第七十二話「皇帝と法王の確執」

 王城を中心に広がるミッドガル城下街。

 城下街の名をミラドールという。

 港の方へと向かうと、塩の香とともに今日も多くの人々で賑わっていた。

 俺とドロシーは竜王城を後にすると、その足でドーガの誕生日プレゼントを探しに街へと繰り出したのだ。

 ドーガは剛腕の為、安物の槍だと簡単にへし折れる。

 彼が語る武勇伝は、相手の武器を奪っては戦うという話が多かった。

 そんな訳でミッドガル王国で、随一の名品ぞろいの武器屋と向かってる途中である。

 ドーガの喜ぶ顔が見たい。

 忠実に職務を全うするドーガに、俺はある種の尊敬の念を抱いていた。

 そう、ドーガは俺が持ってない人並み外れた我慢強さを持っているのだ。


「おっかしいなぁ……この大通りの先にあるってメアリーに聞いたんだけどなぁ……」

「お、王子、あそこじゃないですか!」


 ドロシーが指差した先に、それらしき店があった。

 ショーウィンドに武具が飾られている。

 あそこで間違いないだろう。


「おし、覗いてみるか」

「はい、なのです!」


 店が見つかったのはいいが、街の人々は、とある噂を囁き合っていた。

 噂を囁き合ってる者達は誰もが、深刻で不安げな表情を浮かべている。

 その噂は噂に留まらない事実で、既に俺達の耳にも報告されていた。


 二度目の召喚勇者称号授与式で『勇者』、『賢者』、『聖女』に選出された3名が失踪……いや、逃亡したのだ。

 その3名とは、桐野悠樹、一条春瑠、姫野茶々子である。

 それも、ミッドガル王国とは敵対している、ファリアス帝国の領内に逃げ込んだらしい。


 これはまさに、法王庁の大失態である。

 ミッドガル王国としても、邪神と相対する為の正義の使徒として、

 勇者の称号を授与したからだ。


 それなのにその3名が国王より授かったプレートを投げ捨てた挙句、他国に逃亡するなど目も当てられないお粗末な話である。

 と、伯父上が親父に不満をぶちまけていたらしい。


 だが、俺はそれはそれでいいと思った。

 彼らは俺と違い、理不尽この上なく強制的に、この時代に拉致されたようなもの。

 王国や法王庁に頼らず生きていく自信があるなら、その道を選ぶのも彼らの自由だろう。

 まぁ……それは、あくまでも俺、個人の考えなんだけどな……。

 そういや俺の未来って、もう変化してるのだろうか?

 未だにそれだけが、気がかりである。


 それとは別にミッドガル王国の一般の人々にとって、邪神降臨の噂などは眉唾な都市伝説でしかない。

 千年以上も昔の話だ。実感が湧かないのも当然である。

 なので、それで国民が不安がることは、今の段階では、ほぼない。

 だが、それとは別の理由で、国民は心に大きな不安に揺れていた。

 

「へい! いらっしゃい!」

「えっと、槍を見せてほしいですけど……」

 

 店主はムキムキの筋肉質の中年のおやじだ。

 にやりと俺を覗きみると、店主のヤレヤレとしたニュアンスが微妙に伝わってきた。

 それは俺が8歳の子どもだからだろう。


「坊主が使うのかい?」

「いえ、僕のじゃないです。知人の誕生日にプレゼントするんですよ」

「……なんだ、そう言うことかい。好きなのを選ぶといいぞ!」

「あのう……千匹ぐらいのゴブリンを叩き斬っても、刃こぼれ一つしない、頑丈なのありますか?」

「……ほう、ゴブリン千匹斬りっていやぁ、ドーガ殿の武勇伝のひとつだな。だが、そんなこと出来る奴は、そうはいねぇ……。これなんかどうだ? 安くしとくぜ?」


 素人目でも見てわかるような貧相な槍だった。

 あれこれと勧めてくれるが、どれもいま一つ。

 なーんか、面倒だ。

 そのドーガへのプレゼントだってことを伝えた。


「坊主……」

「はい?」


 店主が真剣な眼差しを向けてきた。

 そして、改まって、恐る恐る聞いてきた。


「もしや、あんた……ルーシェリア王子だなんて、言わねぇよな?」

「僕のこと?」

「そう、あんただ。ドーガ殿がシュトラウス家に雇われたって、もっぱらな噂だからな」


 俺の服装はいつもの魔法衣。

 レーザーで空いた穴はメアリーが、裁縫で綺麗に直してくれた。

 店主からしてみれば、ただの子どもに映っていたのだろう。

 わざわざ王子と名乗ることもないと思っていたのだが、明かした方が的確に良いモノを選んでくれそうだ。


「はい、僕はルーシェリアですよ」


 店主がへらっと脱力したような笑みを浮かべた。


「えっ……マジで? いやぁ~参ったなぁ……王子様に坊主なんて言っちまったよ」

「ああ、気にしないでください。それよりも飛びきりに良いモノを選んでもらえませんか?」

「お、おう、任しときな! ……じゃ、ねぇ……お任せください」

 

 俺がにっこり微笑むと、店主はほっとしたのか軽く息を吐いた。


「普通に話してもらっていいですよ」

「あはは、そう言っても貰えると助かる……いつもの調子が狂うってもんだ……これなんか、どうだ? ドワーフ族が叩いた、一品モノだ!」


 槍の穂先に斧刃、その反対側にも小さな刃が取り付けられている。

 槍と言うよりも、ハルバードだ。

 作成者の名も彫られていた。

 店主の話によると、六英雄の一人、ドワーフ族の酩酊のファーガスの子孫が鍛えた逸品らしい。

 それってかなりの業物なんじゃ?


