第12話 エルヤー・ウズルス
フールーダと呼ばれていたマジックキャスターに言われるまま、イチゴウは闘技場の興行主の一人を尋ね、出場を志願した。
興行主はオスクという商人で、イチゴウが訪問すると、最初に乳液を勧めてきた。イチゴウは、現在美女の外見をしている。オスクが言うには、肌の手入れがされていないらしい。確かに、皮を奪ってから手入れなどしていない。イチゴウは言われた通りに乳液を買おうとしたが、財布はすでに空になっていた。
オスクは、頭髪を短く切った、腹の突き出た男だった。
「ああ……旅の路銀稼ぎで闘技場にってことか……確かに冒険者は帝国では稼げないって聞くが……肌の手入れさえちゃんとしていれば、娼館でも稼げそうだがな。闘技場に出て稼ぎたいってのなら、腕に覚えがあるんだろう。だけどなあ……マジックキャスターは闘技場じゃ不人気だ。その杖を見るに、マジックキャスターなんだろ?」
それに対して、イチゴウは答えた。
「フールーダという奴に言われて来たのだ。マジックキャスターは人気がないのか? 魔法を使わなくても、私は構わないが」
創造主により強化されたイチゴウは、レベル30相当のマジックキャスターのステータスを持っている。戦士職であれば、レベル10代中盤というところだろうか。
「本気か? 最近、武王の出番がなくて、命知らずな奴を探していたんだが……武王……知っているか?」
「知らないな」
「ちょっと待ってください。聞き捨てなりませんね」
イチゴウが答えた時、割り込んで来たのは、オスクという商人の武器を物色していた若い男だった。
「私は、なんども戦いを申し入れていますよ。どうして私との対戦を組んでくれないのですか?」
イチゴウは若い男を見た。鍛えた体つきをして、物腰は柔らかい。それ以上に、イチゴウには特に興味を引くことはなかった。
「私の力を示すことが目的なのだ。相手が誰でも構わない」
「わかった。本当に、武王でいいんだな? あまり、なぶり殺しにされるようだと、客が引くから困るぞ。では、次の闘技会に登録しておく。出場登録をしておけば、闘技場に選手だといえば、寝泊まりする場所と飯ぐらいは面倒見てくれるはずだ。特に武王が相手だといえば、同情しながら山ほど食わしてくれるさ。かなりの確率で、命日になるからな」
「ふむ……わかった」
「待ちなさい。私のことを無視するつもりですか」
イチゴウは無視した。男に用はなかったし、興味もなかった。
背を向ける。
男は舌打ちをして、鋭い声を発した。
「縮地」
イチゴウの進行方向に現れた。そのように見えた。その前に、男が縮地と言うのを聞いていた。
「今のは、どうやった?」
「ようやく、私の言うことを聞くつもりになりましたか」
「縮地と言ったな。魔法か? 位階は?」
「魔法ではありませんよ。武技です」
「……ほう。『武技』……それは、なんだ?」
「そんなことも知らないで、武王と戦おうというのですか? あなたより、私のほうが武王と戦うのにふさわしい。そう思うでしょう?」
男はなぜか、イチゴウを見下ろしてくる。
「武技とは、知っていれば使えるものなのか?」
「まさか。圧倒的な才能が必要ですとも。私のようにね」
「なるほど……才能はそれほど必要ないか?」
「耳が悪いのですか?」
男は、イチゴウの言うことにいちいち突っかかってくる。繊細な男なのだろうか。
「しかし、誰が武王と戦うのか、決めるのは私ではない。興行主に言うべきではないか?」
「何度も言いましたよ。いいでしょう。それほど言うなら、武王と戦う前に、私が相手をします。文句はありませんね」
近くにいたので当然話を聞いていた、興行主のオスクが口を開く。
「次の試合に武王を戦わせてやりたい。そっちの姉さんが、魔法を使わないで戦うって言っても、あんまり簡単に負けて、武王になぶりものにされても、人気に支障がでるしなぁ」
「それほど、私は弱くないぞ」
「魔法を使わないで? 私には、魔法を使用してくれて構いませんよ。あなたの若さでは、フライは使えないでしょうしね」
若い男が言った。イチゴウはうなずいた。
「フライは使えない。私は、フールーダに力を認めさせられれば、相手は誰でもいい。お前との戦いを受けよう。武王ともだ」
「……連戦かい? そんなに無理をしなくてもいいぜ」
「しかし、武王の相手が必要なのだろう? そっちの男ではダメな理由は?」
「簡単です。私に武王が負けるのが怖いです」
「ウズルス、お前の人気がないからだ。武王がお前を叩きのめすときには、いつもの奴隷のエルフも一緒だろう。武王に、あんな可哀想な奴らを殺させたくない」
「……ふん。こっちの女が、私と戦ったあと武王と戦うのだけの余力があるなんて、期待しないことですよ」
男は背を向けた。
店の外に、耳を切られたエルフたちが待っていた。イチゴウはその様子を見て、どうやらエルフは奴隷のようだと検討をつけた。奴隷を買うことができるというのは、新しい情報だ。アインズに報告しなければと考えたのだ。
「あいつは、エルヤー・ウズルス……剣の腕は確かだが、性格と人気は最悪だ。正直、武王でも苦戦するかもしれない。あんた、自信がありそうだが、大丈夫なのか?」
「負けんさ。至高なる御方のご尊名にかけてな」
イチゴウは本気だった。ただし、相手の実力を知ってのことではない。どんな相手でも勝つ。そう考えていただけだ。
「まあ……期待はしていないよ。戦いの結果しだいで、武王との連戦も考えよう。しかし……あの男、かなり強い。女にも容赦しないし、打ちのめした女をハーレムに加えたがる悪癖がある。気をつけるんだな」
「……ふむ。美味しくいただけるかもしれないか」
「楽しみですわ」
イチゴウの頭のなかで、シャリアと眷属たちがわしゃわしゃとわなないた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます