第7話 学歴女子の戦いが、始まる

(19)こんなやついるよねー

 二台目のタクシーが博士の家の前に到着すると、青ざめた真奈美がよろよろと出てきた。


「うう……」


「真奈美ちゃん! いったいどうしたの?」


 前のタクシーを先に降りていた霞がびっくりして駆け寄ってきた。


「酔っちゃったみたいです、二人・・とも」

「二人って?」


 霞が雅也にそう言いかけた時、タクシーからフラフラと玲が出てきた。昼に食べたゆで卵とオレンジジュースに胃がやられたらしい。


「ここよ……どうぞ……お上がり……ううっ」


 玄関までたどり着いた真奈美が頑張って声を出したが、限界のようだ。


 雅也に支えられてなんとか家の中に入る。


「ご……ごめん、雅也……うっ!」


 口を押えながらトイレに駆け込む真奈美。


「雅也くん、どうしたの? 真奈美に何かあった?」


 入れ替わるように奥から博士が出てきた。


「おそらく今日の試験での極度の緊張から解放されたせいだと思います」


(いや雅也、いろいろと違うと思うぞ)

 と玲は思ったが、自分も声を出せる状況ではなかった。


「そうですか。で、こちらのみなさんは?」


「今日の試験会場で会った方たちで、まなみんが一緒に二次試験対策をしようと招待しまして」


 そう言って玄関前に並ぶ三人を博士に紹介する。


「初めまして、高橋霞と申します」

「篠原良助っす」

「大岡涼音……です」


「おお、みなさんお若いのに。ささ、どうぞ、お上がりください」


 博士にうながされ、三人とも家に上がった。


「失礼しまーす」


 その霞の小さな声は、トイレからの


 ――ウウウウーッツ‼ (ドバババーッ)


 という大きな音にかき消された。



 ◆◇◆



「今日はすみません、突然お邪魔しまして」


 応接間で真奈美以外の全員がソファに座ると、霞が博士に頭を下げた。


「いやいや、真奈美も喜んでおりますでしょうし、是非使ってください」


「まなみんから聞いたんだけど、マジで木村敦博士っすか?」


 そんな言葉遣いだったが、良助は博士に羨望の眼差しを向けていた。


「真奈美が言ってましたか。今はただの爺ですが」


 ――ガチャ


 ドアが開いて、涙目の真奈美が入ってきた。


「みんなごめんね。お茶いれるね」


「僕も手伝うよ」

「あ、ありがとう」


 ソファから雅也が立ち上がり、真奈美とともにキッチンに向かう。


「あ、そうだ。みなさん、少々お待ちを」


 そう言って博士も部屋を出て行く。


 応接間に四人が残される中、霞が切り出した。


「玲くん、こちらには何度かお邪魔しているの?」


「ああ、雅也と一緒にほぼ毎日来ている」


「お前ら、本当に仲いーんだな」


 良助の言葉に涼音が少しうつむく中、玲は言葉を選びながら答えた。


「雅也が心理学をやりたい、って言い出したのは、博士の影響だ。今回の受験も博士に勧められた。その分まなみんには振り回され――」


 ――ガッシャーン!


『あっちーっ‼』


『ごめんなさーいっ‼』


 キッチンから雅也と真奈美の絶叫が聞こえた。


「……まあ、大体いつもこんな感じだ」


「そ、そうなのか」



 ◆◇◆



 ――ガチャ


 博士が何枚かの紙を持って応接間に入ってきた。


「勝手にやって恐縮ですが、試験結果が出てました。みんな合格してるけど、点数確認しますか?」


「はい! ありがとうございます!」


 霞が博士から結果を受け取り、まじまじと見る。そして、


「あー、本当に受かってる。よかった」

 そう言って天を仰ぎ、ひと息ついた。


「オレもだ」

「…………」


 玲は自分の結果もそこそこに、横目でちらっと涼音の採点結果をのぞき見る。


(こ、こいつ!)


 玲の視線に気づいた涼音が用紙をさっと伏せて隠した。


 気まずくなった玲も顔をそむける。


 そこに、お茶をお盆に乗せた真奈美と雅也が入ってきた。


「おまたせー。あ、結果出たの? はやーい!」


「お、おい! 気をつけろ」


 一瞬気を取られ、手にしたお盆の角がテーブルに突っ込みそうになった真奈美に、玲があわてた。


「わかってるって。失礼しまーす」


 態勢を戻してお盆を置くと、真奈美は慣れた手つきでお茶を配っていく。


「オレらみんな受かってるってさ! これで今日から二次試験対策いけるぜ!」


 良助が笑顔で言った。


「えっ! あんた受かってたの?」

「当たり前だろ? これ見てみろ」


【篠原良助:専門科目(化学) 80点 数学 80点 社会学 80点】


「あれ? あんた、社会学80点もあんの? ひょっとして常識人?」


「本当にしつれーな奴だな。お前はどうだったんだよ?」


「あたし? えーと……」


【木村真奈美:専門科目(生物) 100点 数学 40点 社会学 50点】


「……合計190点でも受かるもんなのか?」


「毎年およそ6割強取れば合格できるようになっていますから。ですが、結構ぎりぎりでしたね」


 胸をなでおろしながら博士が良助に言った。


「あれ? ひょっとして、あたしがこの中で一番バカ?」


「……いや、そうじゃないとは思うけど」


 一瞬間を置いて答えた雅也を真奈美がにらむ。


「ちょっと雅也、見せなさいよ」

「あっ!」


 真奈美が雅也の成績表をひったくってのぞいた。


【田中雅也:専門科目(物理) 100点 数学 100点 社会学 90点】


「…………玲は?」

「いや、ちょっと待、あっ!」


【大杉玲:専門科目(物理) 100点 数学 100点 社会学 100点】


「死ね‼ おまえら! 死んでしまえ‼」


「ちょ、落ち着け!」


 二人の首を絞める真奈美を隣に座る良助がおさえようとした時、


「いやー、久しぶりに絶望したわ」


「えっ? 霞……さん?」


 荒ぶっていた真奈美が振り向くと、霞は成績表を開いた。


【高橋霞:専門科目(地理地学) 80点 数学 60点 社会学 60点】


「あれ? デックとあたしの間くらい? 意外なんだけど」


「だからこの子、天才なのよ。そこのお二人にはかなわないかもしれないけどね」


 霞が消え入るような声で言う。真奈美は思わず口に出した。


「じゃ、じゃあ、涼音ちゃんは……いいや。っていうか見せないで」


「……はい」


「って、ちょっと待ってー‼」


【大岡涼音:専門科目(物理) 100点 数学 100点 社会学 0点】


「涼音ちゃんって」

「理系一点豪華主義なんだな」


 霞と良助の言葉に涼音は再びうつむいた。

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