DT+

結城あずる

第1話 何がどうなの!?

ありえないことが起きると人間こうも取り乱すのか。いや表面には出ていないさ。出てないと思うよ?


でももうご乱心だよねぶっちゃけ。こんなご乱心具合を表に出してたらそれはもう狂気の沙汰として後ろ指さされるどころか下等生物を見る冷ややかな視線に刺殺されるだろうさ。


人生何があるか分からないけどさ、一般レベルでのドラマほどで刺激の元は取れるんじゃないかな?


これはどうしたらいいのよ?


ー5分前ー


「これでよし」


玄関にタイプの違う靴を4足セッティング完了。大きさは27㎝オンリーだけどそんなもの見分けつかないだろう。ついたとしても最悪察してほしい。


あとは紛らわすためにテレビの音量もご近所迷惑にならないギリギリの音量に設定したからお一人感は緩和されてるだろう。されてなくても最悪察してほしい。


いやまさかこの歳になって急にピザ食べたくなるとは思わなかった。しかも寝起きにね。齢30の朝飯にはヘビーだという事は自分でも重々承知してるよ。これ絶対一切れ食ったらいらんパターンだとも分かってるさ。それなのに宅配注文しちゃう堕落した社会人の闇よ。後悔の結果しか見えん。


それに何が悲しいってピザの為にこんな演出をしなきゃならないこのピエロ感だよ。日曜日の朝に何やってんだ俺は。一人カラオケとか今は一人焼肉とかもあるんだからピザもスタンダードになりなさいよ。まぁ規則正しい生活者であればこんな文句も出ないんだろうけどもさ。


そんな葛藤をしている内にチャイムが鳴った。結構早く着いたんだな。連絡して15分も経ってないんじゃないか?最近の宅配は攻めたドライビングでもしてるんだろうかね。


「はいはーい。今開けますよ……ん?」


茶番を演じる気持ちをバリバリに作ってドアを開けたが俺のシュミレーションとは違い一人の女の子が立っている。


こんな中高生っぽい女の子に知り合いなんていないし部屋でも間違ったのかな?


「えっと、部屋間違ってるかな?」

「……」

「……?」


え?なんだろう。なんで沈黙?ドア開けて登場したのが急なオッサンだったから思考がストップしちゃったのか?いや、自分で言っててなんだけどそこまでオッサン化は進行していないと思うんだけど。


とりあえず問題を解決せねば。確か隣の隣の尾形さんのとこがこの子ぐらいのお子さんいたはずだからそっちにベットしてみよう。


「あーっと。尾形さんの所かな?なら2つ隣だよ」

「……」

「……」


違ったのかな?

いやでも違ったにせよリアクションはせめてほしいよ?じっと見られても凄く困るんだけど。


いや、かなり可愛い子だと思うよ?小柄で顔立ちも整ってて学校でもかなりのランクに属してんじゃないのかな。ポニーテールも似合っててポイント高いと思うよ。


そんな可愛い子に見つめられて悪い気はしないけど、玄関先でいい歳した男といたいけそうな少女が対面しあってたらそりゃ悪い噂立っちゃうフラグだからさこれ。もう社会人。それは分かってるよ。風評被害は流石に堪えるから無難にかつ健全に応対したい。


「尾形さんのとこじゃなかったかな?えっとあと他にこの辺でいたかな?」

「……私はパパに用があって来たんだけど」

「パパ?」

「パパ」

「え?俺?」

「他にいないけど」

「いやいやいや。だいぶ事故が起きちゃってるな。誰かと間違ってるかな?」

「三淵和生さんでしょ?」

「え?あ、はい。そうですけど」

「じゃあ間違いなくパパだよ」


それが5分前。これで今に至る。


…………いやいやいやいやいやいや!!この子は何を言ってるのかな?突撃訪問されてパパ宣言ってあの突撃でお馴染みの晩ごはんの人でもビックリの訪問だよ!?


これは新手の悪戯?最近の子で流行ってるにしてもそれはちょっと遊びとしては笑えない。ここは大人としてきちんと教育的観点で説かなければ。


「何が楽しいかは感性の違いがあるだろうから俺には分からないけど、こういう冗談は結構大人側にはシビアだからちょっとやめようね?」

「冗談でも嘘でもないよ。紛れもなくあなたが私のパパなの。これが悪戯だとしたら私の感性でも何も面白くはないよ」


まさかの切り返し。

いや確かに真剣な眼差しではあるんですけども。意地張って無鉄砲にやってるようでも、俺を小バカにして演技をやってるようにも見えない。そんな人の思惑を読み取れるスキルはてんで低い方だとは思うけど、この子の目と雰囲気は軽薄な様子が全くないように思える。


うん。仮にこの子が本気だとしよう。だとしてもだ。俺がこの子のパパって事は絶対にあり得ない。それはもう天と地が引っくり返ってもあり得ない。そう断言できる確固たる自信がある。


