上野公園世界編

夢パート

第22話 夜露死苦リーゼント

 赤い空。

 黒い雲。

 黒い建物に黒い木々。

 何もかもが黒い影によって作られたような暗い世界。

 まるで、地獄のような世界だ。

 ショウが目を覚ました時、始めに思い浮かべた感想がそれだった。そして、彼の目にすぐさま入ってきた看板の近づき、それをジッと凝視する。

 黒い木の枠組みに白いボードが取り付けられ地図の載った看板。そこに書かれたかすれ気味の文字を見て、思わず声に出して読んでしまう。


「……上野公園」


 ショウはその看板を見上げ呆然とする。

 先ほどまで自分は電車の中に居た。その車内で黒い固まり……南方ダイチに追いかけられ、殺されそうになった。

 しかも、夢の中ではなく現実世界で……

 はたまた、あれは本当に現実だったのだろうか……


「……今度はちゃんと包帯が巻かれてる」


 自身の右手を見ると、いつも通り黒い包帯が巻かれていた。不安にかられるショウは、自身の包帯を見て今までにない程の心強さを感じてしまった。


「それに……今度は何だ? この格好は……」


 今回もコスプレのように服装が替わっていた。今回は妙に襟の高い白い学ランに白い鉢巻き、ついでに鉄の肩パットの付いたよく分からない服装だった。

 近くにあった公衆電話のガラスの反射で、自分の姿を確認する。


「……応援団かな?」


 それが自分の姿を見た感想だった。


「さて……これからどうすれば」


 ある程度状況を確認した所でショウは考え込む。いつもなら、出口である光の扉を探すことを先決としていた。

 だが、現実に戻ることに不安が拭いきれない。

 あれは、本当に現実世界だったのかも定かではない。

 だとすると、やるべきことは一つだけとなる。


「エリちゃんを……探そう」


 タブレットに突然届いたエリからのボイスコメント。明らかにショウを助けようとしたもので間違いないであろう。そして、その音声を再生し終わったと同時にこの場所にきたのだ。


「何か……やっぱり、何かおかしいんだ」


 ショウは前を向き、ゆっくりと歩みを進めようとした時だった。彼の足下、焦げ茶色の土と黒い雑草の生えた地面から黒い液体が沸き上がってくる。


「な、何だ!?」


 とっさに後退すると、黒い固まりは三つ浮かび上がる。それぞれ人間ぐらいの大きさまで膨らむと人型へと姿を変える。

 その黒い人型には顔はなく、表情を読むことが出来ない。だが、黒い影の手と思わしき部位にはカイトと居た世界で、南方が産み出した黒い剣を握っていた。剣を振り上げ、明確な敵意を持って近寄ってくることが分かる。


「やっぱり敵なのか! なら、やるしか……」


 迫り来る陰に、ショウは右手を構え臨戦態勢を取る。

 だが――


「オラアアアアアドオオオオキイイイイイヤアアアアアガアアアアレエエエエエ!!」


 彼等の横から男の怒声と何かバイクのような物が近づいてくる走行音。ついでにパラリパラリラと3連ホーンのラッパの音が鳴り響いた。


「……え?」


 予想外の騒音に思わずショウと陰達は停止し、皆が横から接近する何かを確認する。

 そこには土煙を上げる太いタイヤに黒と赤で構成されたケバい車体。後ろには高い背もたれのような突起が伸び、喧嘩上等の文字の入った旗が掲げられている。中心から青く輝くヘッドライトが、自身が改造バイクであることを自己主張するように強く輝く。


「ウオオオオオオオオオ!」


 自己主張の激しいバイクに乗っている男もまた白い特攻服をマントのようになびかせ、黒く尖ったグラサンに刺されそうな鋭い眼光を光らせる。これまた刺されそうな黒く鋭利で長いリーゼントを振るい、ショウ達に突貫する。


「シネヤアアアアアアアオラアアアアアアア!!」

「う、うわああああああ!?」


 バイクに乗って走行していたリーゼント男は、突然バイクから飛び降り華麗に宙返りをして見せた。乗り捨てられたバイクは騎手を失った馬の如く暴れ転がりながらショウ達へと向かっていく。

 ショウはとっさに飛び退き、尻餅を突きながら転がって吹き飛んでくる鉄の塊を回避する。退くことの出来なかった陰達は呆気なくバイクに巻き込まれ吹き飛ばされていく。最終的にバイクは木に衝突し陰達と共に粒子となって粉々に砕けた。

