第6話

「なぁ、アンタ。」

社長から声を掛けられ鷹田は、僥倖を感じた。どうやら考えている事が通じ合う相手だと、鷹田は直感した。鷹田はうずくまっている支店長に見えないように、手振りでの会話を試みた。

まず掌を前に出し、指で唇を真横になぞった。すると工場長は始めは怪訝な顔をしたが、直ぐに鷹田の手振りの意味を察して指でOKを示した。その後支店長を指差し、鷹田を指差した。今度は鷹田が怪訝の顔した。それを見た工場長は、二、三回もう一度鷹田を指差した。それを見て鷹田は、自分の後ろに気づいた。そして鷹田は、行動に移った。

「ちょっと、支店長を看ていてくれないか?」

鷹田は、自分の後ろにいた細身のサラリーマンに声を掛けた。サラリーマンは、オドオドしていた身体を更にビクンと震わせ、そして恐る恐る鷹田を見た。鷹田は片手ですまないとジェスチャーし、もう一度用件を伝えた。サラリーマンは、仰々しく頷き了解した。支店長を任せた鷹田は、工場長と一緒に応接スペースの奥に移った。そこで初めて、お互い名乗りあった。

「どうだろう、鷹田さん。強盗を取り押さえるから、手伝ってくれないか。二人掛かりなら、勝てるだろう。」

名乗った後、鳩山が提案してきた。しかし鷹田は、反対した。

「理由は、銀行強盗が異常な状態だからです。彼の目を見て、あれは尋常な興奮状態ではないと思いました。恐らく、薬物によるものだと思います。そんな人間に向かったら、どんなしっぺ返しを受けるかわかりません。」

そう言われて鳩山は、銀行強盗の様子を見てみた。銀行強盗は、破壊活動に一区切りが着いていたみたいで、机に腰掛け女性行員の作業ぶりを見ていた。時折、こちらを見て大人しくしているか確認していたが、念入りに見るわけではなく、すぐに女性行員に視線を戻した。その姿を見た鳩山は、鷹田が言った事に納得した。

「確かにあれは、尋常じゃないな。妙にイライラしている。」

納得した鳩山を見て、鷹田は更に理由を付け足した。

「あと我々人質の中に、奴の仲間がいる。」

そう言うと、鷹田は視線を後ろに移した。

「それは、大丈夫だよ。あの男は、仲間じゃない。銀行強盗が乗り込んだ時、あの男もかなり驚いていたからね。」

そう言いながら鳩山の視線も、未だに痛がっているふりをしている支店長に移った。支店長は、相変わらず呻き声を上げながら、うずくまっていた。それを芝居と気づいている2人は、別の意味で痛々しさを感じた。

その時、呻き声が大きくなったように感じた。だがよく聞いてみると、声色が違っていた。鷹田と鳩山は、支店長の様子を確認してみたが、支店長はいつの間にか芝居を止めて、ある方向を見ていた。そして見ていたのは支店長だけではなく、サラリーマンも学生風の男もその方向を見ていた。2人も習ってその方向を見た瞬間、何か大きなモノが、机から床に落ちたのが見えた。それが銀行強盗と解るまで時間は掛からなかったが、銀行強盗は、直ぐに立ち上がるどころか微塵も動かず呻き声さえも漏らさなかった。

鷹田は、警戒した。この状況は、銀行強盗を取り押さえるチャンスかもしれない。しかし、声も漏らさずその場に倒れたままというこの状況は、逆に不気味に思えた。他の人も鷹田のように遠巻きに様子を伺っていたが、三十路の女性行員が恐る恐る近づいた。彼女は近づくと、銀行強盗の身体を揺すったり何ヶ所か触ったりした。そして、一言だけ言った。

「この人、死んでいる。」

その言葉を聞いて、鷹田や他の人達は銀行強盗に近づき、銀行強盗を囲むように集まった。そして各々、銀行強盗が死体になった事を理解した。

「おいおい、まるでマンガだな。」

そう言ったのは、学生風の男だった。その台詞に鷹田は、社会現象を起こした死神のマンガを思い出し、そのマンガのワンシーンと今のこの状況が重なっている事に気づいた。そしてその後の展開が、人質が外に出て救助される事も思い出し、少し拍子抜けをした思いだった。

「兎に角、外に出よう。」

そう鷹田に声を掛けたのは鳩山で、彼の表情に安堵感を出していた。鷹田はそうですねと答え、鳩山と一緒に外に出ようとした時、また大きな破裂音が鳴った。破裂音が鳴った方向を見ると、支店長が銃を構えて立っていた。そして支店長は、宣言した。

「これからは、私が銀行強盗になる。だから全員、大人しくしろ!」

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