。
『……寒いわ』
肩をすくめて呆れ顔となる。
『そういうのマジで良いから……お前より力が強くなって、遠距離攻撃も多彩になって、お前より早く動けるようになったんだ。いい加減俺に勝つなんて無理なんだから諦めろよ』
「……確かに貴方に勝てないかもしれない。でも――」
ショウの瞳は真っ直ぐ南方を見据えた。
「何度でも立ち向かう! エリちゃんを助けるまで、何度でもだ!」
何もない空間に、ショウの声が響きわたった。
『……あっそ』
南方が二本の刃を構えた瞬間、その場から消えた。
『胸糞悪いんだよ! とっとと死ねよおおおおおおお!』
目まぐるしい速度で、刃がショウの喉元へと襲いかかった。
「セイヤアアアアア!」
後数センチでショウの首をはね飛ばすその瞬間――
一本の閃光が走り女性の掛け声と共にウサギのような陰が彼らの間を横切った。
○◇
『あ? 何だ?』
「え?」
彼等の間に一匹の竹刀をくわえたような姿のウサテレが現れた。
「ショウ! 無事か!」
ウサテレの映像には、知った顔が写っていた。
「モエカさん!?」
「ああ! 助太刀しに着たぞ! ここは私達にまかせろ!」
『ああん? 誰かと思ったらいつぞやの……どこから沸いて出てきたか知らねえが! ウサギ一匹増えた所で……』
南方が刃を構え直した時だった。
「セイクリット・ハンマアアアアアアア!!」
今度は少年の掛け声と共に暗い天井から光の大きな柱が、南方に向かって振り下ろされる。
『ッチ!この攻撃は……』
持っていた刃で光の柱を押さえ込む。そのまま高速で移動し、光の柱から離れた。
ショウの側にウサテレがもう一匹現れた。
「おっす! 久ぶりだなショーンの兄貴!」
「まさか、カイトくん!?」
そのウサテレにはなんと笑顔の一条カイトが映し出されていた。
それだけではなかった。ショウの後ろからぞろぞろウサテレ達が現れる。
その内の一段と太ったウサテレが前に躍り出る。
「ウサテレを増産してきて正解だったぜ! またせたなテレビの前のジャップボーイ! この天才エンジニアであり、FPSランカーで最高にクールなデーブ様が来たからには勝利は目前だぜ!」
太ったウサテレのデーブは、南方を耳と前足で指し示す。
「いくぜ野郎共! 見せてやろうぜ! 俺様達、ドリーム・コネクターズの力をよ!!」
その声を合図に、ウサテレ達が動き出した。
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