3.声は自然に

 まるで昼休みになるのを待ちきれなかったかのように、四時間目終了のチャイムと同時に、剛毅が諒のところへ血相変えてやってきた。

 

「どうしよう! 午後の立会演説会に、繭香が出れそうにない!」

 

 諒の後ろの席に座っていた私は、思わず立ち上がった。

 私のこわばった顔を見て、剛毅が説明を付け足してくれる。

 

「いや……そんなに調子が悪いわけじゃないんだ。ただ、今日はもうこれ以上は刺激しないほうがいいって、保健の先生からストップが出た……!」

 

 私と諒は一瞬顔を見あわせたけれどなんだか気まずくて、すぐに視線を逸らしあった。

 

 複雑な表情になった私の顔と、諒の顔とを、剛毅は代わる代わる見比べる。

「お前ら……何かあったのか?」

 

 何気ない剛毅の質問に、私たちは、

「何もない!」

「何もないわよ!」

 悔しいことに、否定のタイミングまでバッチリあってしまう。

 

(もうっ! 私と一緒なんて嫌だろうけど、この場合はしょうがないでしょ!)

 盗み見た諒の顔は、特に怒ってはいなかった。

 ただ、いつものように意地悪く笑って、私のことを見ていた。

 

(なんだ……やっといつもの諒に戻った……)

 そのことがどうにも嬉しくて、思わず頬が緩む。

 と同時にすっかり諒に翻弄されている自分に気がついた。

 

 それがどういうことなのかはよくわからない。

 だけど――とにかく、ものすごく疲れる――それだけは確かだった。



 

 繭香が応援演説に立てないので、代わりにと言われた剛毅は、

「いきなりは無理だ! 絶対無理だ! 何を話したらいいのかわからない!」

 と懸命に拒否した。

 

 他のみんなも、以前から言っていたそれぞれの理由で、首を横に振る。

 

「だったら私が!」と言いたいところだったが、確かに以前繭香が言ったように、いざとなったら私は何を口走るか、自分でも予想がつかない。

 貴人に迷惑をかけないとは言い切れないところが苦しかった。

 

「じゃあいったいどうしたらいいのよ!」

 

 立会演説会の舞台となる体育館の入り口まで行っても、私たち十一人はまだ途方にくれていた。

 

 後から来た貴人は、

「大丈夫。応援演説がいなくても、俺は一人でがんばるから」

 といつものように笑って言ってくれたけど、私たちはみんな、なんだか貴人をたった一人で戦場に送り出すような気持ちだった。

 

(貴人の力になりたい……! でも私がここで出て行って、力になれるかはわからない……!)

 

 きっと私だけじゃなく、みんながみんな、そう感じていた。

 

「じゃあ……健闘を祈ってて」

 

 明るく手を振る貴人を一人残して、私たちはそれぞれ、クラスの列の中に戻った。

 でもやっぱり、舞台の上にたった一人で出てきた貴人の姿を見た時は、胸が痛んだ。

 

(やっぱり……私が!)

 意を決して立ち上がりかけた時、私の少し前に座っていた諒がタイミングを見計らったかのようにこちらをふり返った。

 

(貴人を信じろ!)

 声には出さず、唇の動きだけで伝えてくれた言葉に、私は頷いて、もう一度その場に座り直した。

 

(どうか! どうか! ……貴人が上手くやれますように!)

 指先が白くなるくらい両手を強く握りしめて、私は必死に祈った。



 

 演説の順番はあらかじめ決まっていた。

 

 まずは柏木本人の演説。

 それから柏木に対する応援演説。

 そのあとが貴人の演説だった。

 

 いつもの取り巻きたちに囲まれて、それでも緊張気味の柏木と、たった一人の貴人。

 体育館の狭い舞台の上のその光景を見ただけで、私は息が詰まりそうだった。

 

(なんとか私が……!)

 そう思いあまるたびに、諒が私のことをふり返る。

 

 それがあまりに何度も続いたので、

(どうせ私の考えることなんて、諒には筒抜けでしょうよ!)

