第5話 昇格試験
エルダーリッチのイチゴウが冒険者になってから、数日が経過していた。
まだシャリアの眷属が十分な数ではないため、皮の交換はしていない。
いつものように冒険者組合の掲示板を眺めていると、カウンターの受付嬢の方から声がかかった。
珍しいこともあるものだと思い、掲示板の依頼の1つを手にとってから行こうとしたとこを止められた。
「あ、今日は依頼の方は結構です。組合長から、そろそろ昇格試験の斡旋をするように言われていますので、今日は昇格試験のご紹介をします」
「昇格すると、何かいいことがありますか?」
「鉄級のほうが、銅級より報酬が高いですよ」
「お聞きしましょう」
イチゴウは素直に応じた。何日か銅級冒険者のとして活動し、かなりの雑用をこなしてきたが、いまだに金貨1枚にも届かない。マジックアイテムの1つも買うことができないでいる。
本拠地を帝都にしたところで、報酬があがるわけではないだろう。報酬があがるというのは、実にありがたいことだ。
受付嬢は昇格試験のことを教えてくれた。試験官である金級冒険者と一緒に、街道に出没するというレッサーヴァンパイアを討伐するというものだった。
イチゴウの知るレッサーヴァンパイアは、ヴァンパイアの下位種族だ。
人間がヴァンパイアによってモンスター化したものだが、血を求めて暴れるだけで知恵はなく、人間の時代より力が強いというだけで特殊能力もない。
ただ、レッサーヴァンパイアに血を吸われた者は同じようにレッサーヴァンパイアになる。際限なくレッサーヴァンパイアが増えていくので、戦闘力になる人間が皆無という小さな村では、全員がレッサーヴァンパイアになるということもあるだろう。
「レッサーヴァンパイアぐらいなら、私だけでもいいですよ」
「えっ? レッサーヴァンパイアのこと、知っています? 何度は最低でも30、中には何度45ぐらいのもいるらしいですよ。それに、あなたの試験も兼ねているんですから、一人で行ったら査定する人がいないじゃないですか」
「……なるほど」
納得はできなかったが、議論することが面倒だと感じたイチゴウは理解を示した。
「では、その金級の冒険者はどこです?」
「レッサーヴァンパイアの活動時間は夜ですから、夜にこっちに来ますよ」
そうだっただろうか。イチゴウは不思議に思ったが、この辺りのレッサーヴァンパイアは、昼間は動かないのだろうと勝手に解釈した。
「では、それまで仕事をしています」
「えっ? 準備とか、休憩とか、したほうがいいですよ」
レッサーヴァンパイアごときに、どうして警戒しているのかと言いたくなったが、どうも人間の常識とは違うようだと感じ、イチゴウは言葉を選んだ。
「……それでは、普段の実力を見られないでしょう。私の力不足で落ちるなら、仕方のないことです。せっかくの試験ですし、普段の力で見てもらいたいですから」
「……そうですか」
受付嬢は少しだけ不安そうな顔をしていた。イチゴウは気にせず、掲示板から銅級冒険者の向けの荷物運びを選び取った。
夜を待ち、イチゴウは金級冒険者スクリーミング・ウィップと名乗る四人とともに街を出た。
レッサーヴァンパイアが目撃されたのは、街道沿いで農業を営む一軒家だという。街道沿いでどうして一軒だけ家があるのかといえば、これから開拓村をつくる予定の場所だったらしい。村を作る前に、まず人が住んで安全であることをアピールしようとしたが、残念な結果になったわけだ。
冒険者の四人はイチゴウにとっては査察官でもあり、打ち解ける必要はなかったが、互いに命を預けるのだという認識があるためか、積極的に話しかけてきた。イチゴウには、そのような認識はまるでなかったため、適当にあしらうことにした。
「それは、武器かい? イチゴウさんは、マジックキャスターかな?」
目的地に向かって警戒しながら歩いていたが、その合間を縫って冒険者たちのリーダーと思われる男が訪ねてくる。イチゴウが持っているのは、エルダーリッチとしてのねじくれた杖だ。殴ることもできるが、どこにでもある杖だった。
