(30)過去の世界と未来の世界

 玲と良助が涼音のコンピューターをのぞき込むと、何かを試算しているようだった。


「……座標」

 涼音がつぶやく。


「入口と出口が必要だな」

 玲が腕を組んで言った。


「どういうことだ?」


「わかりやすく言うとだな、タイムマシンといっても、自由自在に好きな時間好きな場所に行き来できる、というのは現段階では夢のまた夢で、最初は同じ場所で行ったり来たりできるか、ということから考えたい。ただ、その『同じ場所』というのがまた曲者で、宇宙規模、慣性系として扱えないケースではとてつもない話になってくる。だから、例えばこの研究室の中、という座標で固定し、過去と未来の研究室にポイントを置き、その2つを時空を超えるルートでつないで行き来する、ってイメージだな」


「例えば入口が『この研究室』で出口が『別の時間のこの研究室』ってことか?」


「まあ、そういうことだ」


 うなずきながらも良助はわかったような、わからないような顔をしていた。


 ◆◇◆



 部屋の反対側では雅也の後ろに真奈美が寄ってきていた。


「僕らの研究の目的を整理すると、こういうことだよね。『われわれは過去と未来の間の存在であるから、過去の世界を可視化することで疑似タイムマシンの体験を得つつ未来の展望を見据え、今後の構想に寄与する』」


「まあ、そうね」


「一方で、どの程度の信憑性しんぴょうせいがあるかはともかく、過去のデータは仮想世界に存在している」


「…………」


「われわれとしては仮想世界を経験せずに研究を進めることはできない」


「勝手にどうぞ」

「えっ?」


「あたしそっちには興味ないから、やるなら雅也、勝手にやってよ」


「まなみん……さん?」


「その『過去の世界』、データで借りられるみたいよ。大学ライブラリの」


「ええっ?」

 霞の言葉に驚く雅也。


「そんなことだろうと思ったわ〜」


 真奈美が手を広げて言った。


「……あれ?」

 霞が自分のモニターに顔を近づける。


「ん? どしたの?」


 真奈美も霞の側に椅子を転がしてきた。


「『未来の世界』っていうのも、あるみたい」


眉唾物まゆつばものかなぁ?」


「どこが作ったものですか?」


「ノバスコシアだって」


 霞が雅也の方を向いて答えた。


「この大学で作ってたのか!」

「どうする? 借りてみる?」


 霞が二人の顔を交互にうかがう。


「そ、そうね。そういうことなら見てみましょうか」


 真奈美があらたまって言った。


「お願いします。っていうか、僕ら知らないこと多すぎる」


 雅也も霞の席の後ろに椅子を持ってきた。



 ◆◇◆



「とりあえず『未来の世界』から見てみようよ」


「ドキドキするわね」

「どんな内容かしら……」


 三人でそう言いながら霞がボタンを押すとデータが再生され、画面に文字が羅列された。


「ん? 『2057、2058、2059、2060……』」


 雅也が読み上げる。


「歴史年表ね」

「なにそれ?」


 真奈美はいまいち釈然しゃくぜんとしない。


「おそらく、一年ごとの出来事がこの中にたくさん入っているのよ」


「じゃ、2057年を見てみますか」


 雅也の言葉にうなずき、霞が2057年をクリックする。


『No.4567289401の演算終了。理論証明』

『No.4839877650の演算終了。理論証明』

『No.4943678554の演算終了。理論証明』

『No.5062544315の演算終了。理論証明』

『No.5098736779の演算終了。理論証明』

『No.5122439877の演算終了。理論証明』


「文字だけ、しかも箇条書きか」


 当てが外れたかのように雅也がため息をついた。


「ノバスコシアの未来の可視化って結局、どういうことなのよ?」


「もしかするとまなみん、これって大学内部の人工知能の研究結果の発表予定なんじゃない?」


 真奈美の言葉に、霞が思いついたかのように言った。


「あ、そういうことか。ってことは今ノバスコシアで行われている研究のほとんどは、これを見ればわかるってこと?」


「そういうことになるわね。つまんない結果だったけど――」


「いやちょっと待って! えっと……何かある気がする……」


 言いながら真奈美が考え込む。


 雅也と霞は黙って真奈美の言葉を待った。


「あのさ、この予測の的中率を知りたいのよ。もし『過去の世界』もこんな感じの歴史年表なのだとしたら、これまでに出た証明結果があるはず。その結果が出た日は今からみれば過去だけど、それより前の時点から見れば未来だったわけで、『その時にきちんとその日の予定時間通りに結果が出る』と予測できていたのかどうかが知りたい。結果が仮説をきっちり立証できているのか、日時に誤差があるのかないのかが知りたいの」