 イライラのあまり、声に出して八つ当たりしてしまいそうだった。

 

 私の周りばかり妙に張り詰めた雰囲気の中、柏木の演説は始まった。

 

「僕らは高校という場所で、更なるステップに進むための勉強をしています。今は、自分のやりたいこと。将来役立つことを探すための準備期間です。覚えなければならないこと。知らなければいけない知識が沢山あります。違いますか?」

 

 わざとらしい問いかけに、柏木の後ろに控えた取り巻き連中や、私のクラスの中から、

「そうだ! そうだ!」

 という声があがる。

 

(なんだ……人を罠にはめるばかりじゃなくって、こんな仕こみだってちゃんとしてたんじゃない……)

 私は唇をかみ締めた。

 

「時間いっぱい勉強しても、今この時、自分の遥か先を行っている人間が日本中には大勢いるかもしれないのに、勉強以外に割く時間なんて、今の僕たちにありますか?」

 

「そうだ! そうだ!」

 少しずつ大きくなっていく賛同の声に、思わず頷いている先生の姿も見える。

 

「今しかない青春! だから今しかできないこことをやりたい! ……そんなものは、次に進むつもりのない奴らの、言い訳です。そんなもの……あとでいくらだって取り返しはつきます。実際大学に行ってから、いろんなことを楽しんでいる人がほとんどだ。それよりも高校時代は、今やらなければいけない勉強に、一心不乱に打ちこむほうがよっぽど有意義だ!」

 

「そうだ! そうだ!」

 

「勉強以外のことが一番大事だったら、高校に来る意味なんてないじゃないか。それこそ、学校以外の場所で愛だの恋だの好きなこことやってればいいでしょう?」

 

 そしてこれ見よがしに貴人のほうをふり返る。

 私の周りのクラスメートたちは、みんな揃って私をふり返った。

 

(私と貴人はそんなんじゃない!)

 大声で叫んで否定できないこことが苦しかった。

 

 だって今そんなことをしたら、きっと柏木の思うツボだ。

 

「僕はみんなが安心して勉強にうちこめる学校作りに励みます。あの時、一生懸命勉強できて良かったと、大学の合格発表の時に言って貰えるような、そんな生徒会にするつもりです!」

 

 一部の生徒と教師から、思わず拍手が零れた。

 

 私は悔しさで頭がクラクラする。

 

「どうか一時の気の迷いで判断を誤らないで下さい。人柄、行動共に、他校にも胸を晴れる人間を、生徒会長には選んで下さい。必ず皆さんの期待に添えるよう、努力してまいります」

 

 こうなってくると、もうまるでどこかの政治家の口上みたいだ。

 

 一心不乱に拍手を送り続ける壇上の取り巻きたちにつられて、拍手の渦が、体育館のあちこちで起こりつつあった。

 特に進路指導の先生は、涙を流して喜んでいる。

 

(これってまずいよ……)

 かなりの距離があるのに、見上げた壇上の貴人と、その時目があった。

 貴人は私を安心させるかのように、いつもの笑顔を見せてくれる。

 私も笑顔を返しながら、それでも全身はブルブルと震えていた。

 

(早く終われ! 終われ!)

 私の願いが通じたかのように、

 

「みなさんの清き一票は、ぜひこの柏木誠一に、よろしくお願いします!」

 恭しく頭を下げて、柏木の演説は終わった。

 

 巻き起こる嵐のような拍手と、

「いいぞー」

「柏木―!」

 次々に乱れ飛ぶ声援。

 

 確かに、今日の演説だけ聞いていたら、なんて素晴らしい思想を持った、生徒会長たるに相応しい人柄の人物に見えるだろう。

 

 だけど私は知っている。

 柏木がどんなに卑怯な手を使って貴人の邪魔をしようとしたか。

 私を陥れようとして、いったい何人の人を、傷つけたか。

 

 だから鳴り止まない拍手をふり払うように頭を振って、私は壇上の貴人の姿を真っ直ぐに見つめ続けた。

(貴人が負けるわけない! あんな卑怯者に、負けるわけない!)

 震える自分に何度も言い聞かせた。

 

 挑戦的に貴人に視線を向け、自分の椅子に座った柏木と入れ替わるように、今度は柏木の取り巻きたちが立ち上がった。

 

 柏木の似顔絵を書いた団扇を手に、にこやかに笑っている。

 ここは少し堅くない話も披露して、ターゲットをさらに広げようという作戦だろうか。

 

 でも彼らが語り出した、

「柏木君はこんなにいい人で……」という話は、あまりにも柏木本人とかけ離れていて、私は苦笑せずにはいられなかった。

 

「誰とでも仲良しで」

(有り得ない!)

