第7話「共存への道」中篇


 一方、レイは一人パーティー会場にいた。

 彼はこういったパーティーは好きではなく、任務の一貫でなければここにはいなかっただろう。

 リンはレイを気遣い、「一緒にいてもいい?」と言ったがリンに申し訳ない気がしてレイは断った。

 エレシスタ人とゼイオン人のハーフ故に、この世界に産まれ落ちた時から孤独を約束されたような人生だ。独りでいることぐらい平気だった。

 ただ最近はリン、そしてアレクと一緒にいることが多かったからかこうして独りになるのも懐かしく、同時に寂しい気も僅かにした。

 壁に寄り掛かりながらパーティー会場を見渡す。

 会場はエレシスタ人同士、ゼイオン人同士が集まっている。

 両方の血が流れている自分はどこに混ざればいいのだろう。

 母親と共に国から逃げた自分が今更ゼイオン人と一緒にはなれないだろう。

 エレシスタの軍服に袖を通しているが、誰もがアレクやリンやクルスのように優しくはない。

 エレシスタ人から白い目で見られるのは避けられないだろう。

 やはり、自分の居場所は第五小隊だけなのだろうか。

 だがもしも、アレクとリンが死んだらまた孤独に戻るのだろうか。

 そう思うと、レイは怖くなってきた。


「おやおや、パーティーだと言うのに浮かない顔。どうかしましたか?」


 四将軍の一人クーヴァ・フィ・ゼダルがレイに話しかける。

 だが、話しかけようと思った要因は彼が浮かない顔をしてただけではない。

 レイがエレシスタの軍服着ながらも耳が尖っていたからだ。


「今、オレの耳を見たな?」

「ええ、見ましたよ」

「そうか。オレはゼイオン人とエレシスタ人のハーフだ。それで十分か?」

「隠そうとしないのですね」

「人は生まれ持った物を捨てることは出来ない。死ぬまではな」


 それが15年生きてきたレイの結論であった。

 どうせ死ぬまでハーフであり続けるのだ。

 ならば、隠す必要もないだろう。

 逆にハーフであることを隠しゼイオン人に虐められた経験があった。


「耳はゼイオン人、軍服はエレシスタ……まるでチグハグですね。そういえば、以前聞いたことがあります。エレシスタ軍にハーフの操者がいるとか。通名は確か……『エレシスタの不死鳥』でしたか。それが貴方ですか?」

「ああ、そうだ」


 自分にそんな通名がある事は知っていたが、大して興味がなかった。

 周りの目など殆どが自分に偏見を向けているだけだ。

 他人からどう見られているかなどレイにはどうでもよかった。


「という事は以前、一度お相手しましたね。そう、ティルト草原で」

「あのカラスの操者か」

「ええ、貴方が始めてでしたよ。私のシュルトバインに傷を負わせたのは」

 

 レイは思い出す、ヴァグリオと戦う前に立ちはだかった黒き魔動機を。その操者が彼なのだとレイは納得した。

 シュルトバインは高機動型な魔動機だ。

 高い機動性の代価として装甲が極限まで削られている為、攻撃を受けただけでも致命傷になりかねない。

 その為、シュルトバインで攻撃を受けたことなど一度もなかった。

 そう、レイのブレイズフェニックスと戦うまでは。


「どうです?ゼイオンに戻りませんか?貴方ほどの実力ならば良い待遇で迎えてくれますよ」

「結構だ、オレは自分を拾ってくれたフェールラルト卿への恩返しの為に戦っている。ゼイオンには戻らない。実力主義などと言いながら混血のオレを差別し、力を認めないあそこにはな」


