第一章5 王国での目覚め

第一章5王国での目覚め


「……ん?」


 目を覚まして、まず最初に視界に入ってくるものと言えば、普通は天井だろう。

 横を向いて寝ているならまだしも、航大は仰向けで寝ていたし、やっぱり最初に視界に入ってくるべきものは天井で間違いないはずである。


「……お目覚めですか?」


 しかし、この時ばかりは違った。

 確かに天井が見えるのだが、それは視界の半分までしか映ってはいない。じゃあ、航大の視界を半分埋めている天井以外の物はなんなのか、それは眼帯をつけた女性の顔である。


「うわあああああああああああぁぁぁっ!?」


 思わず驚きの声を漏らしてしまった。

 それもそうだ、目覚めてお互いの吐息を感じるくらい近くに見知らぬ顔があれば、誰でも驚くこと間違いなしだ。驚いた弾みでお互いの唇が触れそうになるが、それでも驚きの声を上げたのは航大だけだった。


「お目覚めから元気なのですね」


「いや、元気なんじゃなくてビックリしてるんだよ……」


 航大が目覚めたのを確認するなり、女性はベッドから身体を起こし、表情の乏しい顔つきで航大を見つめる。

 綺麗な顔が自分から離れることに、一抹のもったいなさを感じながら、航大もベッドから上半身を起こす。まだ寝ぼけ気味な頭を気合で回転させ、自分が置かれている状況を少しでも把握しようと務める。

 周囲を見渡す。


 どうやら、航大はあの森での一件の後、どこかへ運び込まれたようだ。身体に痛みはない。あの場で感じた喪失感も今は失われている。体調に問題はなく、完調といって良いだろう。


「俺はあの場で……ッ!? そうだ、あの子は!?」


 頭が冷静さを取り戻し、気を失う直前のことが脳裏に映像として蘇ってくる。若い兵士との出会い、魔獣との決闘……そして、背後から突き刺された少女。


「あの子はどこにッ……無事なのか……!?」


「ご安心ください。お連れの方は現在、王国屈指の治癒術士の手によって治療中となります」


「治療中って……無事なのかッ!? 助かるのかッ!?」


「ご安心ください。一時は危険な状態ではありましたが、現在は安定しておられます」


 取り乱す航大とは打って変わって、女性はどこまでも冷静だった。

 表情を一つ変えることなく、抑揚のない声で航大を落ち着かせようとする。しかし、逆にそれが航大の焦燥感を煽るのだが、どこまでも真っ直ぐな女性の様子に、航大のパニックも不思議と落ち着いていく。


「はぁ……とりあえず、無事なんだな」


「はい。ハイラント王国の治癒術士はこの世界において、一線級の実力を持っています。即死じゃない限りは何とかなるでしょう」


「治癒術士って……そうか、俺は異世界に来てるんだったな……」


「異世界? なんのことでしょう?」


「いや、こっちの話」

「一線級の実力を持っているのは自負しますが、それでももう少し治療が遅ければより危ない状況になっていたでしょう」


「よく間に合ったな、それ」


「我が国の兵士が貴方たちを背負って走り込んできました。自分も大きな傷を負っているのに、それを差し置いて貴方たちを助けて欲しいと懇願したのです」


 兵士。

 あの場でその言葉が差す人物を航大は一人しか知らなかった。

 魔獣を連れてきた、あの大剣を背負った青年だ。名前はライガと言ったはず。


「そうか。あの人が……後でお礼を言っておかないとな……」


「それは私たちの御礼の後にお願いできればと思います」


「御礼?」


「はい。我が国の兵士を救い、さらに魔獣を討伐したことでそれ以上の被害を食い止めてくださった。我が国、ハイラント王国の王女は貴方たちへ最大限の御礼をしたいとおっしゃっております」


「いや、俺にお礼とか言われても……戦ったのはあの子だし……」


「今は眠りについているあのお方にも、後ほど御礼を差し上げます。今はまず、最初に目を覚ました貴方様に御礼をさせて頂けますでしょうか?」


 あの戦いにおいて、航大はこれという実績を上げた感覚はなかった。

 直接、自分が戦った訳でもなく、航大はただ混乱の中で少女の言葉に従ったに過ぎない。さらに、航大の不注意のせいで少女を命の危機にまで晒してしまった。正直、王女からのお礼なんて物は航大にとってはあまりに荷が重い。


