ドールハウス ~あなたを待っています~

黒猫時計

0

 開演を知らせるブザーが鳴り渡る。、

 小さな劇場、そのワインレッドに波打つ緞帳が攫われた。

 明暗の分かたれた空間。暗がりに浮かぶのは小波のような人の群れ。

 一方、壇上を円形に切り取る人工の明かりは、ゆっくりと絞られ主役二人を照らし出す。

 途端、それらは音もなく動き始めた。

 人々の微かな息を呑む音は静謐な空間に溶ける。

 その動作はあまりに滑らかで、あまりにも自然だった。

 その造形は、まるで生きているのかと錯覚させるほどに精巧だ。

 感嘆のため息は、息が詰まるほどの静寂をひときわ際立たせた。

 ――やがて沈黙を破るように、嵐のような喝采の拍手が沸き起こる。

 それは全て、壇上の人物へと送られた。男女の人形を操っていた、若年の人形師に。

 鼓膜に響く大衆の声。

 木霊する音の残響は夢見のように心地いい。

 まるでそれが夢なのだと、夢であることが真実なのだと、初めからなかったことなのだと錯覚するように……。

 充実した達成感と高揚感の中、青年は静かに瞼を下ろす。

 決して何にも埋めることの出来ない心を穿つ大穴に、孤独と、悲壮な決意を宿して――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る