第19話 理想の男性像

(55)疑惑と推理

 霞が帰って来たところで真奈美と涼音が遅い昼食の準備を始めた。


「昨日の残りものでごめんね、みんな」


 そう言って温めたカレーをテーブルに並べる。


「いや、すげーうまい、オレこんなの食ったことねー!」


 良助が真奈美をべた褒めした。霞と涼音は微妙な表情。


 会話が途切れたところで雅也が食べながら話し始めた。


「実はソフト解析の続きなんだけど、まだ他に何かが隠されてることはわかってるんだけど、それが何なのかがわからないんだ。涼音ちゃんと相談しながら進めてるんだけど……」


「リアルホロに関すること、じゃねーのか?」


 カレーをほおばりながら良助が聞く。


「プログラムの構造上、違うと思う。物理的なインターフェイスは固定だし、そこから参照されていないから。たぶん僕らのわからない何かがまだあるはずなんだ。博士が消えた理由につながる何か。だから、他の手掛かりがほしい」


「そうか。でもなんだろーな?」


「じゃあ敵の意図を考えてみましょうよ。玲はどう見ているの?」


 霞が話を振った。


「そうだな。黒幕がどんな奴かはわからんが、博士とは『緊密な関係ではなかった』はずだ。接点が見えない」


「だとしたら、敵はやはり大学病院?」


 スプーンを口につっこんだまま真奈美がたずねる。


「その可能性が高いだろうな。もちろん病院組織すべてではなく、ごく一部なのかもしれない。スカンディナビアとの極秘提携が公になればまずい、ということを自覚している研究者がアシュレイの目につかないところでうまくやろうとしているんじゃないか?」


「ただ、地震の件はどう見る?」

 良助が疑問を口にした。


「そこが謎なんだ。地震警報が出されず被害が拡大すれば、病院に大量の怪我人が送り込まれる。そうなれば緊急避難的に多くの制限が解除される、というのは考えすぎかもしれんが、多くのサンプルがほしかったのかもしれない。どさくさにまぎれて何かの証拠隠滅いんめつをはかろうとしたのかもしれない」


「警察やアシュレイの目をそらすための計画的犯行だったってことかしら?」


 カレーに生クリームをまぜながら霞が具体的に言った。


「さあな。ただに落ちないのは大学病院という組織の立場に立って考えてみると、地震の被害が拡大することはメリットよりもデメリットの方が大きいことだ。そもそも大学病院がなぜ地震を予測できていたのか? 地学会とのつながりがあるのか? そこもわからない」


「ちょっと待って! 相手がおじいちゃんの予知した内容を前もって知っていた可能性は? あの映像やそこに至る経緯けいいを元々知っていたとしたら? そして地震の被害を拡大させることが彼らの目的だったとしたら? 私たちが狙われた理由もそこにあるかもよ?」


「オレらは超能力者の争いに巻き込まれていたのかよ! だがソフトが存在するってことは、博士以外に博士と同等の存在がいる可能性もあるってことか?」


「まだまだわからないことだらけだ」

 雅也がつぶやいた。


「デックを連れてった件の女も気になるわよね」


「博士がどこと接点を持っていたのか、一度整理した方がいいな」


 玲がそう言った時、全員の端末にメッセージが入る。余震警報だった。


「二階に上がるぞ」



 ◆◇◆



「前から気になっていたんだけど、大学と大学病院って、どの程度の接点があるのかな?」


 博士の部屋に上がったところで、雅也が真奈美にたずねた。


「おじいちゃんからは『大学病院』って言っても、ほとんど別組織だって聞いてる。医学的分野の研究って、寿命や脳に関わること以外ほぼ解明されているし、過去に多くの研究が医学と切り離されて自然科学側に持っていかれちゃったから、大学とはむしろ対立気味で、臨床の権限だけで生き残っているって噂だけど」


「言われてみれば確かに、敷地のわりに研究員も少なそうだったし、人がいなくても回ってる感じだった」


「じゃあ、今の病院の研究者の論文を見ていけば、手掛かりが見つかるかもな?」


 思いついたように良助が言った。玲もそれにうなずく。


「みんなで手分けして探すか。おっとそろそろ余震の時間だ」


 ――ぐらぐら……ぐらぐら……

 ――ぐらぐら……ぐらぐら……


「今回も小さかったが、この感覚、好きになれねーな」


「もう一度この家の破損状況を点検するぞ」


 玲の言葉の元、みんなで一階に下りたとき、


「……あっ! メディアカードが……ない!」


 涼音が叫んだ。


「「「えっ?」」」

 みんなに緊張が走る。


「あ、わたしが預かってるわよ。ここに置いていたら危ないかなって思って。はい」


 そう言って霞が涼音にメディアカードを手渡した。玲がほっとして霞を見る。


 霞はにこっと笑みを返した。

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