 呆然とショウはバイクの飛んでいった方を見つめていると、カツカツと靴音が近づいてくる。

 振り向くと白い特攻服に剥き出しの硬そうな胸板、黒いグラサン、長くてしなるリーゼント、木刀を肩にかつぎ、そして腹部には腹巻きのように巻かれた黒い包帯と[高速]のという文字が浮かんだ男が立っていた。


「あ……貴方は?」


 いろいろな意味で焦りを隠しきれないショウに対して、リーゼント男は立ち止まる。かけていたグラサンを脱ぎ捨て、鋭い目つきに血管の浮き出たいかつい顔を見せつけた。

 すると、突然木刀を手元で振り回しプロペラのように高速で回し始める。


「元神楽特攻隊隊長!!」


 今度は右足を軸に回転し始め、ヌンチャクの如くバットとリーゼントを振り回すし、背中に書かれた神楽という文字を見せつける。


神楽かぐらコウタロウ!! 17歳のオス!!」


 最後に宙返りを決め、木刀を肩にかつぎ――


夜露死苦ヨロシクッ!!」


 ショウの目の前でしゃがみ込み眼前で男はメンチを切る。


「は、はいぃ・・・・・・」


 いろいろな意味で涙目になるショウであった。





「おい、立てんのか坊主?」

「あ、は、はい……何とか」


 神楽コウタロウと名乗ったリーゼント男は、手を差し伸べショウを起きあがらせた。


「す、すみません。危ないところありがとうございました」

「あん? 気にしてんじゃねぇぞコラァ! 困ってる奴を見過ごせねぇだけだゴラァ! ヤンノカゴラァあん?」


 眼孔を剥き出しにしながらポケットに手を突っ込み、メンチを切り続けるコウタロウ。


「ッチ! それにしても、どうして俺はこんな胸クソ悪い所の夢を見てんだ。まったくムカつくぜ!」


 唾を吐き捨て、ポケットに手を突っ込みながらコウタロウは赤い空を見上げる。


「……貴方もここが夢の中だって分かるんですね」

「ああ、不思議とな。アイツが病院を移ってからは、俺も事件のことを忘れかけていたってのに、こうしてまた上野公園の夢を見ちまうとはな……まったく、自分の弱さを実感するぜ」

「事件……上野公園……」


 コウタロウの呟きを聞き、ショウは目を見開く。


「それって! 上野公園連続通り魔事件のことですか!」

「ああん?」


 ショウの反応に対して、明らかに不機嫌な態度を見せるコウタロウ。


「んだよ坊主! テメェに関係ねぇだろ!」

「い、いや! 関係あるかもしれないんです! お願いします。教えて下さい! えーっと……お名前は……」


 すると、また木刀を手元で振り回しプロペラのように高速で回し始める。


「元神楽特攻隊隊長!!」


 再びは右足を軸に回転し始め、ヌンチャクの如く木刀とリーゼントを振り回し、背中に書かれた神楽という文字を見せつける。


「神楽コウタロウ!! 17歳のうら若きオス!!」


 最後に宙返りを決め、木刀を肩にかつぎ――


夜露死苦寝ヨロシクねッ!!」


 ショウの眼前でメンチを切る。


「よ……よろしくお願いします……神楽さん」


 気を取り直して、コウタロウは不機嫌そうに話し始めた。


「あれは半年前のことだ。俺は毎日上野公園をランニングするのが日課なんだ」

「意外と健康的なんですね」

「ああん!? 修行の為だゴラァ! 趣味じゃねぇんだぞゴラァ! なめてんのかゴラァああん!?」

「す、すみません……」

「それでだ。半年前の昼前ぐらいだったと思う。八月の夏休みシーズンだったからか家族連れや旅行客達が公園を賑やかしてやがった。蒸し暑い公園だったが俺は日課のランニングを休まなかったんだ」