「えっとゴメンね。俺に子どもなんていないのよ。絶対にいないのよ。だから間違いなく君の思い違いとかなんかだと思うよ」

「思い違いでもなんでもないよ。正真正銘あなたが私のパパです」

「う、うーん。譲らないね……。えっと君いくつ?」

「15歳。今年で中学卒業する」

「よし。冷静に整理してみようね。仮に俺が君のパパだとして君が生まれた時俺はちょうど今の君と同じ思春期真っ盛りの男子学生だよ?それはちょっとアバンチュールの域を超えてるでしょ?自分で言うのもなんだけど学生時代の俺はそれはもう地味に青春を謳歌してたから周りから見ても無いと思うなー」

「ふーん。でもパパはパパだから」

「え、えぇ~……」


何この子全然譲らないんだけど?頑なというか妄信してるというか。俺結構理路整然に説明してると思うんだけどな。参ったな。


ホントこの子のパパとかあり得ないんだけど。まず第一に地味な学生時代って言ったけどこれはホントそうだし加えてウチ男子校だったからね?しかも付属だったからエスカレーター式に中学も高校も男子の巣窟だったからね?


そして何よりこれが一番の理由で確固たる裏付けでもあるんだけど、何を隠そう俺は女性とお付き合いした事ないからね?そう。童貞だからね?いや男子の巣窟にいたからってそっちの気があった訳じゃないよ?バリバリ女の子に興味あったさ。でも自分ののせいもあって今の今まで付き合うにこじつけた事もないし、まさか職業も小説家なんてものになってしまったから余計人と知り合う機会すら激減した。売れればまー違うんだろうけど毎年フェードアウトギリギリの底辺作家だしね。


なんにせよ俺に子どもなんて絶対にあり得ないのよ。なんか赤裸々に自分の恥部を並べ立てて立証しようとしちゃってるけど凄い悲しくて虚しいわ……。


「えっとね?ホントに勘違いとかなんかだと思うから思い返してみて」

「私の話聞いてくれないの……?」

「いや、聞く聞かないとかじゃなくて根本がさ」

「うっ……うっ……グス」


えぇーーー!?泣かしちゃったのーーー!?

俺そんな角々しく言ってないし、悲しいけど事実と真実を元にネゴシエートしてるだけだから非はないはずだと思うけど……内容云々より状況がマズイよねコレ?


ただでさえ突飛な光景なはずなのにここで泣かれちゃったらもうこれ絵面的に俺悪者だよね?可愛い女の子と冴えないオッサンとでは明らかに擁護対象はこの子だよね?満場一致で俺が有罪なんだよね!?ご近所もとい通行人にでも見られれば最寄りの交番へGOだよ。……マズイ。とにかく何とかせねば。


「あっと、えっと、その怒ってるわけじゃないし否定をしているわけじゃないんだよ?ただ俺に子どもどうこうってのはどうかなー?って。生物学的にもどうかなー?って。そんな些細な疑問なだけなんだよ?」

「うっ……グスッ……うぅ……」

「いやー!あのー!そのね!?あーーーー……ちょっと中で一旦落ち着くってのも一つかな!?」

「じゃ、おじゃましまーす」


ふぅ。泣かれるのは阻止出来た……ってうおぉい!?切り替え早くない?さっきまで瞳潤まして小型犬のようにプルプル震えて今にも俺の人生に終止符を打とうとしてたのに急に平静に戻り過ぎじゃないですか!?まさかあれか?噂の女性最大の武器か?そうなのか?だとしたら俺の純情を返しなさい!!


「狭い部屋だね。一人暮らしにしたってちょっと片付いて無さ過ぎだと思う」


いやいや。なぜもうお部屋チェックに入ってるんですか君は。俺は心の整理が片付いてないんですよ?狭い狭い俺の心のワンルームは天災に遭ったようにひっちゃかめっちゃかですよ。


「食事もこれ、カップの山だし不摂生の王道だね」

「あ、うん。そうだね……」

「取りあえず片付けちゃっていい?」

「は?いやそれはいいよ!嵌めらた感はあるとはいえ落ち着いた論議を少しするだけだし」

「でもこれじゃその落ち着いた話も出来ないよ?私がしたいって事だからパパは気にしないで」


気にしないでって。気にしないでいられるメンタルではもうすでにないのよ。血縁(仮)パニックから痴情(仮)パニックと俺の本でもこんな忙しない展開は作らんぞ。もう序盤でお腹いっぱい。これ以上は胸やけ腹痛を起こす可能性大だからとにかくこの子にちゃんと分かってもらって帰ってもらわねば。


片付けをしてくれるのは正直助かることだけどそれはそれ。部屋が片付くより状況にケリをつけたいのよ俺は。


「ねぇ。洗濯カゴとかないかな?ちょっと量多くて抱えきれないんだけど」

「いやあるけどホントそんな事しなくて……っ!?」


うおぉぉぉぉぉいぃ!!領域が!領域がエマージェンシー!!屈んで洗濯物拾う度にスカートがヒラついて危ないだろーー!!この角度か?立って上からのこの角度がベストにチラリズムを誘発してやがるのか!?


