第24話 愛羅武勇ハイスピード

「いやああああああああああ!!」

「うっ!」


 ショウの母は泣き叫びながら息子であるショウにノコギリを振りかざす。ショウは右手を前にかざし[反転]の文字を浮かび上がらせ、母が振りかざしたノコギリを母親ごとノコギリを弾き返される。

 それでも母親は手を離さず、握りしめたまま構え直す。


「君! 早く逃げなさい!! 私達は操られているんだ!」

「んなもん言われなくても分かるわ! どうするんだ水瀬!」

「どうするって……いったいどうすれば……」


 彼等は、少しずつ両親達から距離を取ってはいた。しかし回り込まれてしまい怒濤の攻撃を防ぎ続けている。

 しびれを切らせたコウタロウがショウに叫ぶ。


「オイ水瀬! 俺の力でここから逃げるのが一番手っ取り早い! いったんここは引くぞ!」

『逃ゲタラドウナルカ分カッテルカ?』


 南方がコウタロウの言葉に返したと同時に、父親が斧を振り上げる。


「え……」


 父の体は母へと近づき背中へ斧を振り下ろした。


「あ……ああ……」

「ああ……うわああああああああああああああ!?」

『イッテ~、自爆ダケド少シヤリスギタワ』


 斧の突き刺さった母はその場で崩れ落ち、父は狂ったように泣き叫びだした。


「そ、そんな!? 父さん止めて!! 母さんが!! 母さんが!!」


 父は倒れた母へ更に斧を振りかざす。それを阻止しようとショウが一心不乱に駆け寄る。


「お、おいバカ!? これは罠だ!」


 コウタロウがショウに叫んだが遅かった。両親の目の前に躍り出たショウが立ち止まると同時に、倒れ伏していた母が見えない力で無理矢理立たされたかのように体が持ち上がる。


