ヤジルシ!
日向ナツ
第1話 終わりと始まり
まだまだ肌寒い日が多いこの季節。春。私は高校の卒業式の前に上京する準備をしに、この街にやって来た。
電車にガタゴト揺られて、懐かしい世界を離れた。たどり着いた先、ここは新しい世界。そして、そこで新しい生活がはじまるんだ。
駅まで見送りに来たのは、母でも父でもなかった。見送りに来てくれたのは、幼馴染で高校まで一緒だった、同い年の尚也一人だった。
「元気でな」
私に手荷物を渡しながら尚也は言う。家から駅までずっと持っていてくれていた。たった二泊分の荷物だけど。
「うん。って、まだ、荷物の整理に行くだけだよ。またすぐに戻って来るんだし。たかだか、二泊三日だよ」
見送られる私よりも、遠くの大学に行くことにした尚也。
くされ縁だなんて冗談で言っていた縁も、大学進学で切れてしまった。尚也を想い続けて何年になるのか自分でもわからない。気づけば尚也を目で追っていた私がいた。
高二の時に尚也に彼女が出来たのをきっかけに、自分の気持ちに気づいた。尚也とその彼女の交際は数ヶ月だけだった。だけど、ずっと知らん顔して苦しい胸の痛みを隠し続けた。そんな日々に自分から終わりを告げたかったのかもしれない。私は家からも尚也からも遠く離れた大学を選んだ。尚也と離れるために。それなのに、尚也は私が選んだ大学よりも、さらに遠くの大学に進学を決めていた。
皮肉な話だよね。だけど、何もしなかったら、さらに私は傷ついていたのかもしれない。今だって自分のことは棚にあげて、遠くの大学に進学を決めた尚也を見て少し傷ついている自分がいる。尚也に腐れ縁を切られたから。
電車がホームに入って来た。
「また」
と言って、開いた扉から電車へと歩みを進める。
「うん。またな」
電車に乗り振り返ると、発車のベルが鳴り響きプシューと電車の扉が閉じる。
電車はガタンと動き始めた。滑るように動き始めた電車は加速していく。尚也は、駅のホームで小さくなるまで見送ってくれた。そして、尚也の姿が小さくなるまで、電車の窓からずっと尚也を確認してた私。本当のさよならはまだなのに。心になんだか風が吹いてる。尚也も駅さえもあっという間に遠く見えなくなって電車の窓を閉めたのに。……まだ心に風が吹いてる。
そんな私の気持ちを新しい気持ちに変えてくれた初めて見た駅。改札を出るとすべての景色が新しい。新しい街は新鮮で少し人見知りな感じがした。
母に書いてもらった地図で目的地を目指す。
目的地はこれから住む家。そして、そこにいるこれから同居人となる成瀬葵ちゃん。
成瀬葵ちゃんは母の知り合いの子供。母はたまたまこっちに知り合いがいたのを思い出して、私の上京も心配だったので、いろいろ相談がてらにとその知り合いに連絡したのだ。話をしてみると、なんとその人の子供の葵ちゃんも今年私と同じ大学に進学するという。しかも、お祖父さんが亡くなって処分しようとしていた家が、大学の近所にあったので、葵ちゃんがその家に住むことに決まっていた。お祖父さんの家は一軒家なので、一人で住むのはと思っていたところに私の話だった。まだ住むところが決まってないならと、トントン拍子に話は進み、まだ会ったことも話をしたこともない成瀬葵ちゃんと私はその家に同居することに決まった。
荷物はもうすでに大半を送っている。葵ちゃんは高校もそこから通えるみたいでひと足先に一人で暮らしていた。先に住んでいてくれているので、私の荷物を受け取ってくれている。
私はこれから住む家も成瀬葵ちゃんのことも、楽しみのような不安なような気持ちで母の書いてくれた地図を握りしめて、この道を歩いて行く。途中何度か人に道を聞いてなんとかたどり着いた。表札を確認する。
『畠中』
母の知り合いは女性、だから成瀬さんのお祖父さんの家なので、当然苗字が違ってる。
日本家屋! という佇まいを玄関から全面に押し出してる家。さすがお祖父さんの家だね。私は一目見て気に入ってしまった。初めて来たのに懐かしささえこみ上げてくる。いい家だなあ。
幸いインターフォンはあった。私は開いている門の中に入って玄関の扉の横にあるインターフォンを押す。
ピンポーン
家の中でインターフォンが鳴っている音が微かに聞こえてくる。
ドタドタ
って、足音も聞こえてきた。葵ちゃんは玄関にたどり着いたようだ。あー、ドキドキする。緊張するな。第一印象は大事だもんね。葵ちゃんってどんな子なんだろう。親しみやすい子だったらいいのにな。
ガラガラ
玄関のドアが開いた。そこには………?
「え?」
「えっ?」
お互い想像していた相手ではなかったみたい。
「……」
「……あ」
私は数歩下がってもう一度表札を確認する。『畠中』で間違いない。田舎じゃあるまいしこの辺にいっぱい畠中さん家があるわけじゃないだろう。でも……目の前にいるにはどう見ても男……葵ちゃんは?……あ、あ、ああ!! 葵!!
「葵……君?」
「……遥……ちゃん? 」
私の問いに向こうも聞き返す。遥って。私の名前は桜井遥。そう……だね。人のこと言えない名前だよね。男女どちらにも取れる名前だよね。そして葵……お互いに。葵君は驚いてるし、戸惑っている。間違いなく私の名前とこの状況で私を男だと思っていたんだろう。私も葵ちゃんが……まさか同居相手が男なんて思ってもみなかった。だから、葵ちゃんは最初から女の子だって思い込んでいた。
「あ、んっと……」
なんと言葉を繋げばいいかわからなかった。いろんな子を想像してたがまさか男だとは思ってなかったから。
「えー、あ。そ、とりあえず……その、家の中に入る? 」
葵君は少し体を引いて、振り返り家の中に視線を移した。
「あ、そ、そうだね。うん。じゃあ……」
玄関先で戸惑いあってるのも変だし、だいたい私の荷物はこの家の中にある。ここで帰るっていう訳にはいかない。
ただ、お邪魔します。と言っていいのか、よくわからないので無言で中に入る。
玄関に入り靴を脱いで、葵君について行く。廊下を歩いていくと、外観を損なわない日本家屋が広がっている。すぐに縁側と小さな庭まで見えた。マンションでの一人暮らしとは比べられない心地よさそうな造り……どうなるの? これから?
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