(51)世界を救った男の寝顔

「雅也~」


「zzz……」


(なによ、この小動物のような可愛さは)


 気持ちよさそうに眠る雅也は、ちょっとだけよだれを垂らしていた。


(……しょうがないなあ)


 真奈美はふっと笑みを浮かべ、ティッシュで雅也の口元をいてやる。


「むにゃむにゃ……」


(なにがむにゃむにゃよ)


 ベッドの横に座ったまま、真奈美はしばらく雅也の寝顔を見つめていた。


(キスしちゃおっかなー)


 雅也に顔を近づける真奈美。




    (*´ε`*)チュッ



(本当にしてしまった。えへへ)


「……ん?」


 しばらくして雅也が目覚めた。真奈美は枕の横にほおづえをつき、じっと雅也を見つめたまま。


「あ、おはよう。もうこんな時間?」


 眠い目をこすりながら端末を確認する。


「そうよー。みんな待ってる。地震明日だってさ」


「え? あ、そうだったんだ」


 そう言って立ち上がると、雅也は真奈美とともに一階に下りた。



 ◆◇◆



「涼音ちゃん、ソフトの方どんな感じ?」


「……9割がた完了……これ見て」


 涼音の調査状況を確認する雅也。


「どれどれ……これはやばいな」


「どういうことだ?」

 顔をしかめた雅也に良助がたずねた。


「このソフトの解析で、いくつかわからない部分があったから涼音ちゃんに調べてもらってたんだけど、どうやらいろいろなことにつながってるみたいなんだ」


「いろいろなこと、とは?」


「このソフト、どうやら人間だけを相手にしたものじゃない」


 雅也が顔をあげて答えた。


「は?」


「これまで疑問に思ってた。『仮に博士がホログラムだとしたら、脳波が取れたのか?』って。ホロには実体がないから通常であれば脳波なんか取得できないはずだけど、博士から得られたデータは確かに視覚映像的な動画だった。そのからくりがこのソフトに埋まっていたんだ。スカンディナビアとの共同開発っぽい」


「どういうことだ? 博士が実体のあるホログラムだと? わけがわからんぞ?」


 まゆをひそめた玲に雅也が言い返す。


「あの夜お前、僕に言ったじゃないか。『ホロと普通の人間の区別がつくか?』って」


「いや、あれは例えばの話で、お前に危機感を持って欲しかったからで――」


「とりあえず僕は『リアルホロ』と命名してる。博士がそれにあたるかどうかは別として、このソフトはそのリアルホロが実在することが前提として作られてる」


 真面目な顔を玲から良助たちに向け、雅也が続けた。


「デックと涼音ちゃんには言ってなかったけど、僕は大学病院で聞いた話から、小学校のダミーのクラスメイトって、個々の思考も、それぞれのキャラクターの役割分担もスカンディナビアのシステムが直接コントロールしていると思っていたんだ」


「またその話なの? というかそれが間違ってたってこと?」


「うん」


 真奈美の言葉にうなずきつつ、さらに続ける。


「涼音ちゃんのクラスに僕と玲のダミーがいたという事実から、ホロに搭載する『独立した人工脳』が完成していた、と考えざるを得なくなった。だって、ホロの外見までわざわざリアルの僕らに似せる必要なんてないもの。涼音ちゃんのクラスにいたのって完全に僕らのクローンだよね? で、昨日調べたところ、スカンディナビアも脳波を研究していたことがわかったんだ。元々は仮想世界と同様、教育の結果に関わるデータを取るための研究で、生徒の感情の動きを調べるためのものだったみたいだけどね」


「そんなところから始まる話なのかよ」


 良助は長い話を覚悟した。


「そう。そこからなんだ。そしてその人工脳は大雑把に言って『思考・感情面』と『記憶面』に分けられているんじゃないかな、と。その二つを合わせ『個性』として『人間としての基本性能』に追加するイメージでホロを作っていると思うんだ。というのも、その『人間としての基本性能』の部分は人体に詳しい『大学病院』が作って、スカンディナビアに提供していたみたいなんだよ」


「プログラムのことはよくわかんねーが、人間の機能を分解して、複数の場所に置いているイメージなのか? 『人体オブジェクト』に『脳クラス』を追加設定、みたいな? だったらなんでお前や玲の外見を使ったんだ? 実装するのは『脳クラス』だけで良かったんじゃね?」