「では、お着替えを済ませてくださいませ。王女が謁見の間でお待ちです」


 こちらの気も知らず、眼帯をつけたメイド服に身を包んだ女性は無表情に無感情にそう言い放つのであった。


◆◆◆◆◆


 薄々、気付いていたことではあるが、どうやら航大はファンタジー世界でありがちな西洋風の巨大な城の内部にいるようだった。赤い絨毯が敷かれ、きらびやかな装飾が眩しい長い廊下をメイドの女性と一緒に歩く。


「ここはどこなんですか?」


「……ここはバルベット大陸を統べるハイラント王国にございます」


「バルベット大陸……ハイラント王国……?」


「……はい。この世界を形成する五つの大陸のひとつ……それがバルベット大陸です。この大陸の先には、広大な海を挟んで他に四つの大陸が存在します」


「へぇ……」


「そして、バルベット大陸全土を統治しているのが、このハイラント王国ということになります」


 それは現代でいう日本と同じような形なのだろう。

 現実世界で置き換えるのなら、バルベット大陸が日本全土を差していて、ハイラント王国というのが首都東京といった形であろう。


 ぴょんぴょんと腰まで伸びるポニーテールを揺らしながら、メイド服を着た女性は淡々とこの異世界について説明してくれる。

 犬の尻尾みたいに左右に揺れるポニーテールがどうにも気になって視線を外せない。意識していないと、無意識の内にポニーテールの先端を掴んでしまいそうになる。


「……私の髪が気になりますか?」


「うぇっ!?」


「触りたかったら触ってもいいですよ?」


 航大の心を読んでいるかのように、メイド服の女性はちらっと後ろを振り返る。

 心が見透かされた航大は頬を赤く染めて、無言で俯くことしかできない。


「あぁ、そういえば自己紹介が遅れてしまいました。貴方の寝相がとても可愛らしかったので、ついついそちらに注意が……」


「え、俺の寝相がどうかしましたか?」


「……いえ、今のは聴き逃してくださいませ」


 最後の方がゴニョゴニョした感じになってしまい、上手く聞き取れていなかったのだが、女性の反応的にそこまで大事なことではないようだ。

 城内を歩いてしばらくの時間が経過する。どうやらまだ目的地には辿り着かないようだ。

 さすがファンタジー世界のお城である。こちらが想像する何倍も広い敷地面積に脱帽するばかりである。


 城内は基本的に静かなイメージがあったのだが、このハイラント王国ではそうでもないらしい。城内を歩いている内に、何度か城の人間と思われる人とすれ違っていた。すれ違う誰もが笑みを浮かべて談笑しており、それだけでこの国に住まう人々が幸せを感じているのが分かる。


「あぁ、自己紹介をしようとしていたのでした。私はルズナ・ウィリアと申します。ハイラント城ではメイド長をしておりまして、この城のメイドたちを統括しています」


「へぇ……メイド長なんだ……」


「はい。普段はメイドたちの教育をしながら、王女の側近として身の回りのお世話をしています」


「王女の側近なんだ!?」


「はい。メイド長ですので」


 ふふんと、どこか自信ありげな様子を見せつけながら、女性は軽い足取りで前に進み続ける。彼女はメイドであることに強い自信を持っているようである。

 ルズナと歩いていると、目の前に仰々しく一際大きな扉が見えてきた。


「この先に王女が?」


「はい。この先が謁見の間となります。くれぐれも失礼がないようにしてください」


 女性の淡々とした声音が鼓膜を震わせ、否応にも緊張感が漂ってくる。

 扉の前には兵士が二人鎮座しており、不審者の侵入を絶対に許さないといった強い意志を鎧の向こうから感じ取ることが出来た。少しでも下手な行動を取れば、その腰にぶら下げている剣で一刀両断されるのだろう。