「いや……もうイヤ……」

「母さん……」

「何で……何でこんなことに……」

「父さん……」

『ヒヒヒ、逃ゲラレナイヨナ~、優シイショウ君ハ苦シムパパママヲ見過ゴスナンテ出来ナイヨナ~。仲良ク家族デオッチニナ!』


 両親二人は涙を流し、斧とノコギリを掲げ息子であるショウへと向けられた。ショウの頭の中は理性と感情が入り交じり判断が遅れる。

 どうすれば……どうすれば……と、彼の思考は停止してしまい、体も硬直してしまった。

 その時だった――


「ドラアアアアアアアアアア!!」


 彼等の間にコウタロウ瞬間移動のように現れ、持っていた木刀を横一線に振るう。それに伴いショウの両親達を吹き飛ばした。

 ショウは何が起こったのか理解が追いつかず、口を開けて止まってしまった。


「水瀬! 大丈夫か? 怪我はないか?」


 コウタロウの問いかけと、引き飛ばされた両親達の声にようやく我を取り戻すショウ。

 しかし、とうに彼の感情は冷静さを失わせていた。


「そんな……」

「ああ?」

「お願いですコウタロウさん! 攻撃を止めてください! 父さんと母さんが!」

「何言ってんだ!? テメェ今殺され駆けたんだぞ!」

「それでも……それでも止めてください! 僕が……僕が父さんと母さんを助ける方法を考えます! だから……」

「冷静になれ!」


 コウタロウは振り返り、ショウの肩を掴む。


「さっき見たことを思い出せ。アイツ等は黒い影が変身しただけの存在だろうが! 本当の両親じゃねぇ! っていうかここは夢の中だろうが! アイツ等はどう考えても……」

「それでも僕は……僕は……」


 答えを出しきれないまま頭を抱えるショウ。

 それに対して、先ほど飛ばされた父がゆっくりと起きあがりショウ声をかける。


「……彼の言ってることは正しいぞ……ショウ」

「父さん!?」


 まだ操られているようで、父は斧を握り直す。だが、先程とは雰囲気が違っていた。


「……私達は、エリが作り出した夢の中の父さんと母さんだ。私達は本物ではない」

「父さん、何を言って……」

「リーゼントの君……頼む。私達を消してくれ。この南方という男だけは止めなくてはならないんだ」

「……いいのか?」

「ああ……そうしなければ、エリが……私の娘の未来が……コイツに奪われてしまう」


 父の言葉に続いて、立ち上がった母が続けた。


「お願い……私達を殺して!」

「母さん!」

「もう……子供達が悲しむ姿をみたくないの……だから」

「止めて! 止めてよ母さん!」

「ショウ!!」


 母は叫ぶ。先ほどまでの恐怖に震えた声音ではなく、その声には強い決意が籠もっていた。


「ショウ……エリを救って」

「エリ……ちゃんを?」

「ええ……お願い……アナタにしか頼めないの」


 そして、母はノコギリを片手に優しく微笑んだ。ショウはどうしていいか分からず、ただただ固まっているとコウタロウが動き出した。


「……悪いな」


 そう発した途端、ショウの腹に拳を叩き込む。


「うっ!?」


 とっさに身を屈めるショウだが、そのままコウタロウの肘が彼の後頭部に打ち込まれた。そのままショウは肺から空気を吐き出し、地面に突っ伏してしまう。


「後は俺に任せろ……決着を付けてきてやる」

「ま、まって……」


 ショウは立ち上がろうとするが、目眩で立ち上がることが出来ずに腕を伸ばすことしか出来なかった。その腕を無視して、コウタロウは木刀を肩に担ぎ両親へと向かっていく。


「や……めろ……」


 ショウが必死で腕を伸ばすが、次の瞬間コウタロウの姿が消えた。その刹那、母の頭に木刀が打ち込まれたのが見えた。


「あ……ああ……あ……」


 母だけではなく父の後頭部にも木刀が打ち込まれ力なく二人は倒れ込む。コウタロウは必要に両親の頭部を狙い、動かなくなるまで永遠とたたき込んでいく。


「やめろおおおおおおおおおおおおお!?」


 公園には、ショウの叫び声と母と父の断末魔が虚しく響いた。





「終わったぜ……」


 しばらくして、コウタロウが倒れ伏したショウの目の前に現れる。

 彼は非常に冷めた目で、ショウを見下ろしていた。


「……」


 涙で顔がグシャグシャになったショウは、コウタロウと目を合わそうとしなかった。


「……オラ、とっとと起きろ」


 コウタロウは無理矢理ショウを起きあがらせる。立ち上がったショウは、無言で彼の手を振り払った。


「ああ?」


 ショウの態度に、コウタロウは舌打ちする。


「……んだよその態度はよ! 感謝しろとは言わねぇけど、そんな生意気な態度をとられる筋合いはねぇぞ!」

「……」

「ッチ……俺だってやりたくやった訳じゃねぇ。この悪夢を早く終わらせたいだけだ。恨むんじゃねぇぞ」


 睨み付けるショウに、呆れたコウタロウ。

 その瞬間――


『モラッタアアアアアアア!!』

「……え」


 両親の倒れ伏す所から黒いモヤが飛び出してくる。黒いモヤは真っ直ぐショウに向かって飛んでいき、まるで彼に憑依しようとしているようであった。


「な!? まだ生きてたのかチクショウ!」


 それに気づいたコウタロウは、とっさに持っていた木刀を黒いモヤとショウの間に回転させて投げ込む。だが、黒いモヤは進行方向を変え木刀を避けながらショウへと真っ直ぐ飛んでいく。