 槍の柄には『グロービス』と彫られていた。


「これは凄いですよ王子! ミスリル製の上、魔法付与まで施されてます!」


 付与魔術に詳しいドロシーが言うのだ。

 間違いない、これは良いものだ。

 これに決めたぞ!

 誕生日プレゼントにしては奮発し過ぎちゃったかな?

 ここが過去の日本なら、この槍一本で一年間、寿司が食い放題だなぁと思った。

 でも、ま、いっか。

 毎日、頑張ってくれてるもんな。


「これに決めました!」

「ま、毎度あり!」


 売れたのに眉を下げ、何故だか残念そうな店主。

 いざ、手放すとなると、惜しいと感じたのだろう。


「ところで、王子様よ……話は変わるが、あの噂は本当なのかい?」


 店主が神妙な面持ちで振ってきた話題は、召喚勇者逃亡の件ではなかった。

 国民全体が不安に感じている。

 それは西のファリアス帝国が、急激に軍備拡大をしているからだ。


 伯父上のオースティン公爵も、その件で日々苛立ちを増している。

 ファリアス帝国との国境を守備するのは、伯父上の居城『フェリエール城』だからだ。

 かの魔神戦争終結時に、所領の大半を失ったとされる帝国ではあるが、かつての威光は未だ衰えていない。

 帝国の呼びかけ一つで、周囲の王国は帝国に恭順する可能性が大であるらしい。

 そうなると、ミッドガル王国は孤立無援に陥るかもしれない。

 ミッドガル王国は、反帝国を堂々と掲げている唯一の国家だからだ。

 そうなった起因は千年前の魔神戦争にあったらしいが詳しくは知らない。

 

 そもそも親父の話によると、戦争なんて些細なことが原因で勃発するケースが多いと言っていた――――

 それが領土的野心や資源の争奪戦なら落とし所が模索できる分、まだマシなほうらしい。


 だが、最悪なのが、死の商人達による武器市場開拓などらしい。

 そう言った彼らは莫大な資金と富に守られているようだ。

 いつの時代も虐げられるのは、下々の者達だと親父は嘆いていた。


 だが、幸いなことにミッドガル王国は武具の素材となる材料は、ドワーフ族の炭鉱から買い付け自国で生産している。

 それに、エイブラム国王は慈悲深い国王である。

 人柄に関しては俺も一目置いている。

 陰謀めいた戦争などは断じて起こり得ない。


 アリスティア教と、ネクロス教。

 法王と皇帝との千年の長きにわたる因縁。

 ネクロス教とはファリアス帝国が掲げる教えで、アリスティア教を廃止した後に掲げられたものだそうだ。


 これは宗教戦争というよりも、その根底には『レムリア』と『メガラニカ』の二大勢力の争いの影があると俺は睨んでいる。


 ネクロス教は邪神降臨を渇望しているらしい。

 それは『メガラニカ』を支持してる。

 つまるところ、科学文明を渇望していると思うのだ。

 それに彼らネクロス教徒からしてみれば、邪神は邪神ではなく神なのだ。

 

 つまり主観的な問題だ。

 でも、これならば何か打開策があるはずだ。

 価値観がぶつかり合ってるだけなのだから。

 一度、帝国とやらを見物に行った方がいいかもなぁ……。

 戦争になったら俺の超魔術が火を吹くだけだけだし。


 ふと、気が付くと店の窓から射し込む陽射しも、陰りをみせてきた。

 そろそろ帰るとするか。

 とりあえず店主に、お礼を伝え店を後にした。

 



 ◆◆◆



 

 館に戻ると、いつものように門前にはドーガいた。

 俺は苦労して運んできた重たいハルバードを彼に手渡す。

 

「いつもありがとう、ドーガ。僕からのプレゼントだよ」


 さすが剛腕のドーガだ。

 軽々と受け取った。

 そしてハルバードを見たドーガが驚いた。

 

「こ、これは……」

「ドワーフ族が作ったものらしいよ」


 ドーガはこの武器の価値を知っていた。

 騎士なら誰もが一度は手にしたい。

 誰もが憧れる。

 それが『グロービス製』の武器らしかった。


 感激したのか、ドーガが年甲斐もなく大粒の涙を目がしらに滲ませた。

 予想を遙かに超えたドーガの喜びで、俺も凄く嬉しい。

 しかも、このグロービス製の武器は流通が極めて少なく、金を積めば容易く手に入る代物でもないらしい。


 あの店主、ドーガのファンって言っていた。

 また、それとは別に俺の顔を立ててくれたのだろう。


 感謝しとかなくっちゃな。

 

 ドーガに誕生日プレゼントを手渡した俺は館へと戻る。

 ドロシーはクララが気になるらしく、急ぎ足で館の地下に戻った。

 俺も一休みしようと思い玄関を潜る。

 すると、誰よりも早く、ハリエットが駆けつけてきた。


 頬をぷくっと膨らまし、些か不機嫌そうだ。


「どうしたの? ハリエット?」

「それは、わたくしのセリフよっ! まさかと思いますけど、わたくしを差し置いてデートなんてこと、してないでしょうね?」


 ドロシーと二人っきりではあった。

 でも、今日は用事で出かけた感が強く、デートって感じは全くしなかった。

 ……って脳内で呟いてると、落ちついた口調でハリエットが、

 

「夕食まで少し時間があるけど、マリリンに魔術の手ほどきするの?」

「ううん、今日は少し疲れたんで、ベットでゴロゴロしようかと……」

「でしたら……一緒にゴロゴロしてもいいかしら? お話したいし」


 ハリエットは我が家に来て以来、いつも暇だと呟いていた。

 のんびりと会話を愉しもう。

 俺は快く了承した。

 彼女は、にまーっとした笑みを浮かべ「うんっ」と、明るく返事をした。

 とっても嬉しそうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る