俺の愛するスマホがメタモルフォーゼして、女の子として世界の真理らしきものを語りはじめた

とかふな

第1章 朝起きると女の子がぐーすか隣で寝ていた

第1話 6月24日午前10時18分

 ある日、目が覚めると、女の子がぐーすか隣で寝ていた。

 年は、同じくらい。18、19、そんなとこ。


 え、

 何これ。

 俺ってこんなチャラ男でしたっけ。


 ドラマとか漫画とかで見たことあるやつだ。

 でも、現実でこんなことないと思ってた。


 誰だよ。こいつ。

 ゆっくりと考えを巡らす。

 昨晩何したっけ。


 確か、昨日は大学の講義が3限で終わって、食堂で友達とダベって、Twitter見て、Facebookでタロウが先週末の温泉旅行の写真あげてたから「いいね!」押して、そんで……普通に寝た気がする。

 どこにでも転がる童貞の日常がそこにあった。女の字は一文字も出てこない。我ながらつまんねー大学生活だ。


 すると。

 次の可能性は、この女が突然に紛れ込んできた、という可能性だ。

 ふむ、悪くない。

 どうせサークルの飲み会で飲みすぎて、前後不覚にでもなって部屋を間違えて入ってきてしまったんだろう。

 それだ。

 それしかない。


 よく見れば、可愛い顔をしている。

 照れ隠しをやめていうけど、正直めっちゃタイプだ。

 薄く染められたロングの髪もポイント高いし、ほどよくウェーブがかかっておしゃれな感じがある。眉毛は太くも細くもなく、柔らかくカーブして気の優しそうな印象で、鼻筋は小ぶりながらすっと通って、少し薄めの口がきゅっと閉じられて寝息を立てている。

 ぐうかわ。

 やべ、めっちゃ見ちゃった。

 変態だ。女性攻略スキルなんて微塵もないけれど、あわよくばこの子と仲良くなって、あーだのこーだの(自主規制)しようと思い始めていて、いや、脳って考え出すと止められないね、でも今見られたら童貞ゲス野郎のレッテル貼られてファーストステージで即死エンドだ。


 女の子はまだ目を覚まさない。

 どうやらセーフだ。


 まあ、こんな可愛い女の子だから、先輩の覚えめでたく、寵愛されて、酒もじゃぶりじゃぶり飲まされちゃったんだろうな、と推測、少し同情する。俺もそんな華やかな大学生活を夢見た時期はあったけれど、結局バイト、資格の勉強、時々大学の講義。それが俺の24時間だ。


 そういや、今何時?

 枕元に置いたはずの携帯を探す。

 

 が、ない。

 携帯がない。

 寝相が悪すぎて吹っ飛ばしたか?

 身に覚えがない嫌疑を自分にかけつつ、探すが見つからない。

 

 どこだよ、俺の携帯。

 もしや、女の子の肩の下じゃないだろうか。

 このすーすー寝息たててる子が俺の携帯を踏んづけている可能性、これあり。

 肩の下に手を滑り込ませて携帯を取るべきか、正面から女の子を起こして取るべきか。

 童貞には経験値がない。直感をたのむほかない。

 マクベス兄さんばりに逡巡したのち、後者を選択することとした。


「ご、ご、ご、ごめ、ごめん、ちょっとおきてくれませんか」

 

 超どもった。


 女の子は起きた。そして言った、

「6月24日。午前10時18分」


**


 シシオドシが響き終わった後のような静寂が俺の部屋に訪れた。嗚呼、枯山水。


「は?」

 当初の疑問が解消したにもかかわらず、俺の口から出てきたのは、間抜けな、ぽわっと驚く声だった。それもそのはず。見知らぬ女が隣に寝ていて、意を決して起こしたら、分単位で現在の時間を即答されて、すっと「ありがとう」が出せるものか。出せてたまるか。俺の「ありがとう」は、そんな軽くねーぞ。いや、それとも、卒業済みの諸氏はそうした芸当ができるものだろうか?それができないから俺は未だにドーテーの道程を動転しながら留年してんのか?


「今日は遅起きね」女の子がいった。

「え、あ、そ、そうかな。まあ、今日は講義午後からだし、、」


 っておい。

 なんで俺の起床時間知ってるんだ?

 お前はパーリナイ、酒あおって、ラリって、千鳥足で、ぷらぷらと、左右上下知らないけど、部屋間違えて、たまさかドアが開いてて、俺の家で寝落ちしちゃった闖入者ちんにゅうしゃでしょ?

 俺の起床生態を知っているのは、俺自身と実家のかあちゃんぐらいだ。平日朝早くも、休日あかつきを覚えず。それが俺のスタイル。高校時代は月金遅刻なしの皆勤賞を記録したが、土日は二度寝、三度寝お手の物だった。今日の講義は午後3時からの「経済学原論」。オワコンのマルクス先輩の話をBGMに、Facebookでも漁るお仕事だ。

遅起きだろうと、誰にも文句を言われる筋合いはない。


「えっとさ、俺のこと知ってるわけ?」

「ええ。中城リョータ、1997年10月10日生まれ、電話番号090-9421-XXXX、メールアドレス*********、LINE IDはRyo_N、アイコンは…」

「わかった、わかった、もういい」

 俺の個人情報がダダ漏れてるから、それくらいで勘弁してくれ。


 女の子はじっとこっちを見ている。

 なんだろう、これ。

 俺のこと超知ってて、家もわかって、夜のうちに中に入ってきて、ベッドに潜り込んで、おはよう、ってしてくる女の子。

 あー…

 そういうことか。

 これって、

 あれだよね。

 その…


 ストーカー、だよね。


 こちらを見つめるくりくりっとした目も、確かに可愛らしいが、今となっては軽く恐ろしい。背中に毛虫を放り込まれたように、悪寒が走る。

 胸に去来する恐懼きょうくをおさえつつ、おずおず聞いた。

「えっと、なんていうか、君は、俺のこと、その、つけたり…してるわけ?」

「ほへ?」女の子は、素っ頓狂すっとんきょうな返事をした。

「いや、だからさ、俗に言う、ス、ストーカーっていうかさ…」

「へ? なんでそうなるの?」

「いや、だって、俺の家入ってきてるし、勝手に寝てるし、俺のこと何やら詳しいし、その、いや、どう考えてもそうでしょ」

「リョータ、キミ、何言ってるかわかってる?」

 馴れ馴れしく呼ぶな。

「君こそ、わかってんのかよ」

「ちょっと、リョータ今日変だよ」

「そっちはいつも変なんじゃねーの?」

「は?」

「は?」

「だってさ」

「何だよ」

「わたし、アンタの携帯じゃん」

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