第一章12 探偵VS貧民街の姫

第一章12 探偵VS貧民街の姫


「ふむ、どうやら状況は私が想像している以上に悪いみたいだ」


 パイプを燻らせながら、ユイの身体に憑依したシャーロックが一言漏らす。


 四番街は静寂に包まれており、航大たちが立つ広場は思わず表情が歪んでしまうくらい、血の匂いに満ちている。更なる増援がやってくる気配もなく、航大はようやく本来の目的について考える時間を得た。


 王女シャーリーの誘拐事件。


 航大と一緒に城下町を見て回っていたシャーリーが何者かに誘拐された。

 一国の姫が誘拐されたなど、本来なら国全体を巻き込んだ大騒動に発展していても不思議ではでないのだが、夜の帳が下りた現在に至っても、まだ騒動になっている様子はない。


 今回の王女脱走事件について、メイド長であるルズナは全てを見透かしているようだった。もしかしたら、騒ぎが大きくならないように城内で動いてくれているのかもしれない。


 これはあくまで希望的観測である。

 シャーリーをこんな遅い時間まで連れ回したとして、城に戻ったら厳罰が与えられるかもしれない。それでも、このままシャーリーを見捨てて一人で帰る訳にはいかない。

 一秒でも早くシャーリーを見つけ出し、ユイを入れた三人で城に帰らなければならない。


「シャーリーはここにいる……それは間違いないと思う」


「確かに、この場所は城下町の中でも隔離されている。例えるなら、ゴミ捨て場のような場所だ。人間を誘拐してきても、この場所ならいくらでも隠し場所があるだろう」


 どんよりとした空気が支配する四番街を、シャーロックはゴミ捨て場と吐き捨てる。


「……きっと、この場所には闇市場のようなものも開かれているだろう。もしかしたら、王女を奴隷として売り捌く計画でもあるのかもしれない」


「ど、奴隷……ッ!?」


「それか、国に対して身代金を要求するか……奴隷市場に売り出すより、国相手に金を請求したほうが額はいいかもしれないな。いや、しかしそれでは自らの足がつく可能性があるか……」


 航大から現状の話を聞き、シャーロックはパイプを口に咥えながら様々なパターンを脳裏に思い浮かべ思考する。


「まぁ、何にしても王女を早く見つける。それに関しては私も同意するばかりだ」


「でも……こんな場所でどうやって探せば……」


「まずは情報収集だろう。そこら辺の下っ端なら何かを知っているかもしれない」


「そこら辺の下っ端って……全員気を失って……」


「一番軽傷なのは……こいつか……」


 シャーロックは地面に倒れ伏している下っ端の輩に近づいていくと、先ほどのようにパイプを緋剣に変化させる。何をする気なのか……それを航大が問いかける前にシャーロックは無表情なままで、その剣を下っ端の太腿に突き刺した。