 

「とっても親切で」

(冗談でしょ?)

 

「人を誉めるのが上手で」

(聞いたことがないけど?)

 

「困っている人は放っておけない」

(これっていったい誰の話だったっけ?)

 

 思わず他の候補者の姿を、壇上に探さずにはいられない内容。

 

 私は苦笑せずにはいられなかったけれど、彼らはいたって一生懸命だった。

 柏木自身も実に満足そうに頷いている。

 

(まさか本気の本気で言ってるわけじゃないわよね? ……うーん……取り巻き連中には、そんなふうに思えるのかな?)

 百歩譲って良心的に解釈するならば、そういう結論にたどり着けないこともない。

 だけど――。

 

 彼らが主張するように人間性で会長を選ぶならば、あきらかに貴人のほうが適任だ。

 これは私の欲目からじゃなくても、確かにそうだと思う。

 

 本当はそのことを誰よりもわかっている繭香が、あの強い光を放つ瞳で、貴人の応援演説をするはずだった。

 なのに――。

 

(繭香はこの舞台に立てない……)

 そのことがたまらなく残念で、悔しかった。


 

 

 再び嵐のような拍手と声援に包まれて取り巻きたちの応援演説が終わり、貴人が立ち上がった。

 

 ドキドキと高鳴り始める胸の音をなんとか落ち着かせようと、私は両手をしっかりと組んで握りしめた。

(がんばれ! がんばれ貴人!)

 

 祈るように頭を下げた私は、そのままの体勢で、貴人の話が始まるのを待った。

 でも、いくら待っても貴人の凛とした良く通る声が聞こえてくることはなかった。

 

 そのことに、次第にあちこちでざわめきが起こり始める。

「なにやってんだよ!」

 柏木サイドからの野次も飛ぶ。

 

 私はたまらなくなって、顔を上げた。

 

 貴人は、黙ったまま体育館の中を見渡していた。

 体育館いっぱいに集まって座っている全校生徒を見渡していた。

 

(どうしたの? 貴人?)

 不安に胸が締めつけられた時、貴人がふいに口を開いた。

 

「生徒会長なんて、意味がないと思うんだ」

 そのあまりにも意外なセリフに、体育館中が水を打ったように一瞬シーンとなる。

 

「ここに集まったみんなの、一人一人の願いが叶えられないんなら、それは何の意味もない肩書きだと思う」

 貴人の真意がわからなくて、私でさえも首を捻る。

 

(貴人?)

「楽しい思い出を高校生活の中で残したいと思うのは、そんなに馬鹿げたことかな? これから先の人生のために、犠牲にする年月も必要だなんて……そんなの本当かな?」

 

 貴人の言わんとしていることに気がついて、私は胸が熱くなった。

 

 貴人はこれまで自分の理想は語っても、柏木に反論はしなかった。

 柏木がどんなに貴人の揚げ足をとっても、そのことにはまったくかまわなかった。

 

(だけど、貴人は今、とっても怒ってる……)

 私はなぜだかそう感じていた。

 

 貴人の口調はとても穏やかで、言葉使いも荒れたりはしていない。

(だけど、絶対怒ってる……)

 確信めいてそう思った。

 

「今日の延長線上に明日があるなんてどうしてわかるんだろう……そんな保証はどこにもないよ? だから俺は、今日をせいいっぱい生きたい。後悔のない毎日を、一日一日重ねていきたい。……そう思ってる。できればここにいる全員にとって、高校生活の日々全てがそうであってほしい……俺はそう思う」

 

 貴人の表情はいつもの魅力的な笑顔じゃなかった。

 強い信念を秘めた、真っ直ぐな眼差し。

 私が憧れてやまない真剣な顔の貴人だった。

 

「俺は、みんなが高校生活でやりたいこと。望んでいることのアンケートを取った。十人十色。八百人八百色の内容だったよ……?」

 言いながらほんのちょっぴり笑った貴人に、あちこちから感嘆の声が上がる。

 

(当然よ!)

