第12話「嘗ての仲間」
エレシスタ軍テンハイス騎士団第五部隊隊長リン・フェールラルトとして、私はレイを止める義務がある。
何故、ゾルディオンを操りエレシスタとゼイオン両国を敵に回そうと思ったのか。
はっきりとまでは分からないけど、恐らく兄様……クルス・フェールラルトに利用されていた事が一因しているのだろう。
理由はともかく、なんとしてでも止めなければならない。エレシスタ軍人として。貴族としても。
だけど、私にレイを撃てるだろうか。
同じ家で姉弟のように過ごした彼と……
***
厚い雲のもとディセルオから見て西に位置する雪原で、レーゼ率いるゼイオンエレシスタ共同軍と、クーヴァ率いる反乱軍の戦いは始まった。
ゴブルとゴブルが棍棒をぶつけ、アークセイバーもゴブルを切り裂き、この先にいるゾルディオンに向かっていく。
数こそは揃っているものの相手が悪く、突破されるのも時間の問題であった。
一度は後退し指揮を取っていたシュルトバインも前に出て、レーゼのグレイムゾンに攻撃を仕掛ける
「貴方だけはこの私が!」
右腕の突き出し爪で襲いかかる。
ゾルディオンであれば、彼らもひとたまりもないだろうとクーヴァは考えていた。
だが、敵が少ない事に越した事はない。
ならば、レーゼはこの手で仕留めようと考えたのだ。
右腕の爪と、グレイムゾンのハルバートがぶつかり合う。
シュルトバインはすぐに後退し、ハルバートが振り下ろされるも持ち前の機動性で回避する。
「レーゼ!」
「レーゼ様!」
ゴーレルとライズがグレイムゾンの方へと目を向ける。
目の前の敵をなぎ払いながら、レーゼの元へ助けに行くべきかと迷いが生じていた。
「私に構わず進めッ!止まるなッ!」
レーゼは一人でクーヴァを倒せると自らの力を信じていた。
かつては同じ帝国四将軍の一人だったのだ。
勝てる。ここで負けるわけにはいかない。そう確信していた。
一方ゴーレルとライズ、そしてゼイオンの兵達もその言葉を信じ、前進していく。
「助けが来ないとは、やはりその程度のようですね!」
魔法陣をくぐり、シュルトバインの速度が目に止まらぬ程に速くなり、怒涛の勢いでグレイムゾンに襲いかかる。
ハルバートを振り、なんとか操縦席への攻撃を防ぐものの、全ての攻撃は防ぎ切れず、装甲が傷ついていく。
その時、僅かにシュルトバインの動きが止まる。
グレイムゾンはハルバートの槍で突こうとするも、次の瞬間シュルトバインの姿は消えていた。
姿を消す魔術を使ったのではない。素早くグレイムゾンの後ろに回り込んだのだ。
「くっ……!」
「貴方はここで終わりです!」
気付いた時には遅く、シュルトバインの爪が背中を貫こうとした。
クーヴァの言葉通り、ここで終わるのか……心のどこかで諦めていた時、運がレーゼの味方をした。
背後にいたシュルトバインが吹き飛ばされ、崖に激突していたのだ。
その代わりに、グレイムゾンの背後に立っていた者は……
「アークセイバー……アレクか!」
「大丈夫ですか?!シュルトバインを引き寄せていたお陰で、多くの部隊はここを突破出来ました!レーゼ皇帝も早く!」
「すまない……」
アレクの声が通信で聞こえる。
レーゼはようやく状況が飲み込めた。
背後から襲いかかろうとしたシュルトバインをアークセイバーが蹴り飛ばしたのだ。
一人で討ち倒すつもりが、アレクに助けられるのは申し訳ない気分であったが、今は助けた事を感謝すべきだろう。
一方アレクは苦戦しているレーゼを見過ごせず援護に入った、ただそれだけであった。
たとえレーゼが構うなと言っても、押され気味であった彼女を放っておく事は彼には出来なかったのだ。
「フフフ……流石ですねアークセイバー……あの方がご執心になるのも分かる……」
