冬⑤

 登校して一時限目の授業の支度をしていると、突然黒い影が私の机の上にできた。そのままいつも通り通過して行くんだろうなあ、と思ったらその黒い影はそのまま止まっている。なんでだろうと思って顔を上げると、何か言いたげにこちらを見ている奴と目が合った。

「言いたいことがあるなら言えば?」

「昨日は悪かったっ!」

 突然の大声に。ざわついていた教室が一気に静かになる。皆の視線の中心にいるのは、ポカンとする私と、そんな私に頭を下げている奴だ。

「その……昨日は急いでて――」

「え、なに、熱ある?」

「は? あ、ちょっ」

 他の人に対してならともかく、奴が私に対して謝るだなんて信じられない。少し心配になり、立ち上がって奴の額に右手を、自分の額に左手を置く。うん、同じくらいの温度。熱はない。いや、奴の頬は微かに赤い。あれ、ほのかに右手が温かくなってきた気がする。それに、少し震えてる?

「大丈夫? 熱あるなら保健室に――」

「へ・い・ね・つ・だっ!」

 パシッと右手を払われる。

「ちょっと! 心配してるのにそれはないでしょ!?」

「心配されるようなことになってねーんだからいいだろ!?」

 その言い方に、苛立つ。

「ああ、そう! じゃあ昨日のこと許してあげない!」

「はあ? 昨日のあれと、今のこれじゃあ全然違うだろ!?」

「へー? そんなこと言うんだあ? か弱い女の子に怪我させといて。ふーん」

「か弱いって誰のこと――って、怪我?」

 奴の目が見開かれる。どうやら私が怪我をしたことに気が付いていなかったらしい。自分からアピールしてしまったようで、なんとなく気まずい。

「それって、昨日俺が振り飛ばしたからだよな」

「まあ、そうだけど……」

 誤魔化すことではないので素直に頷く。

「ごめん……」

 また頭を下げられる。いや、だからなんでそんなに素直なの。

「本当に熱あるんじゃないの、あんた」

「お前なあ。人が真面目に謝ってんのに――」

「真面目に謝るんならちゃんと勉強一緒にやろうか」

「そうだぞー。相葉、お前昨日片桐との約束破ったんだって?」

「それは――って鈴村!?」

 私たちは突然間に入ってきた声に驚いて視線をそちらに向けた。そこには鈴村先生が笑顔で立っていた。

「相葉ー。鈴村先生、だろ?」

「せんせー……」

「もうSHR始まるから、席着け」

 私たちは渋々席に着く。先生が教卓へ向かう。

「告げ口かよ」

 ポツリ。横から呟きが聞こえる。SHRを進める先生の話を聞きながら、私は奴を睨む。

「しょうがないでしょ。昨日のあれで足捻って保健室に行ったら、事情を説明させられたんだから」

「それで、保健のせんせーから鈴村に伝わったのかよ」

「伝わってほしくないなら、大人しく一緒に勉強しなさいよ」

「ぜってーやだ」

 隣から舌打ちの音がする。それに対して私も舌打ちを返す。

「こらそこー。ちゃんと話を聞けー」

 先生の注意と同時に、周りでクスクスと笑い声が聞こえてくる。私たちは思いっきり顔をそらし合った。

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