 ルズナは謁見の間へと通じる扉の前に立つと、守護する兵士へと視線を向ける。

 どうやら、それがこの扉を開くために必要な動作の一つのようだ。

 城内を包み込んでいた賑やかな雰囲気が一蹴され、この空間だけ別世界になっているのではないか、そんな錯覚すら覚える静寂。


 どれくらいの時間が経っただろうか。それは永遠にも思えたし、実際には一瞬だったのかもしれない。しばらく立ち尽くしていた航大たちに、兵士が声をかける。


「……王女は不在ですが」


「……へ?」


 兵士の言葉に間抜けな声を漏らしたのは、航大だった。

 これから謁見だ……と、気合を入れていたのが空回りした瞬間、思わず口から呆然とした声が漏れ出てしまう。


「……そうでした。王女は今、自室で休養なされているのでした」


「大丈夫か、この人?」


 やはり表情を変えず、自分のミスを言葉にするメイド長に航大は一抹の不安を覚えずにはいられないのであった。


◆◆◆◆◆


 それからまたしばらく城内を歩き回った航大。

 自分のミスを感じているのか、ルズナは口数少なく心なしか城内を歩く速度も上がっていたような気がする。このミスについては触れないのが正解なのであろう。心なしか元気が無くなったポニーテールと後ろ姿を見て、航大は内心で一人頷く。


「ここが王女の自室になります」


「へぇ……って、王女様の部屋なんかに来てよかったの?」


「王女は私に命じました。貴方が目を覚ました際には、一刻も早く会わせるようにと」


「そ、そうなんだ……」


「はい。私は王女の命令を確実に遂行しなければなりませんので」


 といって、ルズナは王女の自室の扉を数回ノックする。

 扉が叩かれる音が響いて、数秒の間が空く。


「はーい、ルズナ?」


「はい。ルズナでございます」


「どうぞ入って」


 中からは女の子の声が聞こえてきた。

 その声と話し方だけで、若い女の子であることが推測された。多分、航大と同い年くらいなのではないだろうか。なんとなく、そんな感じがする。


「では、失礼します」


 王女の反応を待って、ルズナは扉の取っ手に手を伸ばす。仰々しい装飾が施されている割には軽い音を立てて、扉が開かれていく。

 部屋のカーテンが開いているのだろう。開かれていく扉の隙間から太陽の光が差し込んできて、暖かい風が全身を駆け巡っていく。


「ふぅ、ドレスって疲れるのよね。てか、ルズナが居ないと着ることもできないんだから。ほら、早く手伝って……?」


「お着替え中でしたか、王女」


 扉が開かれ、部屋の内部が完全に見渡せる状況になる。

 航大が寝ていた部屋とは違い、王女の部屋は圧倒的だった。天蓋付きのベッドが中央に鎮座しており、キラキラと輝く宝石があちこちに散りばめられた、明らかに身分が高い者が生活すべき部屋がそこには広がっていた。


 そんな部屋の中央、太陽の光を浴びて輝くドレスを片手に持った美しい白銀の髪が印象的な少女は、可愛らしい表情を驚きに染めて、こちらを見つめていた。

 声から推測したように、背丈は航大と同じくらいであり、顕になった下着から除く白く美しい肌と、年相応に発達した身体はそこら辺の宝石に負けないくらい輝きを放っていた。


「王女のご命令通り、お客様を連れてまいりました」


「…………」


 無言の時が流れる。


 今、眼前で着替えている途中だった女の子は、その風貌から間違いなくこの国の王女なのだろう。その王女が今、航大の前でその素肌を晒している。


「いっ、いっ……」


 思考が完全に停止していた王女の顔がみるみる赤くなっていく。口を戦慄かせながら、その視線は航大に固定されていた。

 嫌な予感がする。

 そう航大が悟ったのと、城内に響き渡る少女の悲鳴が轟くのはほぼ同時だった。


「いやあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーッ!」


 耳をつんざく悲鳴が木霊する。

 なんで異世界に来てまで、アニメや漫画のテンプレ的な展開を体験しなければならないのか……鼓膜をぶち破る勢いの悲鳴を聞きながら、航大はそんなことを思うのであった。

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