第41話ハルドゥーンと船長ペトルス

古くからの伝統的なガレー船であるが、何より巨大かつ豪華である。

また、甲板に出て動いている船員たちも、ハルドゥーンの厳しい目から見ても、キビキビ効率的に仕事をこなしている。


そんなハルドゥーンを見つけたのか、初老のガッシリとした男が、甲板から声を掛けてきた。


「おや、ハルドゥーンか?」

「そんなところで、突っ立っていないで、さっさとあがってこい」

「積もる話もあるぞ、酒もある」

「・・・女は・・・ないがな・・・」

何しろ、ザックバランなもの言い、厳しい目をしていたハルドゥーンもこれには笑ってしまう。


「何だ、頑固おやじのペトルスか!」

「白髪だらけじゃねえか、潮風に当たりすぎて頭まで白いのかい!」

「今行くから、酒を準備しておけ!ああ、肴は簡単にな!」

どうやらハルドゥーンと、船員と言ってもかなりの年輩であることから、おそらく船の責任者であるペトルスは旧知であるらしい。

ハルドゥーンのもの言いにも、全く遠慮はない。


そして、ハルドゥーンが誘いに応じて、さっそく甲板にあがると手際よく、赤ワインとチーズが準備されている。


「ふん・・・ワインは、エフェソスか、チーズはここらへんのヤギの乳」

ハルドゥーンはワインを一口、チーズも一口で産地を言い当てる。

そんなハルドゥーンをペトルスはからかう。


「まあ、イタリアなんぞは、飯についてはまだまださ」

「全て、ギリシャが教えた」

「そんなイタリアをほっつき歩いて来たお前には、この程度のワインとチーズがことのほか、美味しいんだろうなあ」

そんな、からかいを黙って聞いているハルドゥーンであるが、さすが甲板から船の設備を注意深く観察している。


「・・・しかし・・・磨き込まれて、素材から何から一級品だ」

「かなり、金をかけてあるなあ」

「それにさっきのぼる時にみたけれど・・・」

「あれらは?」

ハルドゥーンの目が鋭く光った。


「ふん、そういうことは、飯より目が速いか、ハルドゥーン」

ペトルスはハルドゥーンの問いを、軽く受ける。

「あれらはな・・・」

ペトルスの目も鋭く光る。


「火矢の同時発射器」

「長距離火炎発射器」

「どれも船のあちこちに配備してある」

「それから鋼の櫂、これも小舟ぐらいじゃあ、一撃」

ペトルスは、ここで間を取った。


「何しろな、テオドシウス帝の厳命さ」

「決っして傷一つつけるな」

「航路の邪魔になる船は、味方であろうと、叩き潰せ・・・さ」

ペトルスは、肩をすくめた。

ペトルス自身が、呆れている部分も多いようだ。


「そうか・・・そこまでか・・・」

ハルドゥーンは少し考え込んだ。

そしてペトルスの顔を見る。


「確かにな・・・」

「テオドシウス帝の考えもよくわかる」

「ここで船で歓待すれば、この噂はローマまで広がる」

「阿呆のヴァレンティウスに、これ見よがしにシャルル様への歓待を見せつける」

「それで、ますます阿呆の支持は減り、下手をすれば暗殺もある」

「そこで、その機会を捉え、ローマを統一する・・・」

「上手い具合に、アッティラもそこにいて、テオドシウス帝が歓待するシャルル様に無礼を働いた阿呆のヴァレンティウスに懲罰を加えよと言えば・・・」

ハルドゥーンはペトルスの顔を見た。


「そうか・・・今のローマなら、簡単に落とせるか・・・」

「シャルル・・・まだ逢ったことはないが・・・」

「イタリア半島にいないし、こちらの保護下にある」

「だから、何のためらいも危険も無く、戦争を仕掛けることができるのか」

ペトルスも、即時にハルドゥーンの読みを理解した。


しかし、ハルドゥーンは再び考え込んだ。

ハルドゥーンの次の言葉を、ペトルスは待った。


しばらくして、ハルドゥーンは声を低くした。

「シャルル様は・・・こういう戦いは、絶対に好まれない」

「そんなことを、一言でも口にしたとすると・・・」

「この船には乗らない」


ハルドゥーンの言葉で、今度はペトルスが考え込む。

「・・・よくわからないが・・・」

「シャルルという男は・・・」


そんなペトルスにハルドゥーンが声をかけた。


「おい!」

「とにかく会わせる」

「そうでなければ、わからん」

「あのお方は、特別」

ハルドゥーンは、そう言って、すでに輝きはじめた星を眺めている。

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