第10話 研究員の白衣
(28)様々なアプローチ
「かすみんもデックも合格だって!」
翌日の応接間、霞に連絡した真奈美がみんなに言った。
「よ、よし!」
めずらしく玲がガッツポーズを見せた。
「よかったね、涼音ちゃん」
ほっとした雅也の言葉に、涼音もにこにこしている。
「二人ともすぐにこっち来るって。お料理出すね!」
◆◇◆
「ちわーす! やったな!」
「涼音、おめでとう!」
真奈美が応接間のドアを開けると、満面の笑みの二人が入って来た。
涼音が霞に飛びつく。
「これで『ぎりぎりガールズ』も存続決定だね」
「お前らは常に崖っぷちなのか!」
真奈美に突っ込む玲も、それなりの笑顔だった。
「そうよ~緊張感ないと人生つまんないじゃない。じゃあ始めましょうか!」
テーブルに六人がそろい、ジュースで乾杯。
「だけど本当によかった。これでみんなと研究できるよ~」
「お前ひとりだけ落ちてたらもうここに来れねーなって、そればっか心配してたぜ」
良助が真奈美を茶化す。
「マジでそうなったらどうしようって、昨日寝れなかったのよー。ごめんね、今日は手抜きでフードデリバリーに頼っちゃった」
真奈美の本音と同時に、博士が応接間に入ってきた。
「みなさん、おめでとうございます。プレゼントです」
「えっ、なになに?」
何も知らされていなかった真奈美が驚く。
博士は玲と雅也に大きめの紙袋を手渡した。
「おっ!」
「白衣ですか?」
「そう。研究員になったら着ると思うから、作ってみました」
そう言いながら博士が良助、霞、涼音にも紙袋を配る。
「えっ? オレのも?」
「どうせならみんな一緒がいいでしょ?」
「わー、ありがとうございます!」
「……ありがとう」
さっそく試着する五人。
「みんなで着て写真撮ろっか?」
雅也の着こなしを手伝いながら真奈美が言った。
「お前写真好きだよな」
白衣のポケットに手を入れたまま玲がソファに座る。
「いいじゃん、記念だよ、記念」
「じゃあまなみんのも出してきたら?」
「そうね」
雅也に言われ、真奈美が自分の白衣を取りに行った。
ふと雅也が振り返ると、涼音の白衣が背丈に合っているのが目にとまる。
「あの、博士」
「なにかな?」
「まなみんには新しい白衣、ないんですか?」
「真奈美に?」
「はい。まなみんがいつも着ているのって――」
「いいのよ。あたしはこれでいいの」
戻ってきた真奈美が雅也の言葉をさえぎった。
「なんで?」
「これはあたしの目標だから」
そう言いながら自分の白衣を羽織る。相変わらずダボダボで、腕をまくっていた。
「目標?」
「お父さん。生物学者だったの」
「あ、まなみんのお父さんの形見なんだ」
「うん。じゃあみんなで撮ろうか。おじいちゃん、お願いね!」
――パシャ
◆◇◆
それから小学校の卒業式、大学の入学式、健康診断、博士との研究室の面接と進み、「木村敦研究室」に配属される日がきた。
ところが……。
白衣に袖を通した6人が大学の研究室に到着すると、誰もいなかった。窓のない白壁に囲まれた8m四方の空間には両端にそれぞれ3台のコンピューターの乗った机が置かれ、真ん中には白い円卓。入口側のカベには黒いソファがあるが、どう考えても6人分の部屋にしか見えない。
「どういうことだ?」
「いきなり休み? っていうか博士の席は?」
玲と雅也の疑問の目が真奈美に向く。
「ごめん、言ってなかった。この研究室って、あたしたち以外誰もいないんだって。だから好きにしなさいって言われたの」
「なんだそれ?」
「っていうか博士は? 来ないの?」
「おじいちゃん、出不精だから。君たちで勝手にやりなさい、だってさ」
「マジかよ」
良助が頭をかく。
それまで研究室を眺めていた霞が真奈美にたずねた。
「実験室とかはどう使うのかしら?」
「えっとね、各自が専門のパスカードを持ってるじゃない? それで必要な実験室とか独自理論を検証するための演算室とかを予約して押さえて使ってください、だって」