ヒラヒラと動いてさながら闘牛士か?俺に突進してこいってか?ってバカヤロー!!何を考えてるんだ俺は!?落ち着けー。このポジションがいけないんだ。とりあえず目線と位置を変えろ!


「どしたの?急に座り込んで」

「いや、立っててもあれだからね。ちょっと腰を据えようかと思って」

「ふーん、そっか。衣類は一か所にまとめたから後でカゴに入れればいいけどまだ床に物散乱し放題だね。本とか紙類とかたくさん」

「仕事柄資料は使うからね。ついつい量は増えるの」

「これも少しまとめないと」

「置き場所とか確保してないから別にいいよ……って!?」


おーーーーーーーい!!ドレーーープ!!四つん這いからのドレープ!服に文句付ける気はないし正確には文句ではないんだけども、四つん這いでのドレープのある服はダメでしょ!?地平線の向こう側が見えますよ?頂きが見えるのですよ?男はそのロマンに抗えないってバカヤロー!何がロマンだ。ロマン追いかけたらポリスマンにこっちが追いかけられるわ!


ダメだ。さっきから悪癖が留まることを知らない。女性に対する過度な夢と期待なのか、接する事が無かったがゆえに理性という免疫がないせいか……何にせよこの悪癖が昔から俺を常軌から逸しようさせる。このムッツリスケベという悪癖が。


自覚があるだけまだマシなのかもしれんけど、こんな年端もいかない女の子に悪癖を発動させてる場合じゃない。ホントヤバイからそれ。


「さっきから変な動きしてるけど大丈夫?」

「え?だ、大丈夫。もうね、最悪悟り開くから大丈夫だよ」

「言ってる事よく分かんないけど目ぼしい物は片付けたからこれで二人分は確保できたんじゃないかな」

「お。ホントだ。こんな短時間でここまでキレイするって君凄いね」

「慣れてるから。それにあんなにごちゃごちゃしてたら二人分の生活スペースないし。片付けても狭い事は狭いけど」

「確かに二人となると狭い……って、え?何?今なんて言ったの?」

「片付けても狭い?」

「いや部屋に対するディスりじゃなくてその前。二人分のなんて言った?」

「生活スペース?」

「聞き間違いじゃなかったのねー……一応確認するけど、どうゆうこと?」

「どうゆう事って?」

「住むの?ここに?」

「そのつもりだけど」

「いやいや。いやいやいやいや。いやいやいやいやいや。もうリアクションも底を尽きましたよ?住む?ここに?二人で?……ダメだよ!?」

「どうして?」

「どうしてってね。よーく考えてごらん。君はさっきから初志貫徹で主張を貫いてきてるけど俺に子どもなんていないの。ゆえにね?この法治国家の日本では俺が色んな法律に叩かれることになるわけね。それはもう優秀な国家公務員さんに引導を渡されるんだよ。俺も一人の社会人だから規範はきっちり守ってるしこれからも守ろうと思うからこれでもうお開きにしよう」

「よく分かんないけど私とパパは家族だから問題ないと思うよ?」


おうぅ。どうしよ。この子なんて頑固。

追い払うなんて事は物理的には出来るんだろうけどさ、それこそこの子がそれらしいアクション起こしたら一発アウトだよ?世間はオッサンより女の子に優しいからね。どうしたもんかねーホント。


遠回し過ぎるのが良くないのか?強めに言うのは得策じゃないから、いっそ事実と真実をこの子に提示するか?「俺は童貞だから子を成すプロセスを踏んでません」と……いや変態だわ完全に。なに会って間もない女の子に自分の悲しい戦歴を告知してんの。新種過ぎて全国の変態さんも引くんじゃないか?


とはいえ。このままじゃ埒が明かないし……この状況を打破出来るのなら一時の痴態を受け入れようか。変態レッテルはこの子に貼られる事になるやもしれないけど時間が解決してくれるさ。


「……よし分かった。君よく聞き給え。君は強く自分は俺の子だと主張してきたけど、それはない確固たる裏付けがあるんだ。これは事実であり真実。しっかりと受け入れてほしい。俺は……」

「なに?」

「俺は……!」

「こんにちわー。ピザーロでーす。ご注文のものお届けに参りました」

「童貞なんだーー!!!」

「……」

『……』

【……】

「えーっと……ピザ置いていきますね……代金は、あっこれですね。ありがとうございました~……」


……なるほどなるほど。そうかそうか。うんうん。


鍵をかけ忘れていた自分の非は認めよう。

でも勝手に人様の扉を開けるのはいただけないな。お店にはちゃんとマニュアルがあるのだと思うけど配達員だって人さ。色んな届け方する子もいると思うよ。お客様へのより良いサービスのためにもちゃんと指導はしないと。怒ってないよ?いや泣いてもいないよ?ただ、あくまでお客様に対する信頼と安心の話ってことだよ。


この子はこの子で今のにもさっきの俺の言葉にも特別動じてる様子はない。最近の子は頼もしいなー。少子化なんて言うけど将来は安泰かもね。うん。とりあえずピザでも食べよう。せっかくだから。

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