「マジックキャスターですよ」
「なるほど、銅級で誰ともパーティーを組まない奴は珍しいけど、マジックキャスターならありかもね。第二位階ぐらい使えるのかい?」
イチゴウにとっては、いやな質問だ。モンスターとして初めから使えた魔法以外をまだ何も覚えていないので、イチゴウとしては使えない、と言いたいところなのだ。
「ええ……幾つかは」
だが、普通の人間がそうは思わないことは理解しており、結局微妙な言い方になった。
「そりゃ頼もしい。レッサーヴァンパイアが相手なら、信仰系が有効だと思うけどな」
「残念ですが、私は魔力系しか使えません」
「そうか。まあ、俺たちと一緒なら大丈夫だ。クラスが上がっても、鉄級冒険者ならそれほど危ない依頼もないはずだしね」
「そうですか」
「おっと、そろそろだな」
リーダーの指示で、冒険者たちのたちの動きが止まる。街道から少し外れた場所に、小屋のような木造建築物が見えてくる。
冒険者たちは松明を掲げている。
「イチゴウさん、〈暗視〉の魔法は使えるかい?」
一行のマジックキャスターらしき格好をした男が訪ねてくるが、イチゴウは首を振った。
「私は夜目が利きます。治めていません」
「夜目が利くっていっても、限度があるだろう。第一位階だし、覚えたほうがいいと思うよ」
「止めろ。いまはそんな問答をしている場合じゃない。現に、あの小屋でレッサーヴァンパイアが発見されているんだぞ」
リーダーに怒られ、軽装の男がしょんぼりと沈む。イチゴウはリーダーに話しかけた。
「モンスターですかね? それとも、あの家の住人が、ヴァンパイアに襲われた結果でしょうか?」
「それが、重要か?」
イチゴウは冒険者たちを見回した。基本的な知識が不足しているのだろうか。
「ただのモンスターであれば、たまたま住み着いたんでしょう。あの家の住人が変化したのであれば、変化させた者がいるはずです。レッサーヴァンパイアの上位種、ヴァンパイアがいるのではないですか?」
金級の冒険者たちが顔を見交わした。
「おい、そうなのか?」
「だが、事前に冒険者組合が調査しているはずだ」
「冒険者組合の調査が完璧だと思うな。そいつらに完璧な調査ができるなら、冒険者の死者が出るはずがない」
「ヴァンパイアは、白金級です。もしいたら、俺たちの手には余ります」
話し合いは長く続いたが、結論が出たのか、リーダーがイチゴウに言った。
「……わかった。イチゴウさん、俺の指示に従ってくれ。中に突入して、いたのがただのレッサーヴァンパイアだったら、魔法職として援護、ヴァンパイアが出てきたら、撤退だ。そのときは、自分の身の安全を優先しろ。俺たちは自分で逃げられる。心配はしなくていい」
「わかりました」
街道からやや離れた位置で、一見何の変哲もない民家が、妙に恐ろしげに見えているのだろうと、イチゴウは勝手に想像した。
もちろん、イチゴウの目にはごく普通の民家である。中で生活しているのがヴァンパイアであったとしても、それは変わらない。
イチゴウはマジックキャスターと認識されたため、後衛である。金級冒険者たちに隠れるように続き、民家の敷地を超える。
リーダーが足を止め、盗賊と思われる男に指だけで指示を出した。
盗賊が緊張した面持ちで母屋に向かう。この家にあるのは、母屋のほかに家畜を飼育していると思われる厩舎と納屋である。
金級冒険者の構成は、リーダーは戦士系だ。その他には盗賊、マジックキャスターの他、おそらく戦士系と思われる男がもう一人いる。
バランスが悪くないのかどうか、イチゴウにはわからない。バランスがいいのであれば、単純に実力不足で金級なのだろう。もし、ヴァンパイアがいたら、何人か死ぬだろうなと思いながら、イチゴウも静かに待った。
明かりは消していた。ヴァンパイアであれば、知恵のあるモンスターだ。先に発見されると全滅もあり得るとの、リーダーの判断だった。
盗賊が母屋にたどり着く。
耳を扉に当ててから、しばらく待ち、扉を開ける。人間たちには見えていないだろうが、イチゴウにはそのすべての動きがはっきりと見えていた。
