第25話 鶏2

鶏冠井の前に、警察官が逮捕しに現れた。警察官は、杓子定規の台詞を言って、逮捕状を鶏冠井に見せた。

「その逮捕状は、無効よ!無効!!」

鶏冠井は、開口一番にそう言い放った。しかし警察官は、驚きも笑いもせず、冷淡に杓子定規の台詞の続きを言った。その態度が鶏冠井を更に怒らせ、鶏冠井に屁理屈を言わせた。

「あなた達警察は、私を逮捕するからには、それなりの覚悟をしているのでしょうね?これは、不当逮捕以外の何物でもないわ!あの強盗事件の被害者である私を逮捕するのだから、それなりの証拠があるのでしょうね?あるんだったら、先ずはそれを見せなさい!それを私に見せて、私が納得したら、逮捕なり犯すなり好きにすればいいわ!けど違ったら、あなた達警察を逆に告訴するわ!!そしてそこで私は完勝して、警察の信頼を地より下に落としてやるから!さぁ、証拠を今すぐ見せなさい!」

鶏冠井の一方的な言い分が一区切りついた所で、後で聞いていた雁刑事が、一言だけ言った。

「鶏冠井さん。証拠を知りたければ、我々と来ていただけますか?」

「イヤ!そのまま、私を勾留するつもりなのでしょう!?」

「はい、逮捕ですから。」

雁刑事は、正直に答えた。その態度が、鶏冠井の癪に触れ、鶏冠井をまた怒らせた。

「腹立つ態度ね!あなた、何様のつもり!?公僕が、市民に対して見下す態度を取るなんて許されると思っているの!?それとも何?あなたは、公僕以上の存在とでもいうの?それとも私が、市民よりも下の存在だというの?」

「後者ですね。我々公僕は、あなたが犯罪者と判断したので、こうして逮捕状を持って、あなたを逮捕しに来ました。」

鶏冠井の一方的な言い分を、今度は雁刑事が、少し怒気を込めて、整然と言い返した。その気配を察したのか、鶏冠井は怯んでしまった。その隙に他の警察官らが、鶏冠井の身柄を逮捕しようとしたが、雁刑事が制止した。そして雁刑事は、先程よりも強い怒気を込めて、鶏冠井に最後の説得を行った。

「逮捕状がある以上、我々は、あなたを強制的に逮捕する事も出来る。しかしそれは、最終手段で、今はその一歩手前だ。これ以上あなたが押し問答を続けるつもりなら、我々も場所を署の方へ強制的に替えさせてもらう。あなたは、聡い人だ。どちらがあなたにとって不利なのかは、判る筈でしょう?」

鶏冠井は、悔恨の表情で頷いて、渋々逮捕に応じた。

舞台が警察署の取調室に替わって、鶏冠井は早速、証拠の提示を要求してきた。そして、そこで初めて、計画の立案が録音されていた事を知った。誰が聞いても動かぬ証拠だと、雁刑事や他の警察官達はそう思っていた。しかし鶏冠井は、それを笑い飛ばした。

「アハハハハハハハッ!これが証拠?笑わせないでよ!こんな物、いくらでも偽造出来るわよ!!」

鶏冠井のこの反応は、警察官側は予想外だった。そして、その場に居合わせた警察官の殆どが、イラついたり呆れたりして、大きなストレスを抱えてしまった。雁刑事もイラついていたが、感情を露にしたら鶏冠井の思う壺と思い、平静を装って鶏冠井に質問した。

「あなたが、そう思う根拠を説明してもらいますか?」

鶏冠井は、目の前の刑事の口調で、彼が平静さを崩さないようにしている事に気づき、少しでも自分が有利になれる方法を考えた。周囲を敵に囲まれたこの状況から、大逆転のチャンスを見つけたように思えたからだ。それから鶏冠井は頭の回転を今まで以上に速め、1分も掛からないうちに、回答の用意が出来た。

「鷺羽と言う男が、あの銀行に居ます。」

その名前を聞き、雁刑事は、ある男を思い出した。事件発生時、A銀行からセキュリティ担当者としてやって来た、高飛車エリート。その顔が頭に思い浮かべた時、その時の感情も思い出して嫌な気分になり、それが無意識に表情に出てしまった。その表情を見た鶏冠井は、「彼に会ったのですね。」、と雁刑事に言った。雁刑事は、鶏冠井が言った鷺羽という男と自分の記憶にある男が、同一人物か確認してみた。

