第27話初詣と謎解き
そうこうしているうちにいつのまにやら年の瀬となった。実家に帰る気にもなれず一人寂しく家でそばをすすっているとピーンという音が部屋中に響く。ポーンが続かないことで美園さんと分かった。
「どうしたんですか、みすおのさん」ドアを開けて言う。
「あらら嫌われちゃってるわ。八幡君の部屋に明かりがついてるのが見えてね。暇なら今から初詣にでも行かないかしら」
「生憎一人でそばを食うのに忙しいんで、他を当たってください」
「
なんとも効果的な甘言だ。美園さんと行くことは気が進まなかったけれど行かないという選択肢もなかった。未だにぺんぎんへの思いは変わっていない。
にべもなく上着を羽織り、外に出た。
美園さんと共に駐輪場へ向かう。溢れんばかりに自転車が押し込まれた駐輪場から自分の自転車を力任せに取り出す。美園さんはと見るとジャラジャラと十数個はあるだろう鍵の束をポケットから取り出した。
「なんですか、それは」
「あれ言ってなかった、私サークル掛け持ちしてるのよ」
「まるで答えになってないんですが」
「サークル名はママチャリスピードスター。ママチャリでどれだけスピードを出せるか競うサークルなの」
そう言って美園さんは一台のママチャリを器用に取り出した。
「もしかしてこのママチャリ全部美園さんのですか」
「恥ずかしながら」そう言って少し照れた表情を見せた。
「ここは照れる所じゃなくて申し訳なさそうにする所ですよ。僕が毎朝どれだけ苦労していたか」
ごめんごめんと謝る美園さんを後に僕は一人自転車を漕ぎ出した。
「ちょっと待ってよ。それは悪かったって」後ろからの声に反応もしない。
美園さんと共にやって来たのは以前サークルメンバーで訪れた神社だった。初詣の参拝者なのか境内には意外にも多くの人がいた。どうやら神社へ来る途中に年が明けてしまったらしい。
「本当にここがぺんぎんの祀られている神社なんですか」
「疑り深い子だこと。ほらこっちきて」そう言って美園さんに手を捕まれて引っ張られる。
「おいおい、娘はやらんぞ」
突然声をかけられた。顔を向けると見知った人がいた。
「祭りの時のおじさん」「お父さん」
僕と美園さんが同時に声を上げる。はっとして美園さんの方を見る。
「仲睦まじく手なんか繋ぐんじゃない」おっさんは僕らの繋いだ手をチョップして切った。
「ちょっと何するの」
「まだそういうのは早い」
「私はもう成人してるのよ。いつまでも子供扱いしないで」
「いくら年を取ろうが永遠に俺の子供だ」
「もしもしちょっといいですか」親子の会話に割って入るのは気が引けたけれど質問せずにはいられない。
「祭り時に僕と会いましたよね」
「もちろんだとも八幡君」僕の名前を言い当て微笑むおっさんに若干ながら腰が引ける。
「引いてるじゃない。ほらどっか行って」
「いいじゃないか、男同士話が必要な時もある。なあ八幡君」
勢いに押され同意をしてしまう。
「ほら見てみろ。どっかに行くのはどっちかな」
美園さんは父親と僕をそれぞれ睨み甘酒の置かれたテントの方へ歩いて行った。
「さて八幡君。君には色々質問したいことがあるんじゃないか」
少し話をしようと群衆から離れた所へ僕を誘う。
「まずは何から説明すべきか悩ましいな。君から質問してくれると助かるのだけれど、龍の件とか神の件とかね」
その言葉を聞いてやっぱりこの人も知っているのかと確証を持てた。
「ならお言葉に甘えて。あなたたちは何者なんですか」
「あなた達というのは私と娘のことかそれともあの祭りの晩にいた者たちのことかな」そう飄々と述べる。
「両方です」
「ならまずは私について説明しようか。私は君の先輩に当たる、地域文化研究会のOBと言えば分かりやすいかな」
ほうほうと鳩のように返す。
「もう少し踏み込んで言うとだね、私も龍や神の封印も行った一人ということだ」どうだと言わんばかりに僕をのぞき込む。
必死に想像力を働かせる。このサークルは一体何なんだ。
「相当驚いているようで、嬉しいよ。いいかい君も行ったことある伝説の池というのは実は龍の休息地の一つなんだ。七年に一度、龍は寝床を変える。その途中で休息する場所こそ幻の池と呼ばれるあそこだ。あれほどの雨雲を操る龍だ、休息するだけで大きな池が誕生するというわけだ。龍は休息を終え力が溜まるといよいよ次の寝床へと移動を始める。それを誘導するのが我々地域文化研究会と神さんの役目なんだ。ここまでは大丈夫かい」