盗賊が手招いていた。真っ先に動き出したのはイチゴウだった。
「本当に、夜目が利くんだな」
リーダーが感心したように言うと、イチゴウに並んだ。本来の隊列に戻る。戦士職の二人が前に出て、信仰系マジックキャスターがイチゴウに並ぶ。
「くれぐれも、無理はしないでください。この仕事で活躍できなくても、生きて帰れれば昇格は約束されています」
隣に並んだ魔法使いが囁く。
「それは、言っていいことなのですか?」
「変に力まれて、死ぬようなことは避けたいので」
「なるほど」
つまりは、自分たちの身も危なくなることを心配したのだろう。当然の不安でもある。
盗賊が入っていった扉にたどり着く。
信仰系魔法使いの男は、スタッフをかまえた。魔力増強の効果でもあるのだろうか。イチゴウは特に警戒するでもなく後に続く。
「いたか?」
リーダーの問いに、盗賊は首を振る。
「暗いので痕跡はわかりませんが、血の臭いがします。確実にいますよ。この下に、食料を貯蔵する倉庫があるようです。いるのなら、そこだと思いますがね」
「罠かもしれんぞ」
「レッサーヴァンパイアにそんな知恵はないでしょう。罠を張るような相手なら、全滅ではないですか?」
イチゴウがぼんやりと言うと、何故か全員の視線がイチゴウに向いた。
「詳しいな」
普通は知らないことなのだろうか。イチゴウは、『真相』、と呼ばれる恐るべきヴァンパイアを知っているため、つい言ってしまった。取り繕う必要があるだろう。
「知り合いが……」
取り繕えなかった。
「そうか。ご冥福をお祈りする」
「辛かっただろうな。珍しいことではないとはいえ」
冒険者たちは次々に慰めてくれる。
かなり誤解があるようだが、ここで訂正するのも面倒だったので、恭しく頭をさげることにした。
既に日が落ちており、周囲が闇に包まれているため、外に出ている可能性も高いが、塒があるだろう地下の倉庫を優先しようというのが、リーダーの判断だった。
イチゴウはどうして地下が塒だと判断したのかが不思議だったが、誰も異論を挟まなかったので、自分の知らない常識があるだろうと口は閉じていた。何しろ、この場にいる全員が大先輩なのだ。
単純に言い合いが面倒だったのも、間違いなくあるが、当然そうは言わない。
盗賊がやはり先頭に立ち、地下倉庫へ入る扉を探す。
扉に鎖が巻かれ、大きな南京錠に似た鍵が下がった扉の前で、盗賊がふりかえる。
「この先が、貯蔵庫だと思う。随分、厳重に封印がされている」
「ちょっと待て。誰が封印したんだ? レッサーヴァンパイアを閉じ込めた奴がいるということだろう?」
リーダーの発した当然の問いに、盗賊が答える。
「まあ、こんな厳重に封印してあるんだから、この先にいるのはレッサーヴァンパイアだろう。たぶん……冒険者組合が先行して、封印しておいたんじゃないか?」
そこまでするなら、冒険者組合の調査員が始末すればいいだろう。あまりにも不自然な推測だと思ったが、冒険者組合の規則に縛られた頭では、それが普通だと感じるのだろうか。
「そうだな。しかし、これだけ厳重なら、この中の連中が外に出ることはないだろう。他の部屋を探して、貯蔵庫は最後にしよう」
「了解。どうします? この家、全員で固まって探すには広いぜ」
「そうだな……二手に分かれよう。油断はできないが、貯蔵庫以外にいる確率は低いと考えていいだろう」
リーダーは、レッサーヴァンパイアに対して強い対抗手段を持つ信仰系マジックキャスターと盗賊を組ませ、自分は戦士系の男と対になった。イチゴウをどちらに分けようかと相談をはじめた一同に、イチゴウは告げる。
「私は、この扉を見張っていましょう。夜がふければ、より活発になるでしょうから」
「一人でか。危険だぞ」
「それは皆さんも同じでしょう」
「わかった。異常があれば、すぐに声を出せ」
リーダーはイチゴウの肩を叩いた。
冒険者たちが二手に分かれる。イチゴウは、封じられた扉の前に残された。
真っ暗でもイチゴウの目には昼間と同じように見える。太い鎖と錠前に守られた扉の前で、イチゴウは口を開く。