 なぜだか私が自慢に思って、胸を張る。

(貴人は見た目も中身も、本っ当に素敵なんだから!)

 そう叫べないことが歯がゆい。

 

 でも私が叫ばなくても、きっとみんなにはそのことが伝わる。

 その証拠にほら――貴人の笑顔ひとつで、体育館の空気が変わり始める。

 

「俺は――誰にとっても学校生活が楽しい――そんな学校に、この学校が変わってほしいと思っている。そのための手助けをするのが生徒会だと思っている。勉強も部活も遊びも恋も全部大事。それでもいいじゃないか。そんな欲ばりをみんなができる毎日を、俺たちで作ろうよ」

 

 貴人の呼びかけに、あちこちからワッと歓声が上がる。

 柏木の時よりずっと大きい。

 ずっと熱い。

 

(だってそれは誰かに強要された叫びじゃないもの……! 心から貴人の言葉に賛同して、みんなが自然に発してくれた叫びだもの……!)

 私は嬉しくて、涙が浮かんできそうになって、思わず俯いた。

 

 今でもやっぱり涙をみんなに見せるのは苦手な私に、誰かがバサッと頭から上着を掛けてくれる。

 

 さりげなく自分の場所に座り直そうとしたその背中に、私は小声で呟いた。

「ありがとう、諒」

 

 諒は何も言わず私の頭を、上着越しにポンと軽く叩いた。

 

「俺はこの学校が、生徒一人一人にとって天国になってほしい。やりたいことをなんでもやれる学校生活を送ってほしい。その手助けをしたいと思っている。だから俺たちの生徒会の名前は『HEAVEN』です……みんな……『HEAVEN』をよろしくお願いします」

 そう言って貴人が頭を下げたらしいことが、諒の上着を被っている私にもわかった。

 

 体育館が割れんばかりの歓声と拍手。

 その大きさ、熱狂的な様子は、柏木の時の比じゃない。

 

 柏木に対する拍手は、私たちのクラスで起こったものが徐々に広がっていったもの。

 貴人に対する拍手は、本当に体育館のあちこちで同時に起こったもの。

 目で見ずに音だけを聞いていた私には、そのことがよくわかった。

 

 私の涙はますます止まりそうになかった。

 

(貴人! 貴人!)

 勝利を確信して、心の中でくり返していた時、私の耳に、無常な声が響いた。

 

「それでは次に、芳村君の応援演説に移りたいところですが……今回は該当者がいないということで……」

 司会を担当している放送部のアナウンスに向かって、この上なく失礼な野次が飛んだ。

 

「なんだよ。偉そうなこと言っといて、賛同者は誰もいないのかよ?」

 失笑がドッとあちこちで沸いた。

 

「一人相撲じゃどうしようもないよなー」

「芳村ー……ハーレム計画はダメになったのー?」

 次々と飛び交う野次に、体育館の中は騒然となった。

 

 あまりの言葉に私は涙も消し飛んで、フツフツと怒りがこみ上げてきた。

 貴人の様子は見えないけれど、いったいどんな気持ちでこの騒動を壇上から見つめているのかと思うと、居ても立ってもいられなかった。

 

 諒の上着の中から飛び出して、私が立ち上がろうと思った。

 その時――。

 

「俺は、貴人に感謝している!」

 体育館中に大声が響き渡った。

 

 いつも照れたような小さな声しか聞いたことがなかった私には、驚いて上着から出て、実際にこの目で確認してみても、その声の主が玲二君だとはまだ信じられなかった。 

 

 玲二君は顔を真っ赤にして立ち上がっている。

 それが彼の照れ屋な性格ゆえか、怒りのためか、それはわからない。

 

 けれど「玲二は照れ屋だから応援演説は無理」と言われた彼が、立ち上がってくれたことを、貴人が本当に嬉しそうに笑っている顔は、私の涙で潤んだ目にも見えた。

 

「高校なんて、ただサッカーができればいいと思ってた。勉強も大学に入れる程度やってればいいと思ってた。でも貴人が生徒会に誘ってくれて、俺は気づいたんだ。自分にはできないこと、苦手なこと、やってみなくちゃいけないことがまだたくさんあるって……やり残したたまま次には進めない。高校時代にカタをつけなくちゃならない。それに気づかせてくれた。だから俺は、貴人に感謝している」