「――ッ!?」


 気を失っていた輩は、足に走った激痛に声にならない絶叫を上げてその細い身体を跳ねさせる。


「寝起きのところ申し訳ないね。君は王女が誘拐されたことを知っているかい?」


「お、王女……ッ!? 何のことっ……ぐああぁっ!?」


「嘘はつかないほうがいい。私もあまり時間をかけたくはないし、王女の身も心配だ。だから、足が蜂の巣になる前に……知っていることを全て話したほうがいい」


「ひぎゃああぁッ!? 痛いっ、痛いいいいいぃッ!」


「ふむ、男の悲鳴など聞いてても楽しいものではないな」


「俺はッ……本当に知らないんだってッ……はぁっ、くっ……王女を誘拐してきたのは知ってるけどッ……場所まではっ……」


 太腿に突き刺さる剣から与えられる想像を絶する痛みに、輩は身体を悶絶させながら、何とか知っていることを吐き出そうとする。

 それは紛れもない拷問であり、航大には取ることができなかった手段である。


「ふむ、とりあえず王女が居るのは間違いない、と……」


「もうちょっと、穏便に話を聞いたりできないのか……」


「私だってその手段が取れるのなら、そうしているさ。しかし、今回の場合は相手が協力的じゃないのは分かりきっているからね」


「それはそうだけど……」


「さて、王女がここにいることは分かった。後は場所だけか……」


 顎に手を当てて、目を閉じて思考を続けるシャーロック。

 こうしている間にも、シャーリーは危険な目に遭っているかもしれない。そう考えると、居ても立ってもいられなくなる。


「ふむ……それなら、貴様らが呼ぶ『姫』というのは、普段どこにいる?」


「……姫? どうして、お前たちが姫のことを……ぐあああぁっ!?」


「無駄口はよい。姫は普段どこにいるのか……この質問に答えれば、拷問を止めてやってもよいぞ?」


 シャーロックは無表情のまま、太腿に突き刺した緋剣をグリグリと傷口を抉るように動かし続ける。輩の悲鳴と一緒に、粘着質な『何か』を撹拌するような生々しい音が聞こえてくる。

 傷口からはどっぷりと大量の血が溢れてきて、それを直視した航大は胸から込み上げてくる吐き気を感じてしまう。


「ひ、姫はっ……教会に……はぁっ、くうぅっ……」


「ふむ、こんな場所にも教会があるのか。そして、それはどこに?」


「このっ、中央通りをっ……真っ直ぐにいけば……」


「そうか。ご苦労であった」


 聞きたい情報は引っ張り出せたのか、シャーロックは剣をパイプの姿に戻すと、それを口に加えて一服する。


「さぁ、行くとするか」


「お、おう……」


「これくらいで気分が悪くなっているようじゃこの先、生きて行けぬぞ?」


「そんなこと言われてもな……」


 表情を一つも崩すことなく、シャーロックは四番街を歩いて行く。

 その後ろを航大は吐き気を何とか抑えながらゆっくりとついていく。


「あれが、教会というやつか……ボロボロではあるが、何とか教会と分かる外観はしているようだ」


「あの中にシャーリーが居るのか……?」


「可能性は高いと思うが、確信ではない。王女の誘拐はこの四番街と呼ばれる街の多くの人間が関わっているようだ。そして輩には『姫』と呼ぶ存在がいる。もし、この区画にいる人間が共謀して行ったというなら、姫と呼ばれる支配者の元に捕虜は連れてこられるのではないか……と、推測したまでだ」


「なるほどね……」


 さすが名探偵シャーロック・ホームズ。

 その手段については賛否があるが、それでもしっかりと情報を聞き出し、推測して行動することで確実に、そして着実に正解へと近づいていることを予感させた。


「さて、突入するとしようか」


「お、おう……」


「なーに、心配しなくても大丈夫だ。なんてたって、このシャーロック・ホームズが付いているのだからね」


 この先に四番街の親玉がいる。

 その事実にラスボスを前にする緊張感と、シャーリーが無事でそこにいるのか……という不安。

 様々な感情が心内で渦巻き、航大はゆっくりと音を立てて開かれていく教会の扉に、無意識に生唾を飲む。


「……どうやら、大正解のようだ」


「シャーリーッ!」


 完全に開かれた教会の扉。教会の外観がボロボロだったが、内部はそれほど汚れきっている感じではなかった。現実世界でも見た、木造の長椅子が立ち並び、入り口から最奥には祭壇とそのさらに奥に巨大な十字架が掲げられている。