「シャリア、これをやったのは誰だと思う?」
「あの冒険者たちが言っていたこと、あなたは信用していないのね」
イチゴウの頭の中で声が響く。ナザリックの恐怖公、五大最悪と呼ばれる生粋の貴族から託された眷属に話しかける。
「当然だと思うね。むしろ、あんな考え方の連中がまだ生きているほうが不思議だ」
「では、あなたのお考えは?」
「それをシャリアに尋ねたのだが……この家の荒れ方を見ても、レッサーヴァンパイアになったのは家の者だろう。それも、つい最近……つまり、レッサーヴァンパイアを従える存在、ヴァンパイア以上の存在がこれをしたのは間違いない。この貯蔵庫から出られないようにしたのは……不用意にシモべを作成して、いらなくなったから置いていった、というとこだろうな。従われても迷惑だったんだろう。そんな考えが浅いヴァンパイアということは……」
「シャルティア様ね」
「いや……それは……さすがに……私の口からは……違うと思う」
「どうされたの? なんだか、動揺しているみたい」
「シャルティア様は、シャリアの上司だろう」
「ああ……心配はいらないわ。シャルティア様には、まるで私達が見えないみたいなの。恐怖公様の部屋に来たこともないし、挨拶をしても見なかったみたいに素通りされるわ」
それは、イチゴウにとって意外な告白だった。
「それは、辛いだろうな」
無視される、という痛みは、ナザリックの者であれば、嫌というほど味わっている。
イチゴウは幸いにも自らの創造者がおり、名前をつけてもらったばかりでなく、このような十分な準備までして貰った上で、極めて重要な任務を与えられている。
自分の存在の証明とも言うべきことを、シャリアは何も持たないのだ。
「気にしないわ。私にはあなたがいるし、あなたの中は、とっても快適なのよ」
「それは一度、私も入ってみるかな」
「あら、自分の中に入れるの?」
「いや、それは無理だな」
シャリアは、自分の境遇を本当に気にしていないようだった。
イチゴウは自分の恵まれた立場を思い返し、アインズへの忠誠を誓い直すと共に、シャリアを大切にしようと心に誓った。
「話を戻すが、シャルティア様が直接いらっしゃったということはないだろう。真相であるシャルティア様に血を吸われたら、レッサーヴァンパイアではなく、ヴァンパイアになるだろう」
「それもそうね。でも、お腹が空いて……は無さそうね」
アインズが、腹をすかせたシャルティアを放り出すとは思えない。イチゴウは頷いて、自分の考えを告げた。
「シャルティア様は、私にシモべを下さるはずだったが、調整が間に合わなかったので、後から追わせると仰った。何のことか分からなかったが、ヴァンパイアにした奴に問題があったのだろう。多分、この家の人間をレッサーヴァンパイアにしたのは、そのシモべだろうね。モンスター化して、閉じ込めて放り出すあたり、結局調整とやらは上手くいかなかったのだろうな」
それなら、突然街道沿いの民家にレッサーヴァンパイアが現れたことにも納得できる。
イチゴウとシャリアはのんびりと話していたが、目の前の扉は穏やかではない状況になりつつあった。
扉から、うめき声のような、重苦しい声が聞こえている。どんどんと扉を叩く振動がする。扉を揺らす圧力があり、鎖が擦れる音がしている。
「じゃあ、やっぱり私が言ったとおりではないの?」
もちろんシャリアの声に緊張感はない。
「シャルティア様が原因だということなら、そうかもしれないね。でも、シャルティア様は最近大きな失敗をしたばかりだったらしい。傷口に塩をすり込むこともない」
シャルティアがどんな失敗をしたか。洗脳されてアインズに戦いを挑んだのである。取り返しのつかない失態に思えるが、アインズは罪を与えることもしなかったという。
自分が同じことをすれば、直ちに消滅させられる。それが、シャルティアとイチゴウの決定的な差である。
「だんだん騒々しくなってくるな」
「空腹なのでしょうね。でも、レッサーヴァンパイアもアンドッドよ」
つまり、食料は必要ない。
