第23話 雛2

雛形は、再逮捕された証拠を聞いて、驚かずにいられなかった。

当初銀行強盗犯として捕まった雛形であったが、自分が振り込め詐欺グループの一員である事を言ってからは、日々の取り調べは、そちらが中心となっていた。雛形は積年の恨みを晴らすように、警察に自分が知っている詐欺に関するの情報を、洗いざらい話した。詐欺を働く為に掛けた電話番号、グループのメンバーの名前、拠点となっているいくつか場所、覚えている情報を全てを警察に話した。

結果、雛形が所属していた詐欺グループに対して、壊滅するまでには至らなかったが、グループに痛恨の痛手を負わせる事が出来た。特に番頭と呼ばれる実行犯の纏め役を逮捕出来たのは、雛形の情報提供が大いに役立った。

番頭は以前、なかなか上手くいかない雛形らに発破を掛ける為に、焼き肉を振る舞った。その席で自分の手柄話をし、その時の手柄で高級マンションの高層階に住んでいる事を、雛形ら自慢気に言った。その話を雛形は警察に話し、警察はその高級マンションを探り当て、そしてそこに潜伏していた番頭を、見事逮捕する事が出来た。この件により、警察の信頼を得たと、この時の雛形は思っていた。

番頭の逮捕の翌日。雁という刑事が、雛形を強盗未遂で再逮捕する事を告げた。雛形は、耳を疑い、もう一度聞き直した。

「君を強盗未遂の容疑で、再逮捕すると言ったんだよ。」

雁刑事は雛形の要望通り、再逮捕する事をもう一度告げ、その後スマホを取り出して操作し、ある音声を雛形に聞かせた。聞かされた雛形は、驚く事しか出来なかった。そして、目の前にいる雁刑事に、重苦し気持ちで質問した。

「これは、いつ、どこで?」

「詳しくは、言えない。けど君達の中でこの音声の存在に気づいていた者がいたよ。もっとも、その人も銀行から出てきた後に気づいたらしいけど。」

雁刑事のこの台詞を聞き、雛形は銀行を出た時、急に鷹田が叫んだ事を思い出した。その時は何をしているのか解らなかったが、今その理由を理解して、雛形は、苦虫を思いきり噛み砕いたような表情をするしかなかった。

雁刑事は、本題に移りたかったが、雛形が落ち着くのを待っていた。

「こういう場合、お茶を飲ませたり、煙草を吸わせたりするのが、一番手っ取り早いんだが…。」

雁刑事は、自分と雛形の現在の立場上出来ない事を悔しがった。もしこちらから勧めた場合、後々自白の強要等と槍玉に上げられる為、向こうが望まぬ限り、警察からの物品の提供は出来なかった。雁刑事は、自分達の社会が何時から息苦しくなってしまったのか、考え込んでしまった。だから雛形から声を掛けられた時は、とても驚いてしまった。それ様子を見て雛形は、悪戯小僧のように笑って、雁刑事に言った。

「少しは、意趣返しが出来たかな?」

雁刑事は、バツが悪そうにした。しかし、ようやく取り調べが出来ると思い直し、真剣な表情になった。その表情を見て雛形は、固唾を飲んで、雁刑事の言葉を待った。

「君達が奪ったお金についてだが、一部見つからないモノがあってね…」

雁刑事の話は、盗ったお金についてだった。計画が露見した事で、条件にあった休眠会社の口座を凍結し、一つ一つ調べた。その結果、明らかに操作された痕跡があった口座をいくつか見つけ、回収に成功した。しかし回収出来たのは、全体の八割程度で、残りの二割がどうしても見つけられなかった。そこまで話を聞いた雛形は、鶏冠井から聞いた話を、雁刑事に言った。

「あの銀行は、所謂下衆ですよ。政治家達と癒着して、不正にお金をやり取りし、私腹を肥やしている。本当は全回収しているのに、そのやり取りの為、嘘を言っているんじゃないのですか?」

雛形の台詞に、雁刑事はハッとした。そして先程、雛形に言った自分の台詞を補足した。

「A銀行は、事実上倒産したよ。だから調査したのは、銀行の管轄省庁に所属する専門家だよ。」

雁刑事の話によると、強盗事件の起こるかなり前から、A銀行は、検察に睨まれていた。そこに今回の強盗事件が起きた。検察は、ここぞとばかりに、A銀行を家宅捜査して、政治家達との癒着の証拠を上げる事が出来た。その結果、A銀行の重役の殆どが逮捕され、完全に世間からの信頼を失い、A銀行にあった顧客口座は、次々と解約され、A銀行の資金は乏しくなり、管轄省庁に再生法の申請をした。

