終末世界のディストラクション ~英霊は異世界で斯く戦えり~
桜葉
第0章 序章
第0章 どこかにあった、終わる世界の物語
第〇章どこかにあった、終わる世界の話
――火があった。
――炎があった。
――世界の全てが灼熱の炎に包まれていた。
「……ごめんなさい」
謝罪の声が聞こえる。
これは誰の声なのか、玉座の間でこの物語の主人公であった神谷航大は倒れ伏し、誰かの謝罪を聞いていた。
聞き慣れた声。彼はこの声の持ち主を知っているはずだった。誰よりも、知っているはずだった。それなのに、今の航大にはそれが誰の声なのかを判別することはできない。
「……貴方を、助けることができなかった」
その声は鼓膜を震わせたのだろうか。
誰かがそこにいる。誰よりも近い場所に、君はいる。
視覚以外の感覚が死んでいることを航大は誰よりも知っていた。
聴覚が機能していないことは随分前に知っていた、だからこそ声が聞こえてくるはずがないのだが、確かに『それ』は航大の元に届いていた。
「――」
その声に応えたい。しかし、口を開いても声は出ない。代わりに出るのは、暖かさを失いかけている鮮血のみ。声を出そうとすればするほど、残り少ない自分の命を大きく削っていく。
――火があった。
――炎があった。
世界の全てを包み込む炎は、世界の全てを消し去ろうとしていた。
これは報いだ。世界を救えなかった航大に対する、神が用意したあまりにも残酷な報い。
しっかりとその記憶に刻みつけろと、視覚のみがかろうじて生きている俺に、神は見せつけているのだ。
刻一刻と世界がその形を失っていく。見慣れた城は跡形もなく崩れ去ろうとしていて、あんなに長い時間を過ごした城下町は、生命の存在を感じないほどに焼き尽くされていた。
「――」
身体の中から大切な何かが失われたのを感じる。
それは命よりも大切な何かで、それが今、航大の中で静かに息絶えた。
そのことに絶望し、咆哮する力さえ残されてはいなかった。悲しむことすら許さない、そんなあまりにも酷な現実を眼前に突きつけられる。
炎が近づいてくる。
何もかもが焼き尽くされた世界で、航大が倒れ伏すその場所だけが最後に残されていた。その場所が焼け落ちたのなら、本当の意味でこの世界は終焉を迎えるのだろう。
『哀れな人間よ』
空気を振動させる重低音な声が航大の鼓膜を確かに震わせた。世界が揺れるほどの、圧倒的な存在感がすぐ近くに佇み、力なき航大を見下ろしていた。
『己の無力を呪い、死ぬがいい』
その言葉には一切の感情が感じられない。
最後の力を振り絞り、声がした方へ視線を向ける。
そこには少女が立っていた。
灼熱の世界に支配される中、少女の白銀の髪は異様な存在感と共に光り輝いていた。
「――ッ」
こちらを見ていた少女の姿に驚きの声すら出ない。
彼女は侮蔑の瞳をこちらに向けていて、身体は熱に焼かれているというのに、心は急激に凍えていく。見るもの全てを凍てつかせる、そんな本能的な恐怖を前に身体が震えるのを禁じ得ない。
少女の片手には大振りの剣が握られていた。
その剣でトドメを刺そうとしているのは、明らかだった。
「……ごめんなさい」
何度目だろうか。そんな悲しげな声が聞こえてくる。
侮蔑の瞳からは一筋の涙が溢れている。表情と心内の感情が一致しておらず、彼女にそんな顔をさせてしまった事実に胸が痛くなる。
「――」
何度、言葉を発しようとしてきただろうか。しかし、その全ては確かな言葉として紡がれることなく、手を伸ばせば触れられる距離に少女が居ると言うのに、自分の気持ちすら伝えることは出来ない。
「……ごめんなさい」
謝るのはこちらの方だった。こんな結末はあってはならない。最悪の事態を回避するために今まで頑張ってきたのに、その全てが無駄になってしまった。
世界がこんな有様になってしまったのも、こんな結末を迎えてしまったのも、全ては自分の無力さが招いたことなのだ。
だからこそ、罵られることはあっても、謝られることはないはずだ。
しかし、少女は謝罪の言葉をやめない。涙を流して、小さく囁くような声音で謝罪を繰り返す。
少女の手がゆっくりと振り上げられる。自分の背丈ほどはある、巨大な大剣が軽々と持ち上げられる。小柄な少女が凶悪な輝きを放つ大剣を手にする姿は、薄れ行く意識の中でも衝撃的に映った。
「……さようなら」
それが彼女の最後の言葉だった。
もう涙は流れていない。
あるのは悲痛に染まった苦々しい顔だけ。
「――ッ」
航大が口を開こうとしたその瞬間だった。
少女が握った大剣は無情にも振り下ろされ、炎を映した刀身が迫ってくる。
それは一瞬の出来事だった。少女が振り下ろした大剣は航大の腹部を安々と両断した。
「――ッ!?」
瞬間。全身を強烈な痛みが走り抜ける。今までに感じたことのない痛みに、苦痛の声を漏らそうとしても、口から溢れてくるのは量を増した鮮血のみ。悶え、苦しむ姿を見て少女は表情を一切変えることなく、再び剣を振り下ろす。
眼前に迫る大剣は、一寸も違えることなく航大の心臓を貫いた。
誰が見ても分かる致命傷だった。体内に侵入してくる異物感と共に、生命を維持するための機能が失われていくのを嫌というほど強く感じる。
「…………」
致命傷を与えたのを確認するなり、もう用はないと少女は踵を返して歩き出す。
大剣は航大の心臓を貫き、玉座の床に突き刺さっている。これをどかして少女を追いかけることは不可能だ。
薄れ行く意識。失われる体温。
少女の姿が炎の中に消えていくのを見届け、航大はゆっくりとその目を閉じるのであった。
――これは、どこかにあった終わる世界の物語である。
――この物語には救いなど存在しない。
――せめて、次の物語では救いがありますように。
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