006

 名無しの女がもたらした情報は、有益どころのハナシではなく、まるでジャンゴたちのためにあつらえたかのようだった。

「ジェンマっていうダークエルフがいる。そいつは馬を操る達人で、4頭立てくらい何てこたァない」

「なるほど、ダークエルフの御者か。それならば〈東の森〉に近づくのを嫌がることもあるまい。肝心の御者さえ見つかれば、あとは馬車だけじゃ。それはカネしだいで何とでもなる」

「で、そのジェンマはどこにいやがる?」

「あー、なんかのどが渇いてしゃべりにくいなァ。これじゃア続きを話したくても話せないなァ。ちょっと湿らせればすぐ治りそうなんだけどなァ」

 ジャンゴは舌打ちして、エールを1杯注文した。

 女は酒が届くなりイッキに飲み干した。さらに「おかわり」などと言い出そうものなら、頭からエールをぶっかけてやろうかと思ったが、彼女はすべりがよくなった舌で、「実を言うと、ジェンマは数日前に馬泥棒の罪で捕まって、今はこの街の牢屋に入ってるんだなァこれが」

「オイオイオイ! 馬泥棒は問答無用で縛り首じゃなかったか?」

「“一つ教えてあげましょうか、時がだれにはのんびり歩きをし、だれにはよちよち歩きをし、だれには全力疾走し、だれには完全停止するか。”」

 さっきからこの女は時々、妙な言葉を口ずさむ。古い詩か何かだろうか。追及するとむしろ話が長くなりそうなので、無視するコトにする。

「“全力疾走するのは?”“絞首台に引っ立てられる泥棒です、いくら足をゆっくりはこぼうとしても、あっという間に着いてしまう。”明日の昼には見せしめで公開処刑される予定だってさ」

「そりゃまた何ともクソッタレな話だ……」

「彼の名誉のために言っておくと、まったくの無実だから。乗ってた馬がダークエルフのくせに立派すぎるって、濡れ衣着せられたの。まァ偉大なる勇者様としては? 無実の罪で殺されそうになってる善良な民を? 見捨てるなんてことはしないよねェ?」

 口車に乗るようでシャクだったが、彼女の指摘どおり無実の者を放置するのは、勇者としての沽券にかかわる。ほかに御者のアテもないのだし、彼女に言われるまでもなく助けるしかない。

 しかし、どうもうさん臭い。いくらなんでも都合がよすぎる。

「気にしなくていいって。アタシはアンタのファンなのさ。勇者ジャンゴ。礼はいらない」

 酒をおごらせておいて、どのクチがほざきやがる――ジャンゴは心のなかで毒づいた。

 女はふとひらめいたように、「ああ、それと、もうひとつだけ伝えておくよ。“火を消すには火をもって為せ”」

「なんだそりゃア? 火を消すなら水だろ」

「今は気にしなくていい。そのうちわかる」


「この卑しきダークエルフを! われらの馬を盗んだ罪により! これより縛り首に処するものである!」

 処刑人が高らかに口上を述べる。野次馬たちは早く殺せとはやしたてている。

 街の一角、木の枝に結びつけられた縄、その輪っかに首をかけられ、うしろ手を縛られた状態で馬にまたがるダークエルフ。処刑人がムチでケツを叩けば、馬は一目散に走り出し、置き去りにされた罪人は足場もなく吊るされる格好。首が絞まって呼吸できなくなり、最後にはぶざまに糞尿を垂れ流すだろう。

 ここくらい大きな街なら、広場あたりに絞首台が設置されているのが普通だ。実のところ以前はあったのだが、ヨッパライが落ちてケガをするコトが多く、何年か前に撤去されたらしい。