「あ、これね。だけどこれって端末と同期できないの?」
雅也がポケットから取り出したパスカードを確認しながら言った。
「ここって試験の時とか、通信が外部から切断されることがあるじゃない? そんな時に使えなかったら不便でしょ。意外なところでアナログなのよ」
「じゃあ化学関係の実験室を使うときはオレのパスがいるってことか?」
良助も自分のカードを取り出す。
「そういうこと。あと演算室はほぼ毎日誰かが使ってるから、早めに予約してくださいってさ」
「演算室? よくわからんが、過去の文献とかはこのコンピューターで検索できるんだよな? なんかレトロな作りだが」
「そう。人数分あるから各自のパスワード設定しておきなさいって。あと、大学って閉鎖的なところだから、ほかの研究室とかあんまりあてにしないほうがいいよ、だってさ」
「わかった。とりあえず今日はここでミーティングだな」
玲が顔をあげた。
「オッケー!」
雅也が部屋の中央にある円卓に陣取る。
ほかの五人も白いタイルの上を椅子を転がしてきて、円卓を囲んで座った。
◆◇◆
「やり方はそれぞれあると思うが、最終目標がタイムマシン、ということで進めたいと思うがいいか?」
さっそく玲が切り出した。
「質問」
雅也が手を上げる。
「なんだ?」
「最終的にタイムマシンってことに異論はないんだけど、そこに
「もちろんだ。そもそも最初からそこまで行けなくてもいいさ。それぞれの異なる得意分野での研究が互いに影響を与えて、新しい発見をもたらす、というのが共同研究室の狙いなわけで、それこそが人工知能には難しい発想につながると思っている」
「確かにな。縦割りだったら人工知能の成長スピードには到底かなわねーしな」
そう言ったものの、良助は『自分なりのアプローチ』がイメージできていないのか、渋い顔をしている。
「研究の切り口が見い出せないときはどうするの?」
霞が玲に聞いた。
「他人の研究を手伝えばいいさ。その中で見えてくるものもあるだろうし」
「それもそうね」
「忙しい時はみんなで相談して、優先順位を決めてやっていこう」
涼音がこくっとうなずいた。
「雅也はどうするつもりだ?」
玲が表情を見て話を振った。
「僕? アシュレイにアプローチしていこうと思う」
「アシュレイ? タイムマシンとどんな関係があるの?」
霞が
「アシュレイのデータベースってさ、人口知能としては過去30年以上のデータを持っているわけだよね? 『失われた30年』と言ってもそれはあくまで人間が何もしなかっただけで、その間の変遷はアシュレイの記録をたどってみないとわからないし、それがわからなければ今の時代がどこに向かっているのかもわからないんじゃないかなって」
話を聞きながら無言で雅也を見つめる玲。
「本音を言うと、僕はアシュレイを疑ってる。エラーとか設定とかの問題じゃなく、アシュレイは意図的に今の状況を作り出したんじゃないかって。だからそういった歴史の流れから推測していきたいと考えてるんだ。タイムマシンにはほど遠いけど」
玲は少し考えていたが、ほかのメンバーを眺めて続けた。
「涼音は?」
「……量子」
「了解。俺は最新理論との整合性の検証からとりかかる。まなみんは?」
「進化系理論、なんだけど、雅也の話聞いたらそっちのほうが優先な気がするからとりあえずそっち手伝うわ」
「わかった。デックは?」
「オレは涼音とお前を手伝う。化学的な見地必要そうだし」
「わたしは未来予測、ということで雅也くんのサポートでいいわ」
そう言って霞が雅也の方を向いた。
「おっ、3対3だな。じゃあオレたちの席がこっちってことでいいか?」
良助がドアに近い側の机を指し示す。
「あれ? あたしたちに気を使ってくれんの?」
「別に。便利な方がいいかと思っただけだ」
真奈美に向かって良助が笑った。
「ではさっそく始めるぞ」
そう言うと玲は椅子から立ち上がった。
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