(32)人工知能と人工脳

 後部座席に玲と真奈美が座ると、タクシーが走り出した。


 速度が安定したところで真奈美が口を開く。


「なんであんたがおじいちゃんの説得に行くって言ったの?」


「もし雅也が行ったらどうなると思う?」


「さあ」


「あいつがあの勢いで押しかけたら博士は困るだろ?」


「そりゃそうだけどさ」


「…………」


「玲ちゃんは反対、かな?」


「お前は断らなかったのか?」


「最初は反対したわよ。だけどあいつの真剣な顔見てたら、なんだか断れなくてさ」


「…………」


「雅也ってさぁ、天然っていうか、子供なんだよね」


 前を向いたまま真奈美がつぶやく。


「まあ、そうだな」


 そう言って玲が、目だけを真奈美の方に向けた。


「そりゃもちろんあたしたちみんな子供なんだけど、その中でもとびぬけて子供っていうか、あのきらきらした目を見ると、この子はこのまま一生変わんないのかな、と思ってさ――」


「お前は変わったと思うぞ」


 視線を前に戻しながら玲が口にした。


「へっ? あたし?」


 驚いた真奈美が玲の方を向く。


「ああ。なんか、女らしくなった」

「なによそれ。前はガキだったってこと?」


「そうだな」

「相変わらずはっきり言ってくれるわね〜」


 玲は顔を前に向けたまま、黙りこむ。


 真奈美も顔を前に向けて続けた。


「でもそうね。玲ちゃんの言うとおりだと思う。だって、周りにかすみんや涼音たちがいて、影響受けまくってるし。実際……」


「ん?」


 玲が真奈美の方を見た。


「みんなに感謝してる。自分でも信じられないんだけど、これだけの仲間と可能性を感じられるってことが。なんか青春って感じよね~」


「…………」


「あら、あたし、なにか変なこと言った?」


 ふと目が合う二人。窓の外を住宅街が流れていく。


「まなみん」


 そう言って玲が前に向き直った。


「は、はい」


「……俺とつき合わないか?」


「えっ?」


「…………」


 玲は目を合わせず、黙っている。


 真奈美も前を向いた。


「それって……チームのため?」


「……いや」


 真面目に答えられ、真奈美は笑った。


「ありがとう。あんたにそう言ってもらえるなんて……」


「…………」


「でも、ごめん……」


「…………」


「そうね……あんたのお誘いも十分魅力的なんだけど、今のあたしは雅也にかけているのかも」


「……そうか……そうだよな」


「……ごめん」


 そう謝って真奈美は窓の外を向いた。


「気にするなよ。あいつのこと、頼むな」


「……うん」



 ◆◇◆



 真奈美の自宅に到着した二人は応接間で博士に向かって座ると、これまでの経緯を説明した。


「ふーむ……」


 微妙な空気が流れる。


「あのね、おじいちゃん、これはよーく考えたほうがいいと思うの」


 真奈美が真剣な顔で言った。博士は腕を組んでうなずく。


「確かにそうだね。玲くん、君はどう思うかね?」


「興味はあります。ただ、そもそも倫理的にどうか、という判断が俺にはつかない。ひょっとすると俺が単に雅也に歯止めをかけようとしているだけなのかもしれない。この実験が今後、俺たちにどういった影響をもたらすのか、ということもまだイメージできてない。雅也がやることのその先に、あいつが考えていることって、俺には想像がつかない。だからもしめるならここで止めなければ、あいつ、暴走しそうな気がしたんです」


 玲は少し考えてから口に出した。


「確かに想像つかないのかもしれないけど、もし玲くんが雅也くんの立場だったら、どうしようと思うかな?」


「そうですね……もし俺があいつの立場だったら、人工脳を作ろうとするかもしれない」


「なにそれ? 人工知能でなくて、人工脳?」


 真奈美が玲のほうを向いた。


「そうだな、例えば、今の人工知能を小型化して、脳のようにしたものをロボットに搭載して、それが世界を席巻するようになる、とか」


「まんまSFの世界ね。けどそれと人間の記憶がどうつながるの?」


「元々あいつが心理学を選んだ理由って確か、ロボットに搭載する知能を作りたい、ということが発端だったと思う。深いレベルでやりたい、とも言っていた。それはつまり、シンプルな人工知能的な思考でも、プログラムされた感情でもなく、究極的に人間に近い心理を求めているってことだ。だから、人間の脳波を解析してデジタル情報に置き換えたものから、逆算的に人間の人格としてインプットすべき情報を割り出し、ロボットに埋め込むことができる、って思ったんじゃないか?」


「ちょっと気持ち悪いわね」


「それに昨日、お前ら話してたろ? 空間移動の疑似体験。人工脳があればその後すべての歴史が残ることになる。いつどこで何があったのか、人間の目で見たイメージで伝えてくれる」


「うっわ、そこにつながるの……でもそれって、雅也、まさか本当にあたしのために?」


「いや、あいつ自身のためだとは思うが」


「そりゃそうよね」


「ただ、そんなことを考えていたら、俺には判断つかなくて……」


「なるほど」


 そう言って博士が考え込んだ。

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