 どこに行っても忌み嫌われた自分を拾ってくれたクルスには感謝してもしきれない。

 ここでゼイオンに戻ろうものならば恩を仇で返す事となる。


「なるほど……でも、その方は本当に良い人なのでしょうか?」

「何が言いたい?」

「もしかして、貴方を利用しているだけだったり……」

「キサマッ!」


 レイは怒り、クーヴァの胸ぐらを掴む。

 恩人を悪く言われたのだレイが怒るのも当然と言えよう。

 周りの人は喧嘩が起きたと勘違いし、慌ただしくしていた。


「オレの事は言いたいだけ言えばいい、慣れているからな。だが、フェールラルト卿の悪口はオレの前で言うなッ!」

「すいません……もしかしての話ですよ」


 怒声を上げたレイは落ち着き、クーヴァの胸ぐらを離す。

 そうだ。もしかしての話だ。真実ではない。

 アイツの言ったことはデタラメ以下の事だ。レイはそう自分に言い聞かせた。


「最後に一つ、お名前聞いていませんでした」

「レイ・フィ・ロートスだ」

「フィ……?という事は同郷の方ですか、奇遇ですね。私はクーヴァ・フィ・ゼダル。帝国四将軍を務めています」


 ゼイオン人のミドルネームは出身地を示し、北のガ、東のリ、南のゴ、西のフィ、離島のオ、そして中央部のドとなっていた。

 以前はもっと多くのミドルネームがあったというが、今では基本大まかにこの5つに分けられていた。


「それでは機会がありましたら会いましょう。その時は味方としてお願いしますね」


 クーヴァはレイの元を去る。

 味方として彼と会うことはないだろうと、レイは思った。


「レーイ!」

「レイ、怪我はないか?」


 喧嘩の事があったからか、入れ替わるようにリンとクルスがレイの元に来る。

 家族に近い間柄だから、心配せずにはいられなかったのだろう。


「大丈夫です。フェールラルト卿に心配を掛けて申し訳ありません」

「いいんだ。それよりも聞こえたよ。私の悪口など気にせず聞き流せばいいものの……」

「すいません……」

「だが、私の為に怒ってくれたのは正直嬉しかったよ、ありがとう。でも今は大事な会合を控えている。騒ぎは起こさないようにしてくれよ」


 まるで本当の兄のように、クルスはレイを諭す。

 これほど優しい人が自分を利用しているなど、レイは考えもしなかった。


***


 翌日。同屋敷にて会合が開かれた。

 会合は順調に行われ、ひとまず条約についてエレシスタとゼイオンそれぞれの別室で首脳陣が話し合う事となった。


「国王、この条約は我々にとっても利益になるものかと」

「そうですな。両国の侵略行為禁止に大量の魔動石を譲渡するというのですからな」

「ヴァグリオの侵攻についての責任を取らないのは正直どうか思いますが、代わりにボーガリアンの事を不問とするならば悪い話ではないでしょう」

「ヴァグリオが皇帝であった時は侵攻もしてくる上に軍備増強と厄介だっただけに、侵略行為をしないだけでもありがたいですな」


 貴族議会の四人が話を進める。

 このまま行けば条約締結は間違いないだろう。

 だが、この状況を面白く思っていない男がいた。クルス・フェールラルトだ。


「気に入りません……どうせこんな条約を結んでも、ゼイオンは条約を軽々しく破るのが見えています」


 クルスは納得がいかなかった。

 心底皇帝レーゼの言う事を信じられなかったからだ。

 この条約を破棄して攻めてくるのでは?

 仮にレーゼ皇帝時代は条約が守られても、次の皇帝はどうだ?

 様々な憶測がクルスを不安にさせていた。


「ですが国境周辺であれば、侵略行為を行ったゼイオン兵の処罰はゼイオン軍がやってくれるだと言うじゃないか。地域限定とは言えこちらも助かるよ」

「フェールラルト卿はこのまま戦うのがお望みかな?」

「そうではありません。ですが、この条約はその場しのぎの物。ゼイオン軍が立て直せば攻めてきます!」

「どこにそんな根拠があるというのだね。レーゼ陛下は穏健派だと言うではないか」

「では、レーゼ陛下が退位した後はどうでしょう?この条約は守られますか?ヴァグリオのように侵略しないと言えますか?」


 貴族の四人がどよめく。確かにクルスの言う通りだ。

 この条約が結ばれても明日明後日の平和は守られるかもしれない。

 だが、数年後はどうだ。

 ゼイオン帝国は下克上で皇帝が殺され、新しい皇帝が即位する事も珍しくないという。

 いつまでも、レーゼが皇帝としていられる保証など、どこにもないのだ。


「国王!どうかご決断を!」

「うむ……たしかにフェールラルト卿の言うことも一理ある。だが、条約を結ばなければこの世は変わらない。私は条約を締結しようと思う」


 クルスは腹立たしかった。

 何事も自分の思い通りに行かず、皆レーゼの言葉を鵜呑みにしているからだ。


「やむ終えません国王……」


 その時、信じられない出来事が起きた。

 銃声が響いたのだ。護衛の兵士が銃を構え国王の肩を撃ったのだ。

 国王の服は血で滲んでいく。

 他の護衛に付いた兵士もクルス以外の貴族達に銃口を向けて静かに脅迫していた。


「国王、お分かり下さい。例え条約が結ばれても家族や仲間を奴らに奪われた苦痛は消えないのです……」


 銃を撃った兵士は静かに語る。

 彼は仲間も妻子もゼイオン軍との戦いで失ったのだ。

 だから、彼は休戦条約など許せなかったのだ。

 この部屋にいる他の兵士も同じであり、クーデターの成功の為に集まりゼイオンへの復讐心を持ちクルスの考えに賛同した者達であった。


「愚か者が!また再び戦乱の世に戻るつもりか!」

「悲しいですが、我々エレシスタ人とゼイオン人は戦う宿命なのです……ですがご安心して下さい!必ず勝利し、嘗ての祖先達のように我々がゼイオン人を支配する安寧の世を築いてみせます!」