「飢えというより、乾きかな。血を求めているのだろう。新鮮な血が近くにあると、感づいているのさ」
「まあ、怖い」
「シャリアの体液に反応したのではないと思うよ」
「ああ、よかった」
「中に何人いるか、わかるかい?」
イチゴウは、探知系の魔法は一切使用できない。シャリアが使えるかといえば、ゴキブリである。魔法は一切つかえない。
だが、シャリアには種族としての能力がある。シャリア自身に力はない。シャリアの力は、群れてこその力である。
「私の眷属なら、500匹はいるわね」
「それはいい。で、レッサーヴァンパイアの数は?」
「お待ちになって。交信してみる」
シャリアが、イチゴウの頭の中で触覚を振り回している感触がこそばゆい。
しばらくして、シャリアが答えた。
「6人ね。二人は子供だわ」
「……ふむ。なら、この扉が破壊されるのも時間の問題か。あの冒険者たちには荷が重いだろうが……中にシャルティア様のシモべの手かがりがあるなら、私が倒して手がかりを探したいところだがね。しかし、そんなものを探すより、レッサーヴァンパイアの騒ぎが起きている場所を潰していくほうが簡単だな」
「どうするの?」
「普通にやるとしよう。昇格試験なのだから、まずは昇格することを最優先だ。冒険者たちのうち、何人かは死んでもいいが、全滅すると私が鉄級の冒険者にふさわしいと証言してくれる人間がいなくなる。冒険者たちが危ない時は、シャリアの眷属にも手伝ってもらおう」
「承知しました。でも、500では少ないわね」
ナザリックの一画、ブラックカプセルと呼称される領域には、万を超える眷属がいるという。
「なに、直接の戦闘力として期待しているわけではないのだ。やりようはあるよ」
「では、そのときは指示をお願い」
「ああ。では、そろそろ呼ぶとしよう」
イチゴウは声を張り上げ、扉が破られそうであると告げる。
一階と二階の二手に分かれて慎重に捜索していた金級冒険者スクリーミング・ウィップの四人が、駆け足で戻ってきた。
「こっちは異常なしです。リーダー」
「ああ。俺たちも、なににも出会わなかった。やはり、全てこの扉の奥か……」
冒険者たちのリーダーが、今にも壊れそうになっている扉を睨む。
南京錠に似た巨大な錠前が無事でも、巻かれた鎖がいかに丈夫でも、蝶番が外れればいつでも扉は壊れるだろう。
鳴り響くうめき声と扉を打つ騒音に、冒険者たちはいずも青い顔をしている。
「一体ですかね?」
戦士系の男が、手にした剣を握りながらたずねる。
「いや。この音からすると、二体……ひょっとして、三体かもしれない。手強いな」
リーダーの言葉に、イチゴウはどうしたものかと思案する。三体で手強いと言われてしまうと、実際には六体いるとは言い出しにくい。
扉の封印をさらに厳重にして帰還しようと言い出しても不思議はないのだ。その場合、昇格試験も延期ということになりそうだ。
それは、いろいろな意味で避けたいが、イチゴウが前面に出てレッサーヴァンパイアを倒すのも、評判が立ちそうで面白くない。イチゴウは有名にはなりたくなかった。アインズからの指令は、あくまでも情報の収集である。
有名になれば、イチゴウがアンデッドであることもいずれ知られてしまうだろう。少なくとも、この街にいられるのは現在被っている羊の皮、という名称の人間そっくりの皮がまだ新しい状態の間だけだ。皮が痛んだら、別の街に移動しなくてはならない。
別にそれでもいい。ただし、冒険者のランクは上げておきたいし、この街にいる間にあたらしい皮は入手しておきたい。
散々考えたが、結論が出ず、結局冒険者たちが勝手に決めるのをながめているしかなかった。
金級冒険者のリーダーは、引きつった顔で結論を出した。
「よし、開けよう。このままだと、扉が壊されるだけだしな。何体いようが、食い止めるだけならできるだろう。その隙に、信仰系魔法で破壊しろ。もし、手に負えないようなら、押し込んで再び扉を閉ざして、もっと厳重に封印する。その役は、イチゴウさん、頼む」
「それでいいのなら」
イチゴウに対して、リーダーは頷いた。
