第四十四話「思惑」

 俺とメアリーは、空を飛びながら考えていた。


 神殿で非がないとは言え、容赦なく召喚勇者達を惨殺したのだ。

 何かしら厳しい事も告げられると、ある程度は腹も括ってもいた。


 更に間の悪いことに、その場にはオースティン公爵まで居合わせていた。

 彼の顔を見た瞬間、これは皮肉の一つどころじゃ済まないだろうと少しは萎縮もしたものだった。


 そして王国と法王庁を巻き込んだ大事件の渦中の人物として、ヘンな形で祭り上げられることになるかもしれないと嫌な予感もし警戒を示した。


 それなのに……どうしてだろう?

 懐柔策にでもでたのか?


 明らかにこの国はオースティン公爵の力の方が、国王よりも絶大なる権力を掌握している。

 国王とオースティン公爵、俺の親父とオースティン公爵との仲が険悪なのも明らか。

 先日のフィルと郷田の決闘の際、オースティン公爵の長男のヴィンセントは、俺に対して宣戦布告のように、何かしらの攻撃をも飛ばしてもきた。


 ――――その攻撃で、メアリーとウルベルトの両名は恐慌状態に陥ったのだ。


「ルーシェ様? 何をお考えになってるんですか?」


 俺の耳元にメアリーが囁きかけてきた。


「ちょいと叔父上のことを考えてたんだよ」

「公爵様のことですね」

「うん……」


 オースティン公爵は俺の親父の兄で、王様の弟だ。

 三人兄弟なのだ。


 俺が知るオースティン公爵は、召喚勇者授与式で、遅刻してきた親父に怒鳴ったり、フィルが郷田に決闘を申し込んだときに、止めるどころか焚きつけたり、法王庁の司祭と裏で繋がって悪だくみを考えていそうだったり、とにかくマイナスなイメージしか俺は持ってない。


 その上、ミッドガル王国でも屈指の政治的発言力を持っている。

 だが、よくよく考えてみれば、俺はこの身体の過去の記憶を失ってる。

 それ以前のオースティン公爵を俺は知らない。


「伯父上ってどんな人物なのかい?」

「とても厳格な方ですね。そして誰よりもミッドガル王国の行く末を案じていらしゃる方だとも、お噂で聞いたことがあります」

「それって……メアリー? マジで言ってるの?」

「冗談ではございませんよ。真面目なお話です」


 メアリーの言葉とは言え、「はい、そうですか」とは、納得しがたい。

 百歩譲って伯父上に対し共感できそうなことは、あの豚公爵さながらの豚顔ぐらいだ。

 そこだけは前世の俺のようで、何となく憎めない気もする。


 とりあえずメアリーが知ってる限りのことを、話してくれるようなので、黙って聞くことにした。


 オースティン公爵は3男4女と7人の子息子女がいるらしい。

 現国王のエイブラハム国王の子息はフィリップ王子しかいない。

 その点、オースティン公爵は子宝には恵まれているようである。


 そしてもっとも驚いたのが、オースティン公爵は亡き王妃の息子ではなく、先王の妾の子であるらしい。


 なので実際には親父のアイザックとは、異母兄弟となるようだ。

 そんな訳で、オースティン公爵は、生まれながらの豚顔に妾の子であると言う事情により、幼少の頃から不遇な環境で育ったと言う。


 だからと言って、現国王とも親父とも幼少時代から仲が悪かったことはないらしい。

 むしろ、昔は兄弟三人仲良しであったと、俺の親父が昔話でメアリーに、そう語っていたようだ。


 そして、何よりもオースティン公爵は、三兄弟の中でも特に利発な子だったという。


 先王は崩御の際に、長男のエイブラムを国王とし、次男のオースティンに通貨発行権を委ねたらしい。

 つまり国家の骨子にもなりえる心臓部を先王は、オースティン公爵に託したらしい。

 生半可な信頼度ではない。


 ならば親父が軍権か? 