 

 いつの間にか体育館中が静かになって、みんなが耳を澄ましていた。

 そんな玲二君の話が終わって、今度は別の方向から声が上がった。

 

「私も、貴人に感謝しているわ」

 可憐さんだった。

 

「高校なんて籍だけ置いておけばじゅうぶんだと思ってた。勉強なんて興味はないし、気があう友達なんてできるわけがないと思ってた。でもこんな私でも、大好きな友だちのために泣くことができた。仲間と呼べる人たちに出会わせてくれて……貴人ありがとう」

 

 可憐さんのせいいっぱいの感謝に、貴人は笑って軽く首を横に振った。

 

 体育館にまた新しい声が響く。

 

「僕たちは……お互いがいればそれでじゅうぶんだと思ってた……」

 うららの手を引いた智史君だった。

 

「でも、貴人に誘われていろんな人と知りあって、僕らの世界にみんなが入ってきたけれど……それは恐れていたようなことじゃなくて、とても楽しい、温かいことだった。僕らを見つけてくれて……そして仲間にしてくれて……」

 

 言葉を切った智史君に頷いてうららが、

「貴人ありがとう」

 と続けた。

 

 壇上の貴人は、またニッコリと微笑んだ。

 

「私には、この高校生活しか自由な時間は残されていない」

 美千瑠ちゃんが立ち上がった。

 

「だから楽しい思い出……これからもたくさん作りましょうね」

 天使の微笑みで、小首を傾げながら貴人に呼びかける。

 

「生徒会なんて、面倒くさいだけじゃないかって思っていたけど……」

 夏姫だ。

 

「最近、そうでもないなって思っているよ」

 太陽のような明るい笑顔に、

 

「俺もだ」

 順平君の声が重なる。

 

「俺なんかでもできることがあるんだって……最近じゃワクワクしっぱなしだよ!」

 同時に剛毅が、わははと豪快に笑った。

 

「確かに! こんな寄せ集めの俺たちに、貴人は次々と難題を持ちかけてくれるよなあ……! それをみんなでカバーしあって、次々とクリアしていくのは、けっこう楽しい!」

 

 貴人はいつの間にか壇上で、声をかみ殺して大笑いをしている。

 

 私のすぐ前に座っていた諒が、立ち上がった。

「貴人はいつでも目的を見失ってる奴に、そっと手をさし伸べてくれる。何度も何度も立ち上がらせてくれる。俺はそのことに、感謝してもしきれない!」

 

 そしてふり返ると、実際に私に手をさし出した。

 私は諒の手を握りしめる。

 この手は、いつもいつも私を立ち上がらせてくれた貴人の手ではないけれど、どちらも私にとっては大事な手だ。

 きっと。

 

「私は……!」

 震える声をみんなに気づかれないように、私はお腹に力をこめて、口を開いた。

 

「毎日がつまらなかった。どうしてこんなにつまらないんだろうっていつも思ってた……でも、つまらないのは、私という人間だった……いつだって自分のことばっかりで、周りに気の配れない私……周りの状況が全然見えてない私……よくよく見てみれば、悪いのはいつも自分だった……そのことに気づかせてくれて、考えさせてくれて……ありがとう貴人!」

 

 せいいっぱいの感謝をこめて、壇上の貴人に頭を下げた。

 一緒に体育館のあちこちで、『HEAVEN』の仲間たちが全員頭を下げている。

 

 どこからともなく拍手が起こって、あっという間に私たちと貴人を取り囲んだ。

 

 その大きな音の中でさえ、よく通る凛とした声が、体育館の後ろから聞こえてくる。

「私も感謝している」

 保健の先生に付き添われた繭香だった。

 

「私にとっては本当に今日が最後の一日になるかもしれない……だから、一日一日を悔いのない最高の一日に、という言葉は……どんな言葉よりも私に勇気をくれる……貴人ありがとう」

 

 繭香の言葉に、今まで以上に大きな拍手が鳴り渡った。

 壇上で立ち上がった貴人と、壇の下に立っている十一人。

 私たちを取り囲むように響き渡る拍手は、いつまでも鳴り止みそうになかった。

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