『コレデ終ワリダ!!』


 黒いモヤがショウへ後数十センチと迫った時だった。


「クソがああああ!!」

「コウタロウさん!?」


 ショウの目の前にコウタロウが現れ、黒いモヤを体で受け止めた。黒いモヤが消え去り、立ち尽くす二人と静寂だけを残した。


「コウタロウ……さん?」


 後ろ向き硬直するコウタロウに、ショウは話しかける。反応しない彼の肩にショウが手を伸ばした。


「え」


 瞬間、その場からコウタロウが消えた。

 そして横腹から痛みが走り、体が横方向に吹っ飛ばされる。痛みの方に顔を向けると、そこには蹴りを打ち込んできたコウタロウの姿があった。


「くッ!?」


 吹っ飛ばされるショウと、今度はいつの間にかコウタロウが下に潜り込まり込み、真下から蹴りで打ち上げられる。宙へ舞い上がったショウは、すぐさま右手に[剣心]を浮かび上がらせ白い剣を手にした。


「良いもの……持ってるじゃねぇか……水瀬……」


 ショウは空中に飛び上がったコウタロウと目が合う。

 それと同時に声が響きわたる。


『クソ、水瀬ショウニ取リ付ケバ全テガ終ワッテイタノニ……ダガ、コイツノ能力ハ中々使エルナ』


 舌なめずりをするように不適な声を漏らす南方に被せ、コウタロウが叫ぶ。


「水瀬! その剣を出し続けてろ!」

「ど、どうしてですか!?」

「良いから! それで何とか持ち堪えろ!」


 そう言うと、空中に浮かぶ彼らの周りからコウタロウの残像と幾多の斬閃が飛び交った。嵐のように飛び交う彼らは徐々に地面へと落ちていく。

 そして、勝負はあっと言う間についてしまった。


「うっ……」


 またしてもショウが地面に組み伏せられ、コウタロウは剣を握った彼の手首を掴み身動きを封じ込めていた。

 互いに体がボロボロになっているが、ショウの負傷が大きく意識を保っているのでやっとと言った所であった。


『ヒッヒッヒ! コレデヨウヤク終ワリダ! ヒャーハッハッハッハ!!』

「……この距離だ」


 南方の笑い声木霊する中、自身の胸に手を当てるコウタロウ。


「終わりなのは、テメェの方だ……」

『ハァ?』

「お前は、俺の能力を把握しきれていないようだな」


 そう言うと、突然コウタロウの体がガクリと力が抜ける。


『ナ!? ナニシヤガッタ……』

「……心臓の鼓動の速度を速めたんだ……目眩と吐き気が止まらないだろ……」

『……死ヌ気カ?』

「ああ……このまま続ければ……な」


 苦しむコウタロウは、息を切らしながらショウに投げかける。


「水瀬……その剣で……俺を切れ!」

「……え」

「今……このクソ野郎が気を失いかけてる! ……もし、俺が死ぬ前に……正気を取り戻せば……止められねぇぞ」

「そ、そんなこと出来ません!」

「出来ませんじゃねぇ! やるんだよ!」

「出来ません!」


 涙ぐみながら首を横に振るショウ。

 それを見たコウタロウは目元にクマを浮かび上がらせながら、ショウの持っていた剣を握る。


「最後まで……世話の焼ける奴だ……」


 彼がそう言うと、ショウの剣を無理矢理奪い取り……

 そして……


「ウラアアアアアア!!」

『オイマジカヨ……バカ! 止メ……』


 自分の胸板に突き立てた。


『ゴフッ!?』


 南方の間抜けな声と共に、コウタロウは言葉を吐き捨てる。


「いいか水瀬……本当に守りたいものがあるなら……」

「……コウタロウさん!?」

「覚悟が……必要なんだ……」


 そう言って、コウタロウはショウの上に倒れないように、横へ彼の隣に倒れ込んだ。


「そんな……」


 ショウは目を見開き、ただ唖然とするだけであった。


『……危ネェー、マジデ死ニカケタワー』


 すると、上空の方に黒いモヤの固まりが浮かび上がる。死んだと思われた南方が生きていたのだ。


『コレデ邪魔者は全テ消エタ』

「……」