「私が今思い浮かべた人物は、ブランドで身を固めたエリート意識が高い、如何にも銀行の回し者という失礼な人間だが…。」

「間違いありません。その失礼な人間が、鷺羽ですよ。」

鶏冠井はこれ幸い、と内心でほくそ笑んだ。

「彼は私と同期で、しかも同じ技術職を希望していたわ。しかも、希望が通らなかった私と違って、彼はトントン拍子で、自分の望む地位に就いていった。まぁ、彼の父親が、管轄省庁の高官をしていれば、当然よね。」

「その彼と、君の主張する偽証と、どう関係してくる?」

鶏冠井が得意気に語っている所に、雁刑事が横槍を入れて、話を先に進めるように促した。鶏冠井は、素直に従った。

「一度彼に、恥をかかせた事があるのよ。それ以来、目の敵にされていて、噂じゃ『如何なる権力をもってしても、私を路頭に迷わせる』、なんて言っていたらしいわ。だから今回の一件、これ幸いにと思って、こんな偽物を作ったんじゃないの?」

「あなたの声はともかく、他の人達の声は、どうやって入手しました?」

「そんなの、あなた達警察が調べなさいよ!得意なんでしょう?まぁ大方、本店のデータベースから拾ったんでしょう。…因みにA銀行本店のデータベースには、顧客情報の一つとして、顧客の音声も保存されているのよ。」

雁刑事は、鶏冠井の話の穴をすかさず指摘した。だが鶏冠井は、予想していたように、すかさず言い返した。しかし雁刑事は、更に追及をした。

「一体、何の為に?それに、勝手に音声の録音なんて出来ないだろ。」

「『顧客へのサービス向上の為』、というのが理由よ。それに一応、録音の案内はしているわよ。でも確か、『相手に無断に会話を録音しても、罪にはならない』、と聞いた事があるけど?それにもし、これが認められないなら、あなた達警察が示したその証拠も認められない、という事になるわね。」

鶏冠井は、雁刑事の追及をかわして、逆に質問してきた。さすがのベテラン刑事も、今の鶏冠井の指摘は堪えたのか、思わず苦虫を噛んだような表情をしてしまった。鶏冠井は、その表情を見て、またほくそ笑んだ。そして自ら、話のまとめようとした。

「私の結論を言いますと、『A銀行の鷺羽という男が、私を陥れようとして、この偽証拠を作って、警察に提出した』。よって私は、罪を犯していません!」

「いいえ、罪を犯しています。」

雁刑事が、否定した。否定された鶏冠井は、冷たい水でも掛けられたような冷気を、急に感じた。そして雁刑事は、語りだした。

「ご高説痛み入るが、君の話は、最初から出鱈目だという事を、我々は知っていたよ。」

鶏冠井の頭の中に、大きな疑問符が沸き上がり、鶏冠井の顔を無意識に、間抜けな表情にしていた。雁刑事は、そんな鶏冠井の状況を無視するかのように、質問した。

「君が否定したこの証拠。どこから出てきたと思う?」

「だから、鷺羽が提供して…」

「いいや、違う。詳しくは言えないが、ある家庭の留守番電話に録音されていたのだよ。それを家人が聞いて、警察に届け出た。その鷺羽某とは、何も関係していないよ。だから君が主張する、証拠を偽造したという事実もない。」

雁刑事の話を聞いて、鶏冠井は、怒りで顔を真っ赤にしていた。

「何よ、あなた!私をからかっているの!?それとも、そんなに私を犯罪者に仕立て上げたいの!?いいわよ、そんなに私を犯罪者にしたいのならなってあげるわよ!そして裁判で、あなた達がここでした事、洗いざらい言ってやる!!そうしたらあなた達の信頼は、取り戻せない程に、地に堕ちるわよ!それでも、いいのね!?」

雁刑事は、呆れた。鶏冠井は、逮捕された時と同じような事を言っていた。それは雁刑事が、過去に逮捕した者達の中で、逮捕を免れようと足掻く者達と同じ反応だった。そしてその者達は、漏れ無く全員黒だった。雁刑事は再び、冷たい気配醸し出して、鶏冠井に言った。

「あなたが警察の信頼を落とすなり、警察を罠に掛けるなりするなら、どうぞご自由に。但しあなた自身、それらを行うだけの人徳があるのですか?」

鶏冠井は、言葉を出したくても出せなかった。自分の提案した計画に協力した者は、全て我欲によって、動いていた事を知っていたからだ。その事を思い出した鶏冠井の眼は、いつの間にか涙が、溢れんばかりに溜まっていた。そこに雁刑事が、追い討ちをかけた。

「実は、A銀行は今日、検察の家宅捜索が入る。君の犯罪の痕跡を含め、色々と見つかるだろう。…幕は、もう閉じたんだよ。」

そう言われた鶏冠井は、堪えていた涙を流し、とうとう泣き崩れた。

鶏冠井が、自分の敗北を認めた瞬間だった。

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