話を聞いた雛形は、再び驚いた。自分が逮捕された後、こんなにも事態が変化していて、とても自分達の手に負えなくなっていた。まさに想定外の出来事が起きてしまった。やがて雛形の内に、後悔の念が沸き上がった。自分自身が変わる為に、計画に進んで参加した筈だった。しかし結果は、自分が望まぬ方向へ変わってしまった。雛形は、自分の何が間違っていたのか、思い返してた。そんな雛形の心情に気づいたように、雁刑事が言った。

「自分達の計画が、失敗しないと思っていたのか?…おめでたい人達だなぁ。」

雛形は、憤った。そして雁刑事に、体当たりするように、取っ組み掛かった。しかし雁刑事の姿勢は変わらず、逆に雛形が、自分につけられた腰紐によって、体勢を崩された。そして瞬く間に、他の警察官に取り抑えられた。雛形は、雁刑事を睨みながら、抑えている警察官を振り払おうと暴れた。それを見て雁刑事は、「落ち着け!!」と雛形を怒鳴り、雛形を萎縮させた。雁刑事は、萎縮した雛形を睨みながら、話を続けた。

「あの時、何を根拠に成功したと思った?仮に成功したとして、君が、刑務所を出所した後、そのお金が手に入る保証は、どこにある?世の中が、何でも人の思い通りになっていたら、忽ち人の世は、破滅するぞ!そうなったら、世の中は闇夜、いや地獄だ!!」

雁刑事は、自分の話が進むにつれ、雛形が、段々と弱々しくなっていく様を、目の当たりにした。そして話が、一区切りついた時、雛形は、まるで怯えた仔犬ようになっていた。雁刑事は、他の警察官と共に、雛形を席に着かせ、散らかった部分を元に戻した。そして雁刑事は、怒気をそのままに、話す勢いを抑えて、話を続けた。

「人間は良くも悪くも、誰かを支え誰かに支えられて、日々を生きている。それをある時、自分の勝手で止めたら、忽ち倒れ込んで起き上がれなくなる。そうなった、一人で起き上がるのは、非常に困難だ。希に一人で起き上がってくる人間もいるが、現在の世の中は、善悪関係無く、誰かの手を借りなければ起き上がれない。しかも手を差し伸ばして貰う為に、矛盾して、一人で起き上がろとする努力をしなければならない。全く、いつからこんな世の中になったのかな?」

ここまで言うと雁刑事は、雛形の様子を伺った。雛形は怯えながらも、雁刑事の話を聞こうと、じっと雁刑事の顔を見ていた。それを確認した雁刑事は、口調から怒気を薄めて、話を続けた。

「…君の経歴を調べたよ。君の場合は、差し伸べられて掴んだ手が、悪人の手だった。それを振り払おうとして、君は、また倒れ込んだ。それが、現在の君だ。そしてこの後、起き上がる為に準備していた手は、実は幻だった。…君は、努力の仕方を、間違えしまったようだね。」

そう言われて雛形は、自分の胸の内に悔しさが沸き上がったが、歯軋りしか出来なかった。本当は喰って掛かりたがったが、先程の雁刑事の怒気に、無意識に怯えてしまったからだ。雁刑事は、そんな雛形に、ある事実を教えた。

「君をリストラした会社だけど、あそこも倒産したよ。まあ、経営不振の上に、追い出し部屋なんか作る会社だ。こうなるのも、自明の理だな。」

それを聞いた雛形は、力が抜けた。すると自分の内に溜まっていた余計なモノが、体から抜け落ちていくのを、雛形は実感した。それは、端から見ていた雁刑事達にも、ハッキリと判った。雁刑事は、変身した雛形に声をかけた。

「雛形君。君は今、すごく良い表情をしているよ。先程までの悪人面が、嘘みたいだ。」

そう言われて雛形は、初めて自分が悪人みたいになっていた事に気づいた。リストラや詐欺を経験して、自分でも気づかぬ内に、悪の道に踏みいっていた。しかしやり方はともかく、目の前にいる雁刑事が、引き戻してくれた。そう思うと雛形は、明るい笑顔になり、自然と雁刑事に、深々とお辞儀をしていた。同時に、ある事にも気づいた。

「こんなに気持ち良く笑顔が出来たのは、実に何年振りかな?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る