「あ、あの! すみません! もしかして貴方は……」


 コウタロウの口振りに、ショウは訪ねる。


「上野公園通り魔事件の現場にいたんですか!」

「……ああ、そうだよ」


 ショウの鼓動が速まる。ようやく事件の深い内容へとたどり着いたのだ。


「話を戻すぞ。ランニングしていた俺だが、そのごった返す公園の中で叫び声が響いたんだ」

「叫び声」

「女の悲鳴だった。急いで俺は叫び声の方へと向かったんだ。そこには血だらけで胸糞悪い顔の包丁を持った犯人が居た。そしてそこに居たんだよ……」


 彼は何となく言いづらそうな表情を見せるもショウを指さす。


「血だまりの上で倒れてる父親と……それを呆然と立ち尽くして見ていた母親と黒髪を二つに分けて結んだ小学生ぐらいのチビがな……」


 その少女の外見を聞き、ショウは言葉を失う。


「実は俺自身、そのチビを知っていた」

「……その子と知り合い・……なんですか?」

「知り合いって程じゃない。会ったのも本当に偶然だ。まあ、あっちは俺のことなんか覚えてなかっただろうがな」


 コウタロウは目を伏せ、思い出したくもないといった表情を浮かべる。


「話の続きだ。犯人の男は呆然としているチビを包丁で切りつけようとしていた。それを母親が庇って背中を刺された」

「……」

「その母親に抱えられ庇われたチビは……身動き出来ずに、そのまま殺されそうになった所を俺が犯人を取り押さえて助けたんだ。だが、その時チビは犯人に両目を切られたらしくて目が見えなくなったんだ」


 そこまで話すと、コウタロウは背を向ける。


「俺が不甲斐ないばっかりに、チビの両親は死んだ。俺の鍛え方が足りなかったせいで、あのチビの両親を救えなかった。あのチビだって目が見えなくなるこたぁなかったんだ」

「……」

「そのチビの名前……水瀬エリっていうんだ。あの日以来、事件のことも水瀬エリのことも、俺は忘れられないでいるんだよ」


 ショウは思わず両膝を地面に突いてしまう。

 開いた口を一生懸命動かし、整理しようと考えを言葉に漏らしていく。


「父さんと母さんが……死んだ? ……殺された? ……エリちゃんが失明して……それで……」

「お、おい!? 大丈夫か坊主!」


 ショウの様子に、コウタロウは彼の肩を掴む。

 これは夢だと頭の中で叫び続ける中で、本当にこれは夢なのかと自分に問いかけていた。

 夢と現実の境界が彼の中で大きく割れ始めたのだ。


「……その後 夢と現実の境界が彼の中で大きく割れ始める。どうなったんですか?」

「ああ?」


 肩を掴んだ手をショウは掴み返す。


「その後、その子がどうなったのか教えて下さい」

「な、何だよ急に」


 ショウの様子に戸惑うコウタロウ。


「そのチビ……水瀬エリは、その事件の後病院で入院することになった。目の手術をする為にだ。俺には詳しいことは分からないんだが手術は成功したって聞いた。だが手術後も水瀬エリは目が見えないままだった」

「手術……目が見えなかった? 何で、神楽さんはその後のエリちゃんのことを知っているんですか?」

「何でって……ずっと俺は気になって見舞いに行ってたからだよ! アイツはな! あの事件以来家族を亡くしたんだ! 親戚もいねぇみたいだし、夏休みの最中だったからか知らねぇけど、友達すら来なかったんだよ……警察やマスコミはえらいぐらい沢山来てたけどな。俺もドえらいぐらい事情聴取させられたぜ」


 家族を亡くした。誰も見舞いに来なかった。

 その言葉達にショウの思考はグルグル回り、胸を締め付けられる息苦しさを覚え始める。

 コウタロウは話を続ける。


「……まあ、俺みたいな奴が見舞いに来たって当然アイツは喜びやしなかったけどな。来るとだいたい寝ていたし、起きてても俺の言葉に反応なんてしなかった。その内、黒服の奴らや医者に見えないが白衣を着た奴等が水瀬エリの所に来るようになったんだ」

「白衣の人達……ですか」

「ああ……どっちかと研究員みたいな奴らだ。こんなことを話して良いのか分からねぇけど、水瀬エリに何か機会みたいな物を付けてソイツ等はパソコンをイジっていた。俺は病室の外から覗くだけだったから良く分からんが、あれは診断とかをしているようには見えなかった。どっちかと言うと実験みたいない感じだった」

「……」


 何となくショウには心当たりがあり、嫌な予感が徐々に繋がっていく。


「事件から二三にさんヶ月ぐらいしてからか、突然水瀬エリは病院を移ることになった。移った場所は教えられないって言われちまったからこの話はここまでだ。その後、奴がどうなったのかなんて知らねぇし俺も俺で整理を付けねぇといけなかったからな」