レイは「可能であればアークセイバーの操者を仲間に引き入れたい」と言っていた。
それはオリジンとしての価値や元は同じエレシスタ軍人としては勿論、操者の技量においても価値を見出していたのだろうとクーヴァは考えた。
「オリジンを相手にするのは少々分が悪いですね……ここは引くとしましょう」
迎撃に来るのはゼイオン軍だけだと見積もっていたクーヴァだが、エレシスタのアークセイバーまでもが来るとは想定外であった。
敵のゴブルは十分に削がれた。ここは一旦撤退するのが得策だろうと結論付け、スラスターを吹かせ後退する。
しかし、崖に勢いよく激突したからか、さっきまでのような速度が出せずにいた。
なんとしてでもここは逃げなければ。
自分が敗者になるなど許せない。
必ず勝者でありたい。
だからゾルディオンを手にしたレイの味方になって、祖国を裏切ったのだ。
それなのにここで死んでは洒落にならない。生き延びなければ。ここで終わりたくない。
クーヴァは無様でも背を向けて逃げようと、シュルトバインを加速させていた。
「逃さんぞ!クーヴァ!」
グレイムゾンは足元に魔法陣を展開させてハルバートを構えると、魔力が刃に集まり光り輝く。
「アレク!奴はここで仕留めろ!」
アレクは背を向ける敵を攻撃することに、どこか後ろめたさを感じた。
だが、ここで逃せば多くの人々が傷つけられるのは、エレシスタとゼイオン両国に宣戦布告した時点で明らかだ。
ここはマギラの言う通り、倒すしかないだろう。
アークセイバーも魔法陣を展開させ、剣に魔力を収束させる。
二機の魔動機は武器を振るい、魔力で形成された斬撃をシュルバインに向けて飛ばす。
「うわあああ!来るな!来るなぁ!!」
二つの斬撃が向かってくるが、今のシュルトバインに斬撃を素早く回避する程の余力は残っていない。
そしてシュルトバインは回避に失敗し、背後から斬撃を受け爆散する。
かつてはシュルトバインであった鉄塊が雪原に落ちていった。
「クーヴァ、愚かな奴め……」
レーゼは一人呟く。
味方であれば頼もしかったというのに、何故裏切ってしまったのだ……どうにか上手く収まらなかったのか……
そんな事ばかりが彼女の脳裏に浮かぶ。
だが、ゼイオンの敵となって傷付けるというならば、誰であれ必ず倒さなければならない。
それが、かつての仲間であってもだ。
***
「来たか」
自己再生により完全な状態となり、進軍するゾルディオンに何機もの魔動機が向かってくるのを確認した。
クーヴァ達の部隊が突破するのは想定内だ。
所詮は完全に再生するまでの時間稼ぎと、戦力を削ぐための部隊であったからだ。
そして、モニター越しにストームバレットとヴァーガイン、ゴレールの機影がハッキリと見えた。
「リン……」
前方で停止したストームバレットの姿を見て、彼女も立ち向かってくるとは少々意外ではあった。
だが、貴族としての使命感の強い彼女ならば、エレシスタに宣戦布告した自分に向かってきてもおかしくはない。
「レイ、なんでこんなことをするの……なんで!」
涙ぐんだ声でリンはレイを説得する。
共に戦ってきた仲間が敵味方に分かれて戦うなんて悲しすぎる。
リンはどうしてでも、レイを止めたい一心であった。
「ゼイオン人もエレシスタ人も愚かだ。千年も前から争い続けそれでもやめられない……だからオレは滅ぼす二つの国も!」
ブレイズフェニックスの武器であった双剣を地面に刺し、ゾルディオンは手をかざす。
すると、ストームバレットをはじめとした魔動機達の足元に大きな魔法陣が展開していた。
「コイツはヤベェぞ!散開しろッ!」
これがゾルディオンの攻撃だと素早く察したライズは仲間のゴブルに通信を入れる。
三機の魔動機は魔法陣の元から離れ、散り散りとなる。