 一見、教会の内部は無人に見えたのだが、祭壇へと視線を向けると、そこには一人の影があった。


「航大ッ!?」


「シャーリー、無事だったかッ!」


 祭壇の中央、そこにシャーリーは居た。

 両手を背中で拘束され、シャーリーは祭壇の中央で座り込んでいた。遠目で見る限り、目立った外傷はないようだ。

とりあえず、無事で生きている。

その事実に、航大はほっと安堵の溜息を漏らす。


「召喚者よ、まだ安心するには早いぞ。他に誰かいる……」


「……姫ってやつか?」


「出てくるがいい。コソコソ隠れるな。近くにいることはわかっているぞ」



「あっちゃー、予想よりも早く……ここがバレちゃったねー」



「……この声」


「まさか、おにーさんが来るとは思ってなかったよ。あの時は、そんな力があるようには見えなかったんだけどね」


 コツ、コツ、と木造の床をゆっくりと踏み鳴らす音が聞こえてくる。

 祭壇の端から、中央へ向かって歩いてくる影が一つ。

 その影が輩たちの言っていた、『姫』と呼ばれる存在であることは、容易に理解することが出来た。どこか余裕な素振りを見せる人影は、航大にとってはあまりにも見慣れた姿をしていた。


「どうして……どうしてお前が……シルヴィアッ!」


「どうして? なんでそんな分かったことを聞くかなー」


「その人がどんな人なのか……分かってやってるのかッ!?」


「どんな人……この国の王女様……でしょ?」


 先日の昼に出会った時とは別人のように、表情を殺し、険しい目つきでシルヴィアは航大を睨みつける。その瞳からは温もりが一切消え失せていて、航大とシャーロックに明確な敵意と殺意を滲ませている。


「この国の殆どの人は知らないだろうね。でも、この区画……四番街の住民はみんな知ってるよ。なんてったって、私たちのような貧困に苦しむ人間を、こんな場所に詰め込んでいる張本人なんだから」


 冷え切った感情の篭もらない声だった。

 シルヴィアは人質にとった少女のことを王族、王女であることを知って、彼女を誘拐して拘束したのだ。


「どうして……」


「このチャンスをずっと待ってた。厳重な警備の城に踏み込むほど、私たちはバカじゃないし、だからあの時……おにーさんが王女を連れ出してくれて、本当に感謝してるよ」


「…………」


「できれば、おにーさんとは戦いたくないんだよね。私だって、無闇に人を傷つけたくはないから」


「ふむ……とりあえず聞いていいかな? 何が目的なんだい?」


 航大に語りかけるシルヴィアに、シャーロックが言葉を発する。


「私たちの目的……お金ってのもあるけど、一番はこの区画の救済」


「……救済?」


「そう。この劣悪な環境の改善と、住民たちが普通に暮らせる衣食住の提供。後は仕事をくれてもいいかな。私たちの望みはそれくらい」


「……なるほど。この環境を見る限り、正当な主張のような気がしてしまうな」


「……でも、誘拐をしていい理由にはならない」


 誰にでもどうにかしたいことはある。しかし、それは罪を犯していい理由にはならない。


「それも正しい。然るべき手段を講じて、直接訴えかけるべきだった。しかし、それをしなかった時点で、君たちは自ら首を絞めたようなものだ」


 航大とシャーロックの言葉がシルヴィアの鼓膜を震わせる。

 傍から見れば、シャーロックと航大は正しいことを言っているのだろう。

 しかしそれは、あまりにも軽率で、張本人であるシルヴィアの逆鱗に土足で触れてしまう言葉なのであった。


「――然るべき手段? 直接訴えかけるべき……? 私たちが、何年も、何十年も、何百年も……この場所で声を上げなかったと……?」


「……シルヴィア?」



「そんな訳っ、あるかああぁッ!」



 シルヴィアの怒号が教会に響き渡る。

 この日、初めて見せたシルヴィアの激情は、怒りにどこまでも赤く染まっていた。


「何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……私たちは声を上げ続けたッ! 雨の日も、雪の日も、嵐の日も……毎日、毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日……声を上げ続けたッ!」


 あまりにも強い、シルヴィアの激情。

 唇の端から一筋の血が零れ落ちるくらい、シルヴィアは怒りに震えていた。


「でもッ! それをッ! この国は全て揉み消した! 私たちの声を無かったことにし続けたのは、この国の王族だッ! 貧困で苦しむ人間がいる。それを知っていて、見ていて、声を聞いて、それでも全て無視したッ! 挙句の果てには、こんな農作物も育たない、太陽の光も差さない……劣悪な地に私たちを押し込んだッ! まるで、ゴミは一箇所に集めようとするかのようにッ!」