「最期に何か言い残すことはあるか?」

 処刑人に促されて、ジェンマがゆっくりと語り出す。

「……今日、この場にお集まりになった紳士淑女の皆々様。ご覧のとおり、オレはこれから縛り首になる予定だ。おまえらはそれをおもしろおかしく眺めるつもりでいるんだろう。だが、それはオレも同じだ。オレにはおまえらの首にかかった縄が見える。ハッキリと見える。人生なんて言ったところで、しょせんはちょいとばかし長い執行猶予が与えられてるだけのことだ。そう遠くないうちに誰もが死ぬ。女神に首をくくられてな。オレのことを悲観論者だと笑うヤツは笑えばいい。しかし楽天主義者といえど、死からはけっして逃れられない。おまえらみんなの首に、縄がかかってるんだ。誰もその縄を切ってくれやしないぜ。時がくれば誰もが高く吊るされる。もがき苦しみながら天国へ引きずり上げられる。おまえらの理屈じゃア、ダークエルフは地獄へ落ち、人間グリンゴは天国へ昇るんだろ? けどオレに言わせりゃア、地獄のほうがマシだね。地獄ならつまり、ここから降ろしてもらえるってコトだからな。とはいえ、オレは自分が地獄往きだとは、これっぽっちも思っちゃいない。なぜなら、オレは無実だからだ。このオレが馬泥棒なんてするかアホンダラ。不当にオレから奪われたこの馬は、絞首台代わりにされているこの馬は、おのれの主人を殺すのに加担させられているこの馬は、女神に誓って正真正銘オレの馬だ。誰が何と言おうと、こいつの名前はアルタイル、オレの馬だ。たとえもとは盗品だったとしても、オレがオレのカネで買った馬だ。オレは何も知らなかったんだ。オレは悪くない。ひとを盗っ人呼ばわりする前に、おまえらこそどうなんだ? 薄汚い野蛮な人間グリンゴども。オレたちエルフの森を好き勝手に伐採し、土地を奪ったおまえら人間グリンゴが、盗っ人じゃないって? 聞いてあきれるぜ、まったくよォ。たとえ女神が許すとしても、このオレが許さねえ。おまえら人間グリンゴなんか呪われろ。いいや、オレが呪ってやる。末代まで祟ってやる」

「いいかげん気は済んだろう?」処刑人がムチを振り上げる。いよいよ最期のときが来た。

 野次馬たちのテンションが最高潮に高まっていく。「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」

「みなの衆! その目にしかと焼きつけるがいい! これが愚かな盗っ人の末路だ!」

 ケツをひっぱたくムチの音。馬はその痛みにいなないて、高々と前脚を挙げる。

 そしてとうとう馬が駆け出そうとしたとき、「世のなかには2種類の人間がいる。首に縄をかけられるヤツと、そいつを切るヤツだ」

 ジャンゴは少し離れた屋根の上から〈聖なる機関銃〉を撃ちまくった。縄に直接命中させるのは難しいが、縄が結びつけられている枝なら事情は違う。無数の弾丸のうち数発が当たっただけで、丈夫そうに見えた木の枝はアッサリ折れた。

 そのおかげで、ケツを叩かれた暴れ馬は主人を振り落とさずに済んだ。突然の状況に右往左往している野次馬どもを蹴散らしながら駆け出す。

「イルワガタオオ」処刑人たちが追えないように、群衆にまぎれていたコルブッチが魔法の呪文で煙幕を発生させた。煙に巻かれた人々は火事とカンチガイして、パニックを起こす。もはやジェンマを追うどころではない。

 こうして白昼堂々の逃走劇は幕を閉じた。


 ジェンマが囚われていた牢屋の警備は厳重だったが、事前に手紙を渡すくらいはワケなかった。処刑執行のタイミングで助けると伝えてあったので、ジェンマはあの状況で混乱せず行動できたのだ。

「いやはや、おかげで命拾いしたぜ、おふたりさん。ありがとよ」

「礼には及ばねえ。おれたちはただ、おれたちの目的のためにおまえが必要だっただけだ」

「馬車で〈東の森〉まで送ればいいんだったな。お安い御用だ」

「できればダークエルフの集落を避けてほしいのじゃが。わしらの動きを悟られとうない」

「問題ない。オレとしても、あそこの時代錯誤な連中とは関わり合いたくないんでな」

「その口ぶりじゃと、おぬしは革命派というコトか?」

「ダークエルフは自分たちの王国を取り戻したがってるか、それとも人間グリンゴの王国を倒したがってるか、その2種類しかいないと思われるのは心外だ」

「いや、もう1種類いるじゃろ。サンチョ一味のような連中が」

「盗賊どもも実質的には革命派みたいなもんだぜ。ヤツらが盗んだ武器やら馬やらの大半は、革命派に流れてるからな。その革命派にしたって、王国派と明確に対立してるワケじゃアない。単に優先順位が逆なだけだ。失われた王国を取り戻してから人間グリンゴを倒すか、それとも邪魔者を排除してから王国を復興するか、最終的に目指すところは違わない」

「そう言うおぬしは、祖国を取り戻したくないのか?」

「別に。そんなのはどっちだっていいさ。オレは気ままにやれりゃアそれでいい。ただ静かに暮らしたいだけ。……だっていうのに、それをあの女め」

「あの女?」

「どうも、オレを馬泥棒だと告げ口した女がいたらしい。タイミングからしてそれができるのは、オレに馬を売りつけた女しかいない。ようするにあのクソアマ、最初からダークエルフのオレをはめるつもりだったんだ。ふざけやがって」

「……その女の名前は?」

「知らねえ。名前なんかどうでもいい、とか言って名乗ろうとしなかったからな」

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