すると、魔法陣から大きな火柱が空高くまで上がり、逃げ遅れた何十機ものゴブルは火柱の中で跡形もなく消し去られた。
最早魔術の域を超え、天災のように見えた。
こんなやつに敵う訳がない。ライズは弱気になっていた。
だが、ここでゾルディオンを倒さなければゼイオンは滅びてもおかしくない。
それに、ゾルディオンに怯えているようでは同じオリジンであり、ガゼルの仇であるアークセイバーを討つ事など、夢のまた夢だ。
運を天に任せ、ライズはヴァーガインを前進させる。
「うおおおおッ!」
ライズは声を上げ、ブーメランをゾルディオンに振り下ろす。
しかし、ゾルディオンの持つ双剣に弾かれ、攻撃は届かない。
二本の双剣がヴァーガインの両腕を切断し、操者の制御から離れた両腕はドシンと雪原の上に落ちる。
両腕を失ったヴァーガインは距離を取る為に後退するものの、とどめを刺さんとゾルディオンは襲いかかる。
「ライズ、危ない!」
ゴーレルはゴルゼガスを動かし、体当たりして身代わりにならんとする。
先の戦いでゾルディオンと戦った時は、性能差のあまりに戦意を失ったが、あのような失態をまたする訳にはいかない。
勇敢に立ち向かうライズの勇気を無駄にしない為に、そして故郷の地を蹂躙されない為にも。
黙って見ている訳にはいかなかった。
ゴルゼガスは腕を伸ばし殴ろうとするも、腕先の棍棒よりも先に、ゾルディオンの剣が操縦席を貫いていた。
ゴーレルの敗北であった。
そして、ゾルディオンが剣を抜くと、ゴルゼガスは爆発した。
「ゴーレル様ッ!」
自分が力不足なばかりに、帝国四将軍であるゴーレルまでもが戦死してしまうとは……
もっと強ければこんな事にならずに済んだのに……
ライズはただただ無力感に浸っていた。
一方、ゾルディオンの性能にリンは圧倒された。
だが、あれほどの性能を持っているからこそ、放置する訳にはいかない。
「レイッ!貴方は私が止めるッ!」
リンは決意を固め、かつての仲間、かつては同じ家で暮らしたレイに銃口を向ける。
魔弾を放つものの、ゾルディオンはいとも簡単に双剣で魔弾を弾く。
ゾルディオンは一気にストームバレットとの距離を詰め、銃を持った右手を斬り落とす。
「まだッ!」
左手でもう一丁の銃を持ち、至近距離でゾルディオンに向けるが、またしても双剣によって左手が斬り落とされていく。
敗北だ……リンは戦意を失い、ストームバレットは腰を下ろしてしまった。
「どうしてなの……レイ、戻ってきて……」
説得したいものの、なんと言えば良いのか言葉が出ない。
ただ、戻ってきてほしいと言うしか思いつかなかった。
「この世界に生きる殆どの人間は愚かだ。だから、オレがゼイオンもエレシスタも滅ぼす。リン、お前は特別に見逃してやる。だから、さっさと行け」
リンはレイにとって最も親しい人間だった。
彼女は愚かではない。例外だ。
だから、命まで取ることはしなかった。
我ながら甘いとレイはどこかで思っていた。
アイツの影響だろうか……
常に理想を追い求め、諦めないアイツに……
その時、二つの魔力反応を探知する。
一つはとても高出力の魔力を放っていた。
これほどの出力、オリジン他ない。
アレクだ。アイツが向かって来ているのだ。
レイはふと、ラドール高原で助けられた時の事を思い出す。
あの時も自分に向かって来た。
だが今は味方ではない。敵だ。
「レイッ!!」
「アレクッ!!」
アークセイバーとゾルディオン、二機の魔動機は加速して向かい合っていく。
そして、それぞれの剣がぶつかり合う。
かつては仲間同士であった二人が、千年前の大戦を再現するように今、激突する。
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