第20話  シャルルのローマ到着

アエティウスの不安をよそに、最初にシャルルに対して行動を起こしたのは、キリスト教団だった。

ローマの最高司教を先頭に隊列を組み、ローマの門の前でシャルルの馬車を待つ。

そして、通常よりも豪華な衣装のキリスト教団の姿に感づいたローマ市民が周囲に群がっている。

既に、数千人の集団でシャルルを迎える体制になっていいる。

楽器を鳴らす者、歌う者、踊る者、様々な露天商も数多く見える。


「ふぅっ・・・」


アエティウスは丘の上から、ローマの門の騒動を注視している。

市内の秩序保持もアエティウスの重大な任務なのである。

暴動等が発生すれば、すぐに鎮圧をしなければならない。


「これでは、凱旋将軍以上の人気だ。」

「諸民族融和の星か・・・シャルルは・・・」

「噂が噂を呼び、虚像がふくれあがっている」

「本当の姿は、対面しなければわからぬことであろうに・・・」


「体調を崩しているとも聞く」

「このローマで回復するであろうか・・・」

様々な情報の中で、アエティウスは期待よりも不安にかられている。


「どうしたら・・・」


歓声が、かなり高まっている。

シャルルの到着が近づいているらしい。



「行くしかあるまい・・・」

アエティウスは、見事な黒毛の馬に飛び乗った。

意を決して、丘を駆け下りていく。



「シャルル様・・着きました」

ハルドゥーンが馬車の扉を開ける。

開けた扉から、夥しいほどの群集が見えている。


「かなりな人出ですね・・・お祭りでも?」

シャルルは驚いている。


「いや・・・全てシャルル様をお待ちになっておられます」

ハルドゥーンから、シャルルにとって意外な言葉が告げられた。


「え?」

シャルルはハルドゥーンの言葉の意味がわからない。


「ここまでの街道での出来事が、かなりな評判を呼んでいるのです」

ハルドゥーンは真剣な顔をしている。


「わかりました。これも神の御心だと・・・」

シャルルもハルドゥーンの真剣な顔に応えた。

そして馬車を降りようとする。


「あっ・・・シャルル、まだ危ない・・・」

メリエムが不安げな声をシャルルにかける。

確かにシャルルの足は少しふらついている。


「うん、大丈夫、朝方よりはかなり良くなった」

シャルルはメリエムの静止を聞かず、馬車から降りた。

さっと、アッティラがシャルルの身体を支えようとする。


「大丈夫です。自分の力で立たなければ・・・ここに来た意味がありません」

シャルルはアッティラに軽く頭を下げ、微笑んだ。

アッティラもシャルルの意を理解した。

同じように微笑んでいる。


「ほぉっ・・・」

シャルルの眼の前に、夥しいほどの群集そして巨大なローマが広がっている。

ミラノやフィレンツェとは比較にならない巨大さである。


「これが、ローマか・・・」

シャルルの青い瞳が、輝きを増している。


シャルルはゆっくりと歩き出した。

あわててハルドゥーンとアッティラが両隣を護衛のように、張り付いた。

メリエムもシャルルの後ろを歩く。

ジプシーの集団・・・実は東ローマ皇帝の近衛団やアッティラの部下もシャルルとハルドゥーンを完璧な状態で警護する。


「心配はいりません。すべては神の御心次第なのですから・・・」

シャルルは、いつもの柔らかい笑みを浮かべている。

あまりの完璧な警護の状態に、恐縮しているかのよう表情になる。


「いやいや、ローマには悪党も多い、どこから何が飛んでくるかわかりません」

ハルドゥーンは周囲に眼をこらしている。

「アエティウスや皇帝ヴァレンティウス3世と親密になった、アッティラでさえ、毒殺されそうになった。」

アッティラの表情も厳しくなっている。

ハルドゥーンもアッティラも警護体制を崩そうとはしない。



雲霞のごとく集まったローマ市民も、驚きの眼でシャルルの集団を見つめている。

「一介の僧侶ではないか・・・しかも、まだ少年のようだ・・・」

「恥ずかしそうな顔をしている」

「豪快さとか、力強さの顔ではない・・・」

「うん・・・可愛らしいし・・・美しい・・・」

「でも・・・なんとなく話しかけてみたいなあ・・・」

「一緒に何も話さないけれど、近くに座っているだけで幸せになれそう・・・」


様々なささやき声も聞かれだした。


「ねえ、シャルルどこへ向かっているの?」

メリエムが尋ねた。


「うん・・とりあえず、散歩なんだけど・・・」

シャルルの何でもないような答えが返ってきた。


メリエム

「だめ・・そんなことだと、ローマの人、あなたのあと、ずっと付いてきているし・・」

シャルル

「そんなこと言ったって・・・」


「メリエムの言う通り・・・さっそく、えらい人が来ましたぞ・・」

ハルドゥーンが声を低くした。

ハルドゥーンの言う通り、見事な黒毛の馬に乗った男が、坂を駆け下りてくる。


「うっ・・・」

アエティウスは馬を降りるなり、思わずうめいてしまった。

おそらく、あの少年のような僧侶がシャルルであることは、すぐにわかった。

そして、隣に立つハルドゥーン・・・東ローマの智将でもあり、猛将である。

そしてアッティラ大王・・フン族の期待を一身に背負う男。

彼らと並んでシャルルの身体全体から発せられる光のようなものは、一見しただけでハルドゥーンやアッティラを超えてしまっている。

アエティウス自身、数々の戦場の修羅場をくぐってきた自負はある。

たいていのことや、たいていの人物には驚くことはない。


「わからない・・・しかし、不思議な力を持つ少年だ・・・」

アエティウスは、自然に、その頭をたれてしまう。


「久しぶりだな・・アエティウス」

ハルドゥーンから声がかかった。


アッティラ

「同じくだ・・ヴァレンティウスはどうだ・・・」


ハルドゥーンとアッティラがアエティウスに、声をかけた。


「そんなことより、大騒動だな・・・」

ハルドゥーンとアッティラの声で、少し冷静さを取り戻したアエティウスが応えた。

ハルドゥーン

「しかたあるまい・・自然に集まってしまった。」

アッティラ

「とりあえず騒動を鎮めるのは、アエティウスの役目だろう」

確かに、ハルドゥーンとアッティラの言う通りである。

どう考えてもシャルル自身がローマ市内で何かを行って発生した群衆ではない。


「噂が噂を呼び・・」発生した群衆である。

そしてその群衆の眼が、シャルルの集団とアエティウスの動きに注がれているのである。

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