「なんとか理解しています」
「なら続きを話そう。大きな力を持つ者は存在するだけで周囲に影響を及ぼす。君も直に体験したはずだ」
ぺんぎんのことを思い出し、社の方へ目を向ける。
「龍が休息するだけであの場所の力が飛躍的に向上してしまう。高まった力を有効に利用するために幻の池で次の鎮め役が決められる。ちなみに鎮め役というのは龍や神さんを鎮める役目を負った人のことだ。本来ならあそこで神の使者から周囲の力を吸収したしおひる玉とそれの使い方の説明があるのだけれど今回は邪魔が入ってそれができなかったらしい。使者から役目を授かった鎮め役は今度は祭りに参加して神と出会うことになる。君も祭りの夜に見た降臨の儀式がまさにそれさ。あれは降臨の儀式ではなく口に聖水を含んでいなかった者こそが次の鎮め役だと神さんにお知らせして取りつかせる儀式なんだ。ここでようやく私と共に儀式を行っていた者たちのことを説明できる。あれも地域文化研究会のOB達さ。君もきっと将来あそこにいるはずだぞ」
ノストラダムスよりも恐ろしい予言である。
「あとは君の体験とだいたい一緒さ。まあ私の場合は君ほど切羽詰まってはいなかったがね」ガハハと豪快に笑う。
あと何か説明することがあったかなと周囲を見渡し、甘酒を何杯も煽る娘を見つける。
「そうそう、娘がなぜ龍や神について知っているのかだ。それについては私の口が軽すぎただけだ」
申し訳ない、頭を下げる彼を止める。
「言い訳するわけではないが、父親というのは娘に尊敬されるため、話すべきでないと分かっていても自分の武勇伝を語ってしまうものなんだ」
「別に怒っていませんから頭を上げてください。お父さんは悪いことをしたわけではないんですから」
面を上げた彼の表情は苦々しいものだ。
「君にお父さんと呼ばれる筋合いはない」
先ほどの飄々とした態度とは一変し、唐突に頑固親父に豹変する。
「いや僕はそういう意味で言ったわけではなくてですね」
あたふたと取り繕う僕を見て彼はガハハと笑う。冗談と理解するまでに数秒要した。真に迫る演技である。
「とにかく今回の一件の全貌は理解できました」笑い続けるおっさんを無視して話を続ける。
「最後にもう一つだけ質問があるのですが、なぜあなた達はこんなことを続けているんですが。一度役目を終えたのならもうこんな面倒なことに首を突っ込む必要はないじゃないですか」
そう問うと彼はニヤリと笑む。真面目に聞いているのになぜ笑うのだろうか。
「いやいや、申し訳ない。まさか私が学生の頃にした質問と全く同じ質問がされる日がくるとは思いもしなくてな。それならば私の返答は決まっている『馬鹿馬鹿しく面白いことを楽しむのに年齢は関係ない。楽しいものは楽しいのだ』とね」
その返しに妙に納得してしまう自分がいた。もしかしたらと想像する。七年後、僕はきっと儀式に参加しているだろう。
そうこうしていると美園さんが甘酒を両手に持ってやって来た。
「話は済んだ」
「もう全部話したよ」父親は手を出して答える。
「そう」それから僕の方へ向き直り甘酒を手渡してくれる。ありがたく頂くと冷え切った体が心から温まった。父の手は空を切る。
「もう一個は私の分かな」
「そんなわけないでしょう。これは私の分よ」
「この親不孝ものめ」そう言って泣いたふりをしながら彼は去っていく。
「八幡君、娘はやらんからな」去り際に僕の耳元で囁いた声は先ほどの声とは違い温まった体を芯から冷やすほど凍える声だ。
「さて行きましょうか」そう言って甘酒を持っていない手を引かれる。
振り向くと僕らを凝視する父が見える。目を合わせないように顔を戻した。
手を引かれ案内された場所は立て看板の前だった。
ほら見てと美園さんに促され立て看板に記された文章を追う。それによると確かにこの神社の祀る神は
その後僕らは揃って神社にお参りをした。またいつか会えますようにと心から願いながら。
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