第8話 学歴女子の戦いが終わって

〈22〉違和感

「なんていうか、すげー奴らだったな」


 真奈美の自宅からの帰り、タクシーの中で良助が言った。


「……そうね」


「あれ、疲れちまった?」


 横に座る霞は少しやつれて見えた。


「あの子たち、本当にいい子・・・なのかなって――」


「どう考えてもオレらより『いい子』な気がするが?」


「そう……あなたの目にはそう映るのね……」


「かすみんはそう思わなかったのか?」


「思うも何も、会話の次元が違いすぎて理解の範疇はんちゅうを超えちゃってるわよ」


「まあ、そうだな」


 良助が軽く相槌を打つ。


「今日一日で10歳くらい老けた気がするわ」


「とりあえず今日はゆっくり休めよ」


「うん……そうする」



 ◆◇◆



「ただいま――」


 玄関先で良助と別れて自宅のドアを開けると、さっそく京子が出迎えた。


「おかえり! 遅かったじゃない! 合格してるわよ!」


「……うん」


「あれ? どうしたのよ」


「甘かった……」


 そうつぶやいて椅子に座ると、今日あった出来事を京子に簡単に話す。


「そうなんだ」


「絶望感、半端ない」


 暗い顔で落ち込んだまま、テーブルにつっぷした。


「ちなみに、その中で『来訪者』っぽい子って、いたの?」


「なんていうか、むしろみんな『来訪者』であってほしいくらいだよ」


「なんじゃそりゃ!」


「わたしは勉強とか向いてないんだなって、心底思った」


「なんで?」


「全員の中でわたし一人だけが浮いている感じなんだもの」


「だけどその中ではビリじゃなかったんでしょ?」


 京子の言葉に霞は顔を少し上げた。


「だってわたし、みんなより年上だよ? まなみんだって博士の孫娘とはいえ、テストの点とかじゃ計れない力の差を見せつけてくれるし、涼音ちゃんに至ってはもう異次元すぎて――」


「私から見たらあんただって、すごすぎて比較されたくないくらいだわよ」


「あーあ、早く二次試験終わらせて、元の任務に戻りたいよー」


 再びテーブルにつっぷす。


「ところで、他の二人の男の子の感想は?」


「うん、玲くんのほうは、冷静で分析力がすごい子だなって思った。雅也くんのほうは、ちょっと子供っぽくて善人づらして、わたしとしては苦手なタイプ。あと二人とも超素直」


「善人づらって……本当に善人なのかもしれないじゃない?」


「まあ、先入観はあるかもね。ロボットとか作ってたみたいだし。いずれにせよ、二人とも人間かどうか? と言われれば、普通の人間には見えるね」


「そっかそっか。で、涼音ちゃんのほうは?」


「最初はとらえどころがなくて、苦手なタイプだと思ったんだけど、意外に主張がはっきりしてるから、わたしは好きだな。というか女の子相手は気楽でいいよね」


「なんだか今日はいつもの霞っぽくないね。涼音ちゃんって、フードデリバリーを自作してたんでしょ?」


「そうなんだけど、あの子だったら違和感ないわ」


「どんな違和感よ」


「あれだけ異常だと、逆にそっちのほうが納得できるっていう」


「深いわね……。じゃあ彼らは将来、素晴らしい研究者になれそう?」


「さあ、どうだか……でも少なくとも男の子は、わたしにとっては恋愛対象じゃないわね」


「まだ何も言ってませんけど?」


「どうせ聞くでしょ? いや、最近思うわけよ、わたしと良助、血がつながってなかったらよかったのに、って」


 独り言のようにつぶやきつつ、指でテーブルの上を繰り返しなぞる。


「あんた最近かなり変わったわね。じゃあほかの女の子と良助くんがくっついたら、嫉妬とかするの?」


 そう京子に言われたとたん、霞はガバっと顔をあげた。


「そんな! しないよ……たぶん。というか、それすらイメージがわかないし」


 自信なさげに答えつつ、京子から顔をそむける。


「そっか」


「あ、でもまなみんはわたしと相性良さそうな感じだった。最初はめんどくさい子だと思ったんだけど、良助に似てるというか、わかりやすいというか、憎めないというか。かわいいし」


「もともとは男の子二人とその真奈美ちゃんの三人のグループだったのよね?」


「うん。そのうち聞くつもりだけど、わたしが熱出した日がきっとあの子たちの初対面の日なんだと思う」


「じゃあその真奈美ちゃんは、その男の子二人がほかの女の子に取られるんじゃないかって、気が立ってたとか?」


「それは……あるかもね。けど最終的には仲良くなれたよ。いいのか悪いのかわからないけど」


「これからは運命共同体だもんね」


「うん。わたしは早く抜けたいけどね」


「でも不合格は嫌でしょ?」


「そりゃそうだよ。わたしだって言い出しっぺだし、足は引っ張りたくないというか、むしろ――」


「むしろ?」


「むしろ、わたしがどれだけ足引っ張ったって、あの子たちが不合格になるイメージがわかないわ……」


「どんだけよ。実際のところ、霞の考えでは彼らは白なの? 黒なの?」


「いやー、全然わかんないよ。だってそもそも『来訪者』ってのがなんなのかわかってないし、よくよく考えたら人間にまぎれるならいかにも宇宙人、って行動とらないと思うし、まだ何も判断できないよ」


「それもそうね。あ、そろそろフードデリバリーが来る時間だから、晩御飯にしましょうか。聡さん呼んできて」


「わかった」



 ◆◇◆



 家族三人での夕食中、聡に今日の出来事についてあらためて話した。


「ふーん。そうか」

「聡さん、どう思う?」


「そうだな。俺が気になるのは、大杉玲くんだな」


「なんで?」


 聡の意外な答えに霞が目を向ける。


「霞の評だと、彼は冷静で分析力がすごいんだろ?」


「うん」


「でも公園で見た時に、ナイフを自分の指に突き刺した」


「うん、そう」


「その理由がよくわからない。冷静に血を流すって、なんだ?」


「確かに……調査が必要かも。気づかなかった」


「なるほどね」


 京子もうなずく。


「今日、誰かに暗示をかけられたり、とかはなかったんだよね?」


「それはなかったな。良助は予想通りで、めちゃくちゃやる気になってたけど」


「それじゃ今後も良助くんに頼るしかなさそうね」


「まあ、そうだね……ごちそうさま」

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