「つまりまなみんは、この未来予測の正確性が知りたいってことかな?」


「平たく言えば、そうね」


「じゃ『過去の世界』も見てみようか」


 雅也に言われ、霞が「過去の世界」を再生する。


 真奈美の予想通り「過去の世界」も歴史年表だった。「成功」という言葉が並んでいる。


「大学の宣伝みたいね。自分たちがどれだけ社会に貢献しているか、っていう」


 無機質な画面を見ながら真奈美が感想を口に出した。


「言っていることは未来と一緒よね。まあ大学の過去の文献ぶんけんはいつでも調べられるけど」


「あれ? ここに年間予定の『研究目標達成率』ってのがあるよ」


「どれどれ?」


 雅也の指に従って真奈美がのぞき込む。


「2056年は99.2%、99%の大台に乗せたって」


 そう言いながら霞がその部分を拡大して二人に見せた。


「え、じゃあその前の年は?」


「えーっと……98.8%、その前は98.1%だから年々精度が高まってきてるみたい」


「じゃあさ、もう一度未来のものに戻って、直近の予定を見てみましょうよ」


「そうだね」


 二人に言われ、霞は再び「未来の世界」を再生した。


「直近のデータだと来週の『理論4567289401』だな」


「今、大学の人工知能が演算中のものね」


 答えながら霞がその『理論4567289401』を開く。


「ここで見る限り、ほぼスケジュール通りね」


 演算終了までの予定時間を確認した真奈美がつぶやいた。


「日程が若干ずれる程度で、基本的にここにあげられた仮説はすべて立証されているみたい」


 過去の結果をスクロールさせながら霞が確認する。


「ってことは、これってある意味、おじいちゃんが言ってたタイムマシンじゃないの?」


「いや、そこまでは断言できないよ。ただ、玲たちと共有しないと」


 雅也は後ろを振り向いた。



 ◆◇◆



「なるほど。ノバスコシアのシステム側の研究状況は、公表されているってわけか」


 六人の円卓会議で雅也と真奈美が状況を一通り説明すると、玲がうなずいた。


大学うちの研究員って、これの存在みんな知ってるのか?」


 良助が霞にたずねる。


「知ってると思う。頻繁ひんぱん閲覧えつらんされてるもの。内容も四半期ごとにアップデートされてるし」


「ってことはだぞ、逆に言えば、オレらはこのリストに載っていない研究を進めないといけないってことか?」


「……タイムマシンは?」


 良助の疑問に涼音が顔を上げて言った。


「リアルなタイムマシン研究は見当たらなかった」


 雅也が首を振ると、涼音は安堵とも不満ともつかないため息をついた。


「だよな。でなければオレたちがここにいる意味がねーしな」


「ただ、僕らが知らないこと、まだほかにもいろいろと有りそうなんだ。先にそのあたりを洗ってからでないと、何をするにしても二度手間になりそう。まなみん、そのあたりを博士に聞いておいてくれない?」


「オッケー!」


「もう一つ確認したいことがある」

 玲が目を見開いた。


「なぁに?」


 真奈美が端末にメモを取りながら聞く。


「研究機関って、大学うちだけか? ほかにないのか?」


「えーっと、どうだろ」


 答えにつまる真奈美の横から霞が長い髪をかき上げながら口をはさんだ。


「大学病院とかは? 今は主に脳科学の研究に特化しているらしいわよ。あとスカンディナビアね。組織自体が研究機関のようなものらしいし。人はほとんどいないみたいだけど。仮想世界はシステムが自動化されていて、人間は関与していないみたい」


「確かにそうね。スカンディナビアはおじいちゃんが知ってると思うわ。帰って聞いてみる」


「頼む」


 そのまま玲が時計に目をやると定時になっていた。


「おっと、もうこんな時間か」


 そう言って良助が霞と席を立った。



 ◆◇◆



「いやー、疲れたぜ」

「わたしも」


 帰りのタクシーの中で、良助と霞がため息交じりに言った。


「こっちは完全に玲と涼音の世界だ。オレの出る幕なんか全然ねーよ」


「わたしも」


「え? かすみんかなりしゃべってたじゃねーか」


「大したこと言ってないわ。ほぼ雅也くんとまなみんの世界よ」


「マジかよ」


「だけど……少しやる気になってきた」


「かすみんがそんなこと言うの、珍しいな。受験の時は嫌そうだったけど」


「そうね。だけど、自分の居場所というか、こんな高橋霞の在り方っていいかもな、って思ったの」


「へぇ、そうか」

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