 シルヴィアの怒号に、航大は息を呑む。

 彼女たちが感じてきた、受けてきたこの国に蔓延する差別的な扱い……それに対して、口を挟む資格を航大には到底持ち得ない。

 現実世界でもぬくぬくと過ごしてきた航大にとって、彼女たちの主張に一言だって、口を挟む余地はない。


「……こんな、こんな酷い仕打ちを……私たちは、ずっと耐えてきた。耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて……今日のチャンスを待ったんだ」


「…………」


「だから、私はこの人をタダで解放する訳にはいかない。この王女は飾りだってことも調査済み。だけど、王族を見殺しになんてこの国のお偉いさんたちはできるはずがない。だから、こうして罪を犯してでも、私たちは国相手に戦うんだ」


 シルヴィアの声は言葉を紡ぐ度に、静かに……決意を固めたかのように、静まり返っていく。

 その瞳に迷いはない。

 瞳に燃える敵意と殺意を確かなものに変えて、シルヴィアは腰に下げていた双対の剣を鞘から抜く。

 その二本の剣は刀身から柄までを『赤』と『青』に染め上げていた。

 刀身の中央にはそれぞれ『緋色』と『蒼色』の宝石が埋め込まれている。


「やれやれ……これは思った以上に難解な相手だ」


「……シャーロック」


「この場所を歩き、こうして姫の言葉を聞いて……私はあの娘を無情に切り伏せることなどできんよ。英霊だと言っても、私だって元は人間だ。やり方は置いておいても、正しいと思う主張に対して力でねじ伏せようとは思えない」


 ゆっくりと、双対の剣で床に切り傷を刻みながら、こちらへ歩いてくるシルヴィアを見て、シャーロックはパイプから煙を深く吸い込むと、緋剣――シルヴィアを具現化させる。


「しかし、私は今や……英霊として召喚された身。召喚者の命令には従う。召喚者よ、貴方は私に何を望む?」


 一瞬も注意をシルヴィアから外すことなく、シャーロックは航大に問いかける。


「……シルヴィアを無力化させてくれ。絶対に殺すな。その後は、俺が何とかする」


「……承知した」


 緋剣を片手に、シャーロックとシルヴィアは向かい合う。


「……私は絶対に負けない。みんなのためにも――戦う」


 その言葉が開戦の合図だった。

 シャーロックとシルヴィアが飛び出したのは同時。


 お互い、音もなく跳躍すると、次の瞬間には静寂を切り裂く剣戟の音が教会に響き渡った。空中で激突した二人は、どちらも引くことなくその力を存分に見せ合う。

 次の剣戟音が響くと、シャーロックとシルヴィアは最初と同じ位置にまで後退していた。


「ふむふむ、これは中々やれる……」


「ちッ……」


 ずるずると床を滑りながら後退するシルヴィアは、忌々しげに表情を歪めて吐き捨てるように舌打ちを漏らした。

 今まではほぼ一撃で敵を打ち倒してきたシャーロックも、シルヴィアと一度剣を重ね合わせただけで、相手の力量が先ほどまでとは違うことを理解した。

 その表情が一層険しくなり、これからの戦いの激しさを物語る。


 シルヴィアは舌打ちもそこそこに、今度は姿勢を低くして、教会の長机を足蹴にし、それはまるで現実世界の忍者のように素早い動きで、シャーロックへと迫っていく。


「ほぅっ……こんなにも力を持っているのに、どうしてこんな場所で生活を?」


「こんな場所とか言うなッ……!」


「今までの相手とはレベルが違う……君なら、騎士隊に入ることも可能だったろう」


「……私は、自分だけがこの生活から抜け出すなんて、できないッ!」


 あらゆる角度からシャーロックに向けて飛翔し、その双対の剣を振るう。しかし、その全てをシャーロックは小さい動きでいなしていく。甲高い金属音が何度も何度も、あちこちで連続して起こる。シルヴィアは本気で相手を殺そうと、容赦ない剣戟を見舞うのだが、シャーロックも英霊である。シルヴィアの直線的な攻撃を全て見切り、刀身が赤く染まった緋剣を小さく振るって、シルヴィアの攻撃を完全にシャットダウンしていた。