「そうなんだよ。そこに欠陥があると僕も思ったんだ。おそらく今の『人工脳』はまだまだ発展途上で、『人体の変化』に個性がアジャストできないんじゃないかな? 例えば『人工脳』を身長が違う『人体オブジェクト』に入れると、明らかに挙動がおかしくなるとか、そういったエラーが出るんだと思う。ということはつまり、成長できない・・・・・・んだ」


「なんでスカンディナビアが関わってくるんだ? 分けて開発できねーなら大学病院だけで完結する話じゃねーのか?」


「その理由を僕も考えた。そしてこれからが本題。スカンディナビアはおそらく、大学病院から提供されたホログラフィーセットに、僕たちのような過去の生徒の個人情報をセッティングして一年使った後、大学病院にも人工脳のサンプルデータを渡しているんだと思う。大学病院はホロの人工脳にどの程度経験が蓄積されるかを研究するために、ホロ自身の視覚記憶を取り出すプログラムを開発していたから。それがこのソフトの裏の機能。涼音ちゃんが解析してくれた部分」


「ということは、だ。ホログラムデータの人工脳の中には『記憶の出し入れ』ができるわけだな? 涼音のクラスにいたオレたちのクローンには、涼音たちと過ごした記憶しかないはずだからな」


 何かに気づいたかのように玲が言った。


「そういうこと。けどそれだけじゃない。人の脳の場合はまだ視覚記憶だけだけど、この『人工脳』からであれば、人の五感にあたる部分や思考、もっと言うと空想に関わることだって取り出せる。『思考・感情面』と『記憶面』は相互に情報をやり取りすることで機能するわけだけど、情報は最終的に『記憶面』に保存されるから」


「いずれにしても涼音のクラスにいたお前らは人工脳を搭載していたホロだったってことか?」


 良助の言葉に雅也がうなずく。


「そういうことだと思う。次の問題は『リアルホロ』つまり実体を持つホログラムを作ることができるかどうかで、そこまではまだ特定できてないんだけど、実際にヘッドセットで使うこのソフトにその機能が組み込まれている以上、大学病院での研究がどこまで進んでいるのか、気になるところなんだ」


「だがよ、それと今回の動画とはどうつながるんだ?」


「……リアルホロの……博士の……空想の……録画……かも」


 涼音が目をつぶって答えた。


「すでに存在してたのかよ! 相変わらずぶっとんでんな。お前ら」


「じゃあ結局おじいちゃんの話じゃない! あたしの立場はどうなんのよ? リアルホロって生殖機能まであるってこと? でその孫があたしってわけ?」


 それまで黙って聞いていた真奈美が血相を変えて雅也に詰め寄った。


「さすがにそれはないと思う。だからまだ他に何かからくりがあるはず」


「からくりって何よ?」


「それはまだ……ソフトのすべてがわかったわけじゃないから……」


 口ごもる雅也。玲と良助は涼音の祖母の話を思い出したが、言葉にすることはできなかった。


「……確実なのは……個人情報が……横流し……されてる……こと」


「うん、学校での僕らの過去が大学病院に提供されていることは間違いないと思う」


 涼音に雅也が断言した。


「それな、どう考えても倫理的に問題あるよな? 今回の泥棒はそれがバレることを恐れて証拠隠滅を図ったってわけか?」


「だがなぜだ? なぜそんな危ない橋を渡るようなことをする?」


 良助と玲に聞かれ、雅也は頭をかきながら答えた。


「きっと僕らに博士のデータを取らせてからもみ消そうと思ったんじゃないかな? だってソフト貸与の段階で相当リスクが高いだろ? それに博士はスカンディナビアの事情にも精通していたし、その記憶をごっそり抜き取ることができれば、最高の情報源じゃない? 博士が本当にリアルホロかどうかはともかくとして、犯人は博士に知られずにこのデータを手に入れたかったんじゃないかな? そしてそれに気づいていた博士は、それを逆手にとって、あえてこの情報のみを残した」


「ってことはだぞ、盗聴器が仕掛けられる前からオレらの情報はもれてたってことか? それも博士経由ではなく?」


「そうかもしれない。なぜかはわからないけど」


 そこまで言って雅也も良助も黙り込む。


 しばらくして玲が口を開いた。


「雅也、この『博士=ホログラム』説、お前の中では本筋なのか?」


「実はまだ解明されていない部分が少しあるんだ。涼音ちゃん、残り1割の解析、あとどのくらい時間かかりそう?」


「……うーん……わからない……雅也くんと……一緒に……やりたい」


「わかった」


 そう言って、雅也は大きく伸びをした。

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