第三話 秋~前林菜摘と加藤明の場合~
秋①
ざわざわとした人の賑わい。至るところに装飾が施されて普段とは違う景色の校内。外からはどこか煙のような匂いが含まれている風。年に一度の文化祭。高校生活初めての文化祭を私は今、先輩二人と幼馴染一人の合計四人で回っている。
事の始まりは数か月前。幼馴染の
「
自分よりも背が高いくせに、大きな瞳を上目遣いにして私を見てくる。こうやって訊いてくるときは、だいたい内容は決まっている。
「場所、移動するでしょ?」
「う、うん……」
私は立ち上がり、教室を出る。後ろから加藤がついてくるのを感じるながらしばらく歩いて、空き教室の中に入る。加藤が入ったのを確認すると、私は鍵を閉めた。
「で、今回はなに?」
「うん、ええっと……」
恥ずかしがるように、頬を染める加藤に、私の苛立ちは募っていく。それを必死で抑えている私に気づいていないようで、加藤は頬を掻いている。
「あの、さ。
これで何度目なんだろう。加藤にこういった協力を求められるのは。思えば幼稚園くらいの頃から、いつもいつも加藤の恋愛に協力している。なんで協力しているんだろう。そう思ったことは何度もある。協力するたびに、自分が傷つくことは分かりきっているのに。でも、こうやって協力することで、幼馴染としての自分を必要としてくれるのが嬉しいのだ。だけど同時に自分以外の誰かを思って顔を緩める彼を見るのが辛くて、それを見るたびに苛立つ自分が嫌で。
ごちゃごちゃしたこの感情に名前を付けず、ただただ抑ええている私のことなんて知りもしない幼馴染の顔を、私は見上げる。
「別にいいけども、途中まで三人で回って、途中からさりげなく消えればいい?」
「消えるって、そんな言い方……」
無意識のうちに冷たい言い方になっていたようだ。私は微笑みを作る。
「ごめんごめん。とりあえず、それとなーく二人をいい感じにして、途中からは影から覗き見することにするよ」
うしし、と笑うと、加藤がホッと息を吐いたのがわかる。
「よかった、いつものなっちゃんだ……」
ゆるっとした笑顔を浮かべる加藤。気が緩んだのか、数年前まで呼ばれていた呼び名で私を呼ぶ。突然のことに胸が鳴る。
「なっちゃんはやめてって何度も言ってるんだけど?」
ああ、また冷たい言葉になってる。自分が傷つかないようにするためとはいえ、なんでこんなにうまく言い方をコントロールできないのか。
「ご、ごめん。怒った……?」
ほら、あっと言う間に加藤の表情が硬くなる。
「怒ってないよ。とりあえず、今日の部活で
「あ、ありがとう!」
嬉しそうに笑う加藤。どこか強張っているように見えるその笑みは、きっと私のせいだ。申し訳ない、とは思いつつも素直に謝れない自分が嫌だ。
「あのさ、前林さん」
「ん?」
どこかそわそわとし始めた加藤に、私は首を傾げる。
「いつも僕ばっかり協力してもらってるから、その……」
あ、なんとなくこの先は予想がつく。
「別に協力とかいらないよ」
「え? なんでわかったの」
不思議そうな表情をする加藤に、苦笑する。
「その流れで分からなかったら、だいぶ鈍いと思うんだけど」
「あ……そうなんだ? うーん……あ、遠慮とか――」
「してないから」
「そんなはっきり……もしかして! もう付き合ってる人がいるとか?」
いきなりの思考の飛躍に、私は小さくため息を吐く。
「付き合ってる人はいない」
「好きな人は?」
「い――っ」
キラキラとした瞳で見上げてくる加藤に、いない、と嘘を吐こうとした口が止まる。ああ、本当に私は意識されてない。小さく息を吐いた。
「いるけど……」
「協力――」
「私今いらないって言ったよね?」
「でも、やっぱり協力はいるに越したことはないよね?」
しつこい。
「なんか、今回はいつにも増してしぶとい気がするんだけど、なにかあったの?」
「なにかってわけじゃないんだけど……」
うーん、と唸ってから加藤は口を開く。
「今までの、その、恋愛を思い出したら、ずっと協力してもらってばかりで、そういえば前林さんのそう言う話を聞いてなかったなと思って……」
「つまり、協力するとかそういうのは建前で、私の恋愛事情を知りたかったってこと?」
「まあ、うん、そういうこと、です……」
気まずそうに俯く加藤。いや、俯かれても困るんですけど。
「え。それもしも私の好きな人を言って、私に何かいいことあるのかな」
「え、う、うーん……ぼ、僕が協力する、とか」
私の好きな人は――。そこまで頭の中で呟いて、続きを呟いてしまいそうになるのを無理矢理止める。
「そういうことしたことないのにそんなこと言うんだ? ふーん」
私が下から覗き込むように加藤の顔を見ると、彼の顔は一瞬にして赤くなる。何度も恋をしているくせに、本当にウブだ。
「じゃあ、もう話は――」
「お、終わってない、終わってないからぁ!」
教室を出ようとしたら袖を引かれる。何度目かのため息。
「本当にしつこくない?」
「だって……」
「あのねぇ、そんなにしつこく好きな人訊かれると、普通はちょっと期待しちゃうものなんだけど」
実際、私もそのしつこさに誤解してしまいそうになる。それなのに当の本人はキョトンとした表情を浮かべているから、誤解しようにもできないのだ。
「でも、前林さんは僕の好きな人知ってるでしょ?」
私、こいつを張り倒しても許される気がする。……やらないけど。でも腹が立つのは変わらない。そろそろこの鈍感野郎に仕返しをしてやってもいい気がする。
「そんなに私の好きな人、知りたいの?」
「え……うん」
きっと、私の好きな人を言えば、灯香先輩と加藤と私とその人の四人で文化祭を回ることになるのだろう。ならば、灯香先輩とよく噂になっているあの人を、そしてうまくいけば、あの人と灯香先輩の間を取り持つようなことをしてやる。
「私の好きな人はね――」
あいつのあんなに驚く表情を見れるとは思ってなかった。
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