『水瀬ショウ……オ前ヲ消セバ、俺ノ計画ハ成功スル。長カッタヨ……本当ニ』


 突然、堪えていたかのように笑いをこみ上げる南方。


『フヒャヒャヒャヒャ!! 最後ハ楽ジャナイ死ニ方ニシテヤルヨ! 楽シミニ……』


 絶叫しながらショウへと急降下する南方だったがその最中、突然光の球体が彼に衝突する。

 直撃した南方は、叫び声を上げる間もなく消滅した。


「やっぱり……避けたってことは……当たるってことだったんだね」


 ショウは息が詰まりながら、大の字の体をゆっくりと起きあがらせる。右手には[閃光]の文字が浮かび上がっていた。


「すみませんでした……助けてくれて本当にありがとう……コウタロウさん」


 彼は一人呟きながら、どこか満足した表情のコウタロウを見つめた。すると、ショウの右手がまたしても光だし、やがてコウタロウの能力[高速]の文字が浮かび上がる。



♣♣



 ショウはコウタロウをおぶり、上野公園を宛もなくさまよう。いや、宛てならあるが本当にそれを宛てにして良いのか分からなかった。


「光の扉……どこに……」


 虚ろな表情で、ゆっくりと歩き続けるショウ。

 だが――


「あ……」


 つまずいてしまい、コウタロウごと倒れ伏してしまう。

 気力も尽きており、気を失うように彼は微動だにしなかった。


「助け……なきゃ……」


 それでも、彼は右手を前に出し立ち上がろうとゆっくり力を込めていく。

 

 それでも……彼には限界が訪れており、それは彼自身も何となく感じ取っていた。


「それでも……それでも僕は……」


 もがくように、右手で地面を握りしめた。


「ショウー!」


 誰かがショウを呼ぶ声が聞こえてくる。


「……え」


 彼は驚く。その声はとても聞き覚えのある声だったからだ。そして、声は徐々に近づきショウの目の前に姿を現す。


「ショウ! ようやく……ようやく見つけた!」


 そこに現れたのは一羽のウサテレである。だが、ウサテレの映像に映し出されていた人物を見てショウは声が震えた。


「モエカ……さん?」

「ああ! ああ、そうだ私だ! 清白モエカだ! 覚えていてくれたんだなショウ! お前のこと、凄く探したんだぞ!」


 そこにはなんと、恐竜の世界で出会った清白モエカの姿があった。長袖を着た彼女は涙ぐんだ様子で笑って見せた。

 そして、彼女は横を向き画面外に誰かに声をかける。


「ユリエさん! ブラウンさん! ショウを見つけました! 座標は……」

「モエカさん! お願いだ! コウタロウさんを……この神楽コウタロウさんを助けてほしいんだ!」

「その人は……もしかして部外者サードの……」

「そうです! 何とか……何とかこの人を……」


 背負ったコウタロウを救うべく、彼はもがいた。

 ウサテレとまさかのモエカとの再会に、彼の心には安堵感が生まれていた。

 しかし……ショウがウサテレへ手を伸ばした時、自身の異変に気づいてしまった。


「……手が」


 伸ばした自身の手から、小さな粒子が泡のように浮かび空へと消えていく。徐々に自身の指が欠けていき、ついには手が消えていく。

 その光景にショウは目を見開いた。


「何だ……これは……」

「……ショウ!?」


 異変に気づいたのはモエカもだった。

 モエカは画面にくっつかんばかりに近づき、大声を上げる。


「ショウ!? 体が! 体が消えていく!」

「体が……消え……」

「そんなダメだ! 消えるショウ! せっかく……せっかくまた会えたのに!」


 徐々に腕が消えていき、下半身の感覚もなくなっていく。意識も、ぶつ切りに切り取られ――


「モエ……カ……さ……」

「ショウ! 消えるな! ショウ! シ ョ















・・・・・・


・・・


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