 クルスは狂気に取り憑かれたようであった。

 エレシスタ人がゼイオン人を支配しなければ平和にはならない。

 彼はそれを信じて疑わなかった。


***


 銃声は魔動機で待機していたアレク達にも聞こえた。


「今の銃声は?!」

「わ、わからないわ!情報が混乱してて……」


 流石のリンも取り乱し、パニックに陥っている。

 待機している者達は皆わけも分からず、混沌としているこの状況の答えを求めていた。


「オイ、テメェらがレーゼ陛下になんかやったんじゃねぇのか?!」


 ライズのヴァーガインから通信が入る。

 混乱しているのはゼイオン軍も同じであった。

 外で待機しているゴブルの何機かは棍棒を構え、戦う準備をしていた。

 すると、屋敷から走って出て来るレーゼとガゼルとクーヴァの姿が見えた。

 三人はそれぞれの魔動機に乗る。


「どうしたんだ、おっさん!」

「奴らめ、血迷ったのか急にレーゼを狙い始めた。ここは逃げるぞライズ!」

「陛下、お怪我はありませんか?」

「大丈夫だクーヴァ。無念だが、ここは引くぞ……」


 レーゼのグレイムゾンを囲うようにゼイオンの魔動機が集まり、南の方へと撤退し始めた。


「突然逃げ始めた……どうしたんだゼイオン軍は……」

「騙し討ちの為の芝居だったのだろう。やはり、ゼイオン人は好戦的で残酷な種族だ。奴らなどと共存できまい」


 アレクの一人の呟きにマギラが応える。

 混乱している今のアレクには今だけマギラの言い分が正しく聞こえる。

 条約を持ちかけたのはあちら側だ。

 ここで条約を結ばずに逃げては、彼らに利益はない筈。

 最初から騙し討ちを狙ったのでなければ。

 そこに、屋敷からクルスが現れる。


「エレシスタ王国軍の諸君!レケサ八世は野蛮なるゼイオン人の凶弾により倒れた!幸い命に別状はないが、暫くの間はこの私が国王代理となることになった!各機、逃げたゼイオン軍を逃がすな!」


 クルスの声掛けに何機かのナイトが剣を掲げ雄叫びを上げながらゼイオン軍を追う。

 戦いが始まろうとしている。

 何故今戦いが始まろうとしている。

 昨日までは希望に満ち溢れていたのに。

 ゼイオン人でも平和を望んでいる人もいたのに。

 何故なんだ。今この瞬間、昨日まで見えていた希望が崩れ落ちていった。


「フェールラルト卿!攻撃を仕掛けてきているのではあればともかく、逃げている魔動機は無理に追わなくとも……」

「いや、ここで逃せば再びエレシスタの危機となる。そうなれば、君の友人のような犠牲者が増えるのだぞ!アレク・ノーレ!」


 アレクの脳裏にリックの最期が再び浮かぶ。

 確かにそれは避けなければならない。

 だが、逃げる敵と戦うのはアレクが目指す守る為の戦いに反する。

 一方、クルスはアレクは自身の思い通りに動いてくれると確信していた。

 リックの事を出せば説得力が増し、否が応でも自分に協力してくれるだろうと算段を踏んでいたのだ。


「それが兄様、いや国王代理としての命令ならば私は引き受けます」

「リン……」

「アレク!フェールラルト卿が間違っているとでも言うのか!ヤツらはお前も騙したんだぞ!」

「アレクくん、君は誰の味方なんだね?エレシスタかい?それともゼイオンか?」


 命令を遵守するリンに反論の一つも言いたかったが、今の自分にはなにも言い返せなかった。

 レイとクルスの説得が聞こえる。

 みんながみんな正しい事を言っているように聞こえる。

 アレクには何が正しく何が間違っているのか分からなくなった。


「わかりました……俺もゼイオンの追撃に向かいます……!」

「よく言った、アレクくん。君の活躍に期待しているよ」


 アークブレードのスラスターを吹かせ、アレクも共に追撃に向かった。

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