 日本にも三権分立のように権力を分散させ、互いを監視し合い抑止しうる制度がある。

 ちゃんと機能してるかは別の話としても。


 とも思ったが、親父には王侯貴族の暮らしっぷりは性に合わなかったらしい。

 日々冒険に明け暮れ、冒険者として知り合ったのが母のエミリーらしい。

 そんな親父はメアリーに「俺は王族としての自覚が足りない」と言って豪快に笑って話していたようだ。


 そしてオースティン・フェリエール・シュトラウスと言う名のミドルネームはオースティン公爵の居城のフェリエール城から由来してると聞いた。


 そのフェリエール城はミッドガル王城より西方に位置する軍事都市らしい。

 野蛮な隣国との国境に面しているため、重要な防衛線の要でもあるようだ。

 しかもオースティンの腹心のバーソロミュー・ヘルムート侯爵に軍権を委任したのはエイブラム国王自身だとも言う。

 つまり国王自身もオースティン公爵を信頼してるってことなのだろうか?


 俺はもしかしたら、この世界よりも圧倒的な科学力を持つ異世界の記憶を持ってるアドバンテージ(活かしきれてない)が無駄にある為、今生きてる世界を、無意識にも舐め切っていたのかもしれない。


 実は全て俺の誤解でした……ってオチ?

 だったとしても、オースティン公爵が、フィルと郷田の決闘を焚きつけたのは事実だ。

 その理由は、王位継承権第二位のオースティン公爵が、次期国王になりたいからじゃないのか?

 誰だってそう考えると思う。

 マンガやラノベにだって、王侯貴族と言ったらその手の陰謀説な話で溢れかえっている。


 それとも、俺自身が何か見落としているのだろうか?

 考えを巡らせた俺は、メアリーがどう答えるのかが気になったので尋ねてみた。


「もし、郷田との戦いで、フィルが死んだらどうなってたの? 国は繁栄どころか、乱れるんじゃないの?」

「その場合は、王位継承権第二位のオースティン公爵様が、時期国王になりますね」


 んなことは、わかってる……。

 俺が聞きたい返事はそこじゃない。

 なんつーかもっと心情的なことだ。

 一人でもやもやしてると、メアリーが俺の様子を見てクスッと微笑んだ。


「フィリップ王子が怪我することはあっても、命を落とすことはなかったと思いますよ」


 ――――え!? 何言ってるの?

 メアリーの言葉で、俺の脳内はますます大混乱だ。

 あの日、フィルの師匠のシャーロットが割り込まなければ、大惨事になりかねなかった。

 少なくとも俺はそう感じてた。

 その伝説の六英雄にシャーロットすら、間宮の介入で郷田に不覚を取りそうになっていたのだ。


 あの勝負、フィルが勝てるとも思えなければ、怪我だけで済めば儲けもののレベルの話である。


「ルーシェ様が止めなければ、ヴィンセント王子、ヴィンセント王子が止めなければ、国王陛下ご自身が止めに入ったと思います」


 メアリーには国王派とオースティン公爵派の微妙な距離感が、掴めてないのだろうか。


「メアリーにもう一度聞くけど、僕が止めなくても、本気でヴィンセント王子が止めに入るって思ってるの?」

「さあ、どうでしょう……ただ、事情はどうであれ、決闘を申し込んだのはフィリップ王子であるのも事実。ルーシェ様の方こそ決闘と言うものを軽く捉えていらしゃるのかもしれませんね」


 そりゃそうだろう。

 元日本人の俺には決闘とか言われても、少年漫画のような果たし状や、格ゲーの対戦ぐらいしか頭に浮かんでこない。

 もしや……これがこの世界と日本とでの常識の認識の差なのだろうか。


「メアリーには分かってましたよ?」

「へ? ……なにが?」

「ルーシェ様が、必ずや止めに入るだろうって!」


 そう言ってメアリーは、俺の顔を見た。

 あー、そう言う事ね。


「竜王様の城が見えてきましたよ!」


 明日には叔父上が言う報告書が届くかもしれない。

 毒物の調査の件もウルベルトが何かしらの事を掴んでくるかもしれない。


 とりあえず間宮の言葉の裏を取ろう。

 できれば、今回こそは竜王様にも是非、会ってみたいものだ。

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