「くそッ……どうして当たらないッ……」


「ふむ、身体の使い方、剣の使い方共に……申し分なし。しかし、些か実戦不足であるな」


「実戦ッ……私は、今日のためにずっとこの街の人間と戦ってきたんだッ……」


「街の輩と、戦場の戦士では戦い方が違うのだよ。戦場では常に『命』をかけて戦う。君はまだ、命をかけた戦いを経験していないのだよ」


 教え子を諭すようなシャーロックの声は、シルヴィアの耳に確かに届いている。シルヴィアも何度か剣を振るい、その全てを尽く跳ね返されている現状を見て、自分とシャーロックの間に大きな開きがあることは承知していた。


 しかし、それでも彼女には引けない理由があった。


 どうしても、何をしても、自分という存在を犠牲にしても……果たさねばならぬ願いがある。


「はぁっ、はぁ……」


「もう剣を置け。これ以上の戦いは、何も生むことはない」


「……嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ!!」


 勝てない。


 どう足掻いても勝てない。


 その事実にシルヴィアは錯乱気味に言葉を紡ぐ。

 その間も、シルヴィアはグングンと速度を上げて飛翔し、シャーロックを斬り伏せようとその剣を振るう。何度も、何度も……彼女の動きはシャーロックと対峙することで、洗練されていく。


 しかし、それでも英霊であるシャーロックには届かない。

 異次元の戦いだった。今まで、航大は魔獣との戦いしか経験していない。

 人間対人間の戦いも、シャーロックを召喚して、外で輩と戦ったあれが最初である。

 ドラマや映画で見たことはあっても、生で見る命を賭けた人間同士の戦いは想像以上に息が詰まるものだった。少しでも油断すれば、どちらかが一瞬でその身体から鮮血を散らして絶命する。そんな人間が最も大切にすべきものを賭けた戦いは、あまりにも生々しく、あまりにも悲しいものだと航大の目には映った。


「はぁっ、くっ、はあぁっ、はぁ……」


「そろそろ、身体がきつくなってきた頃だろう。剣を置け。もう戦うことはできまい」


「まだだッ……まだ終わらない……」


 恐怖すら覚えるシルヴィアの震える瞳がシャーロックを射抜く。

 その瞳はまだ戦意を失ってはおらず、戦いが続くことを如実に物語っていた。


「あはは、ははッ……もう、いいや。このままじゃ勝てない。分かった」


「……むっ、何やら不穏な気配を感じるな」


「……不穏?」


「これはマズイかもしれない……」


 これ以上、切りかかってもしょうがないとシルヴィアは察して一度、祭壇まで後退する。

 身なりとは正反対に美しい金髪を乱し、肩を大きく上下させて不敵な笑みを漏らすシルヴィア。双対の剣を自らの両手にあてがうと、その瞳から一筋の涙を流して、シャーロックと航大を見つめる。


「……おい、シルヴィアッ!? お前、何する気だッ!!」


「……ごめんね、おにーさん。ホントはもっと……もっとおにーさんと話したかった……」


 涙を流し、いつか見た微笑みをその表情に浮かべる。

 左右の手に持った剣の刀身が、シルヴィアの汚れのない白い肌に食い込んでいく。


「シルヴィア、やめろッ……もう、戦わなくてもいいだろうッ!」


「……ダメ。ダメだよ、おにーさん。私は戦わないといけない。みんなのためにも……ッ!」


 瞬間、シルヴィアの両腕から鮮血が舞った。

 肌に食いませた状態で、双対の剣を振り払ったのだ。剣の刃がシルヴィアの肌に大きな切り傷を生み、裂けた傷口から鮮血が溢れ出してくる。



「剣姫――覚醒」



 シルヴィアの静かな声音が響き、教会全体を目も開けられない暴風が吹き荒れるのであった。

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