「そうでしたか……あまり思い出したくない内容だったの申し訳ございません。話していただきありがとうございます」


 ショウはやるせない気持ちではあるが、素直に話してくれたコウタロウに深く感謝する。

 頭を下げた所で、今度はコウタロウが質問を投げかけてくる。


「坊主、どうしてテメェはそんなにそのチビのことを聞いてくるだ。知り合いか?」


 コウタロウの質問に、ショウはどう答えるか悩む。しかし、包み隠さず話してくれた彼に話さないことなんてショウには出来なかった。


「僕の名前は……水瀬ショウです……」

「……今なんつった」


 目を細めるコウタロウ。ショウは、もう一度彼の目を直視し伝えた。


「僕の名前は水瀬ショウ・・・・・・水瀬エリちゃんの兄です」



♣♣



 そう言った瞬間コウタロウに胸ぐらを掴まれるショウ。


「テメェ……」


 鋭い剣幕で襟を締め上げられる。ショウは必死に堪え、コウタロウの手を押さえた。


「どの面下げて俺の前に現れた」

「ぼ、僕は……」

「答えろ!! テメェは水瀬エリの見舞いにちゃんと行ってたのか? ああん?」

「い、いや、違うんです! 僕は……そんなこと知らな……」

「違うって何だオラァ!! 妹が苦しんでいる時にテメェは何やってんたんだよゴラァ!! 答えろ!! 答えてみろよ!!」


 更に強く白い学ランの襟を締め付けられる。南方に絞め殺されそうになった時程ではないが、声が上擦ってしまう。


「知らなかったんです! エリちゃんが入院してたことも! 上野公園の事件のことも……」

「知らなかったって……バカかテメェは!! ニュースにもなった事件だぞ!! しかも家族が死んで!! テメェの妹が大変なことになってたんだ!! 何寝ボケたこと言ってんだよ!!」

「本当に……本当に、どうしてか分からないんだ!」


 ショウの今まで堪えてきた不安や疑念の気持ちが、一気に溢れ出てきた。


「僕の現実では、何もない平穏な夏休みを過ごしていたはずなんだ! でも、こんな夢を見始めてから徐々におかしくなってきたんだ! 貴方も含めた夢の中に出てくる人達全員と話が噛み合わない……そしたら、現実世界にもアイツが出てきて……急に襲ってきて」

「あ、ああ? 何言ってんだ? っていうか、泣くんじゃねぇよ……」

 ……どうせ、夢の出来事だって割り切ることも出来なくなって……今、自分が夢を見ているのかどうかすらも分からなくなっているんだ……」

「お、おい……」


 大粒の涙をこぼし始めるショウを見て、コウタロウは締め上げていた手を緩める。すると、ショウは力なく崩れ落ちていく。


「僕自身、本当は何者で……何を信じれば良いのか、分からないんだ……」


 地面に両手を突き、嗚咽を漏らしながら譫言うわごとを呟いていた。それに対してコウタロウは無言で振り返り――


「……ッチ」


 ショウに背を向け、舌打ちをした。


「おい坊主。泣いてる暇はねぇみたいだ」


 コウタロウの言葉にショウは反応せず、ただ気配だけは感じ取っていた。

 辺りには十数体という数の黒い人型の陰が彼らを取り巻いていた。一体一体の陰の手にはノコギリや包丁、スパナーなど現実世界で凶器になりうる道具を一つずつ握りしめていた。表情は読みとれないものの明確な殺意が籠もっていた。


「おい、坊主! いつまでメソメソしてんだ! 腑抜けてないでとっとと立やがれ!」

「……」

「聞いてんのかオイ!!」


 そんなやりとりをしている最中、一体の陰がヘタり込んでいるショウへと急接近する。彼の目の前で止まり、持っていた斧を振り上げた。


「チクショウが!!」


 コウタロウが叫ぶと同時に、彼の黒い腹巻きのような包帯から[高速]の文字を浮かび上がらせ、ショウの前に躍り出ていた。

 振り下ろした斧を木刀で受け止め、すかさず回し蹴りを人型の陰の脇腹と思わしき部位に叩き込み吹っ飛ばした。更に、吹っ飛ばされる陰の上から突如としてコウタロウが現れる。彼は持っている木刀を陰の頭をかち割り、空中から地面へと叩きつけた。


洒落臭しゃらくせェ!! 全員まとめて相手してやんよオラ!!」


 コウタロウは眼孔を光らせ、獣のように息を吐いた。

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