秋③
二人が入って早々中から悲鳴やら、転んだような音やらがする。果たして加藤も灯香先輩も無傷なのだろうか。少し、不安になってくる。
「なんか、賑やかだね」
「はい……え」
すぐ近くから声がする。腕に温もり。そこでやっと自分が鳴海先輩の腕を握ったままなことに気が付いた。慌てて腕を離すと、上から笑い声が降ってくる。
「ごめんなさい、勝手にしがみついちゃって」
「ううん、大丈夫。女の子にしがみつかれるなんて、ちょっと得したって感じ?」
「えーと?」
なんというか、やっぱり慣れていらっしゃる。
「でも、あれでしょ。君、加藤君のこと好きなんでしょ」
「え」
驚いて見上げると、鳴海先輩と目が合う。そのグレーの目は、どこか懐かしむような色をしている。
「長谷川さんと話してるのを見るたびにイライラしてるのが分かったから。妬きもち妬いてるんだなあって」
「そんなに私、わかりやすいですか」
ちゃんと話したのが初めての相手にさえばれているとすると、私はだいぶ分かりやすいんじゃないか。そうするとこれまで必死にいろんな感情を抑えようとしていた意味がないんじゃないか。そんなことを考えていると、うーん、と鳴海先輩が微妙な笑みを浮かべる。
「俺はそれなりに人の感情には敏いほうだからなあ……。でも、うーん……。わかりやすいと言えばわかりやすいんだけど、加藤君、とてつもなく鈍そうだし」
「あ、やっぱり思います?」
私の返しに鳴海先輩は吹き出す。
「その言い方は、その鈍さにだいぶいろんなものがたまってるみたいだね。いいよ、吐き出して。聞いてあげる」
「え。ここで、ですか?」
流石にこんなに人目のある所で吐き出すわけにはいかない。いつ二人が戻ってくるかもわからないのに。
「嫌だ?」
「はい……」
「じゃあ、お化け屋敷の中でゆっくり話そうか」
それは、お化け屋敷の使用方法として間違えている気がしてる。でも、下手に吐き出したら加藤のことを誤解されるような気がして誰にも言えなかったこのぐちゃぐちゃした感情を聞いてくれるのはありがたかった。きっと鳴海先輩になら吐きだしても大丈夫だと思えたのは、なんとなく、この人は誰かの言葉だけで他の誰かをこういう性格だ、というように決めつけてしまう人ではないと感じたからだと思う。
「そういえば、いいの? あの二人をくっつけようとして」
顔は笑っているが、声にはどことなく案じてくれているような温かさがある。
「いいんです。あいつの恋愛に協力するのはいつものことですから」
「いつもってどのくらい?」
「幼稚園の頃からだから……もう十年くらい、ですね」
言いながら、ああ、長いこといろんな思いを募らせているんだな、なんてどこか他人事のように思う。
「幼馴染なんだ」
「はい」
「なるほど、ね」
なにがなるほどなんだろう。それを問おうとしたとき、すごい勢いで教室から二人が出てきた。勢いが良すぎてステーンッと豪快に加藤は転ぶ。隣で息を切らしていた灯香先輩が目を丸くして驚いている。
「ちょっと、加藤大丈夫?」
思わず駆け寄ろうとして、グイッと逆の方向に手を引かれる。驚いて振り向くと、私の右手を鳴海先輩が握っていた。
「せ、せんぱ――」
「加藤君には長谷川さんがついてるから、大丈夫だよ」
「え、あの――」
「だから、お化け屋敷、入ろうか?」
そのまま先輩に引っ張られるようにして、私はお化け屋敷に入った。後ろは、振り向けなかった。
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