第10話 帝都アーウィンタール
イチゴウは、辺境の街コールタールを後にすることとした。
もともと、情報を得るために立ち寄った街であり、冒険者となって一定の情報を得たイチゴウにとって、これ以上滞在する必要はなくなっていた。
ただ、ナザリックの階層守護者シャルティア・ブラッドフォールンがヴァンパイアをイチゴウの配下となるべく送り込んでくれたが、騒ぎを起こした上にイチゴウに従おうとしなかったため、始末するために滞在を長引かせていたのだ。
当初、デミウルゴスから譲渡された羊の皮を被っていたが、至近距離で〈ファイヤーボール〉を使用したために燃え尽きてしまった。
人間に紛れて活動するために、羊の皮は必要である。イチゴウは、羊から新しい皮を用意する技術を持っていなかったため、代用としてコールタールの街の冒険者組合の受付嬢をしていたイベリアという女の皮を剥いで着ることにした。
現在では、イチゴウはなかなかの美女である。
コールタールを出る時に、見知った冒険者たちがうろうろとしていた。どうしたのか尋ねると、イチゴウという名の鉄級冒険者が行方不明だという。
自分の名を言われ、イチゴウはその冒険者たちは、スクリーミング・ウィップということを思い出した。
イチゴウの外見が冒険者組合の受付嬢であることもあり、イチゴウがどこに行ったのか知らないかと尋ねられた。
少し考えた後、イチゴウは帝都アーウィンタールに行くつもりだと聞いている、と答えた。
その後、イチゴウを呼び留める声がいくつか聞こえたが、イビレアという名前が自分のことだと思わなかったイチゴウは、無視してコールタールを出発した。
ナザリックを出る時に、様々な階層守護者が渡したくれた荷物はまだ持っていた。無くしたのは、デミウルゴスが渡したくれた羊の皮だけだ。シャルティアが送ってくれたシモベは、受け取り損ねた、ということになるだろう。
イチゴウは帝都アーウィンタールに向けて、てくてくと歩きだした。
どれぐらい時間がかかったのか、イチゴウにはわからない。
どれだけ歩いても疲労せず、昼も夜も関係なく歩き続けられる体に取って、この世界は比較的狭いのかもしれない。
気が付くと、イチゴウはアーウィンタールを目前にしていた。
高い壁に囲まれた都は、天に挑むかのような高い塔が見える。宮殿だけでなく、いくつも高い塔があるらしい。
塔、といえば魔女やマジックキャスターが閉じこもって魔法の研究をする定番の場所だ。
久しぶりに高揚した。自分が塔の支配者となって、魔法の研究をしたり、挑戦してくる勇者を追い返したり、こっそりと忍び寄る盗賊を後ろから脅かして追い返したりする。とても愉快な妄想に浸った。
頭の中では、シャリアがのんびりと食事をしている。自分の妄想が本当に自分の望みなのか、ひょっとしてシャリアの望みを覗き見ているのではないかと、時々不安になる。
「シャリア」
『なんです?』
「塔の支配者になりたいかい?」
『……それ、なんですか?』
意味がわからなかったらしい。シャリアは塔の支配者に憧れているわけではないらしい。イチゴウは安心した。塔を支配する夢を見ているのは、やはりイチゴウで間違いないのだ。
帝都アーウィンタールに到着する。
立派な門の前でいくつか質問を受けたが、首から下げた鉄のプレートと、あまりの荷物の少なさに、逃げ込んできた駆け出しの冒険者かと、同情を買いながら通してくれた。
潜入成功である。
帝都に入ったものの、まず何をするべきか迷った。
この世界について調査し、報告するのが任務である。冒険者として登録し、多くの情報をすでにナザリックに送ってある。ならば、今度はもっと、一般的には手に入りにくい情報を探すべきだろう。特に、魔法を習得するのはイチゴウの希望でもある。帝都には魔法を教えてくれる魔法学院があると聞いていた。
入学を勧めてくれた冒険者もいた。ワーカーだったかもしれない。ならば、魔法学院を目指すのもいいだろう。
考えた末、帝都について全く土地勘がなかったイチゴウは、とりあえず憧れの高い塔を目指して歩いていた。
「シャリア、起きているかい?」
しばらく穏やかな旅が続いたので、イチゴウの脳の空洞に住んでいる恐怖公の眷属シャリアは、まったりとくつろいでいるようだ。
『何かしら?』
あくびを噛み殺しているのがわかる。
「冒険者として得られる情報は、これ以上あまりないと思うのだ」
『そうなの?』
「ああ。街によって、冒険者としての常識が全く違うということもないだろうからね」
『あなたがそう言うなら、そうなのでしょうね』
シャリアは意思疎通ができる立派な魔物だが、正体はゴキブリである。人間世界の常識に理解があるはずがない。
「帝都には、魔法学園というものがあるらしい。そこに入学をしてみようと思う」
『まあ。イチゴウさん、学生になられるの?』
「変かな?」
『いいえ。素敵ですわね。恐怖公が以前読み聞かせてくれた物語に、魔法学校の出来損ないの魔女と、召喚された人間の物語がありました。きっと、楽しいですわね』
「……ほう。楽しむために行くわけではないが……召喚魔法を使えたほうがいいのだろうね。もっとも、私にはサモン・アンデッドがある。魔法学園に入学するのに、なんら支障はないだろう。人間を召喚しようが、スケルトンウォリアーを召喚しようが、大した違いはないだろうからね」
『そうですわね』
イチゴウの頭の中がくすぐったいのは、シャリアが楽しみで走り回っているからだと知れる。
「それで、シャリアに頼みがあるのだが……」
『なんですの?』
「魔法学園の位置を探ってくれないか? 人に聞いたところで問題はなかろうが、そのほうが早いような気がしてね」
『もちろん、お役に立てるならお安い御用ですけど……現在はどちらに向かっていらっしゃるの?』
「……私が将来支配することになるかもしれない、見事な塔があるのでね。そこに向かっている」
『……あらっ、そこに行ってどうなさるの?』
「理由などないな。塔があれば登ってみたくなる。それが、エルダーリッチというものだ」
『まあ、そうですの』
シャリアは納得したのだろう、大人しくなった。
しばらくして、イチゴウの耳の穴から何匹かシャリアの眷属が飛び立っていき、それを目撃した街の人々が硬直していたが、イチゴウには関係のないことである。
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