リーダーの指示で盗賊が錠前の解除にかかる。ものは大きく頑丈だが、鍵としては複雑なものではない。人間にとっては暗闇だろうが、盗賊は躊躇なく錠前にとりかかり、しばらくして開錠に成功する。
その後、鎖を解こうとして、冒険者たちが固まる。
扉の蝶番が弾けとび、扉が壁から外れたのだ。
「下がれ!」
リーダーが叫び、自らも後退する。盗賊が横とびに飛んだ。
扉だったものがただの木の板に変わった瞬間、レッサーヴァンパイアの群れが現れた。
見た目は人間だった。ただ、目が血走り、唇を突き破るように牙が突出している。肌は死人のように変色し、指から伸びた爪は鉤爪のように長く伸びている。
まだ、レッサーヴァンパイアとなったばかりなのだろう。時間が経過すれば、人間だった頃の面影は無くなってくるはずだ。その後、経験を重ねればヴァンパイアに進化する。
「多いぞ」
「分かっている! 押し込め!」
リーダーと戦士職の男が武器を持って突進し、信仰系マジックキャスターが魔法の詠唱を行う。
盗賊が懐から細長い棒を取り出し、2つに折ると、眩い明かりが灯る。
「マジックアイテムですか?」
驚いたイチゴウが尋ねるが、答えは短かった。
「閃光棒、使い捨ての割には高価だが、松明と違って効果時間まで消える心配がない」
「……ほう」
イチゴウは感心したが、イチゴウの感心をよそに戦局は変わっていく。
信仰系マジックキャスターの魔法が完成し、レッサーヴァンパイアの一人が揺らぐ。リーダーが追い打ちをかけた。弱い魔法だ。信仰系マジックキャスターの力は、第二位階魔法を覚え始めたばかりというところだろう。それでも、イチゴウには使えない。とても羨ましく思う。
「いいぞ! 続けろ!」
リーダーの声を、盗賊の絶叫がかき消す。
「危ない! 足元!」
「……なっ!」
リーダーの足に、小さな影が噛み付いていた。子供のレッサーヴァンパイアだ。
子供だった人間が変化した姿だ。リーダーの鎧は全身を隙間無く覆うものではない。ふくらはぎ側は守りにくい。その、膝の裏に、小さな牙が深く食い込んでいた。
「下がってください! 早く治療を!」
戦士が叫ぶが、リーダーは退かなかった。
レッサーヴァンパイアに噛まれると、噛まれた者もレッサーヴァンパイアに変化する。防ぐには信仰系の魔法による治癒が必要で、手遅れになればその魔法も効かない。
少なくとも、人間がそういう認識でいることをイチゴウは道中で聞いていた。
だが、リーダーが下がれば戦線を維持できず、全滅する可能性が一気に高まる。それゆえ、下がることができないのだ。
「詰んだな」
イチゴウはぼそりと言った。冒険者たちはリーダーを助けようとするだろう。助かろうが手遅れになろうが、それがきっかけで全滅するだろう。レッサーヴァンパイア六体は、金級冒険者が挑むには高すぎた壁のようだ。
「やるのね?」
頭の中でシャリアが尋ねる。
「仕方ない。彼らが全滅して、私だけ生き残っては、後々気まずいだろうしな」
イチゴウは大きく踏み出すと、金級冒険者のリーダーの背後に立った。
手を伸ばし、首の裏をつかむと、投げるように後ろに追いやった。
エルダーリッチはモンスターの中でも魔法系のため、力は強くない。だが、アインズのスキルでの強化がされており、人間種の力持ち程度の力は発揮できる。
「な、なんだ?」
驚いたのは冒険者全員で同時だったが、尋ねたのは当のリーダーだった。
「治療をしなさい。少しぐらいなら、食い止めます」
「寄せ! あんたが死ぬぞ!」
「いえ……大丈夫です。多分、イチゴウさんなら」
信仰系マジックキャスターは何かを感じ取ったのか、あるいはリーダーを説き伏せるためか、イチゴウを高く評価した。
イチゴウが戦士に並ぶ。レッサーヴァンパイアの興味は、イチゴウに全く向かず、戦士に集中しつつあった。
「シャリア、小さいのを抑えてくれ。少しの間でいい」
「分かりました」
イチゴウが、ねじくれた杖を掲げる。
魔法を発動させた。
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