デザイナーが泣いてる

日曜日、午前九時。ホームへ入ってきた渋谷へと向かう急行電車は、やはり座れないようだ。扉が開いて少しそのまま立っていて、誰も降車しないことを確かめてから、足を踏み入れた。

そんな僕の後から走り込んできた誰かの何かが、背中に触れる。え?と振り返って見ても、その誰かは我れ関せず、僕の肩をかすめて無造作に通り抜け電車の奥、そのまま連結部分まで進んで止まる。ふちが大きなベージュの帽子を目深にかぶり、大きなマスク、表情は一切見えない。つり革につかまる手の甲は白く、肌の張りを見るとまだ若い女だ。


ルイ・ヴィトンのように見える四角いバッグは、恥ずかしいほど口を開け、本来の形がわからなくなるほど物が押し込まれている。ルイ・ヴィトン氏がこの光景を見たら、自分が人生とプライドをかけて培って、守ってきたことは何だったんだろうと泣き崩れるだろう。中にある大きな財布はジッパーは開けっ放しで、中からレシート類の紙切れがはみ出しているし、カードが幾つも重なりこれ以上は広がらない限界まで膨らんでいる。コンビニエンスストアの袋に入れたままのドリンク、底の方へ乱雑に突っ込まれた布っきれが頑張って脱走しようとしている。女の足元にグシャっとした音とともにビニール袋が床に落とされた。大小色とりどりのタオル、Tシャツが丸めて詰め込まれている。汚れも見える。


女がポケットの中から携帯電話を出した時、ちょうど次の停車駅。僕の目の前の男性が席を立とうとしている。それを見た女は足でビニール袋の移動を開始した。一応、私の目の前、私の方が高齢なんだけど、そんなことは関係がないようだ。席を立つ男性に触れそうな勢いで身体を寄せる。当然、私の身体の前を通ることになるけれど、そんなことには気遣いはない。席を立つ男性を追い立てるような仕草には人格を疑う。


少々ふくよかな身体、ドカッと音がするのではないかと思うほどに乱雑に座った。隣の人も思わず顔をしかめた。ビニール袋の荷物を両足で挟み込み、恥ずかしい鞄を膝の上に乗せ、蓋をするようにすぐ手帳を広げた。そこのカレンダーには細かい字がたくさん並んでいる。スマートフォンを確認しながら、一生懸命に書き写している。見ると、指は綺麗にネイルが。赤く塗られた上に色とりどりの小さなガラスやスパンコール。右手の薬指には小さな蝶が止まっているが、人差し指には飾りはまったくなくて色すらない。


濃紺のピーコート、白く毛羽立った黒い綿パンツに黒いウール素材風のショートスノーブーツ。人を見た目で判断するなとよく言われる。けれど、観察することは必要であり、見た目は、誰もがご存じのとおり、大切な要素。言葉や態度で人に不快感を与えるのはその後の話。


その鞄に幾ら払ったのか知らないけれど、足元に転がっているビニール袋と大差ない扱いをしたとき、デザイナーの想いはもちろんのこと、それを手に入れたいと願った時や実際に手にした時の自分の、あの躍動する想いさえ否定していることに気がついてほしい。


やはり見た目は大切。

それは人の顔かたちだけではなく、身に着けているものが大切に扱われているかどうか、これも評価の対象なんです。

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