王様と護衛

 先週か、いや先々週だった気がする。

 王族警護隊が突然解散させられる事態が起こった。彼らはその名の通り王族を警護する、近衛兵の中でもエリート中のエリートだ。

 そのエリートたちが、ティーゲルの鶴の一声で解散させられた。

 ――王族って、儂とカットしかいないではないか? 警護隊自体、その数を縮小させるべきだと思うのだが? つーか、カット警護隊より強いし問題ないだろう?

 これがその時のティーゲルの言葉だ。

 先々代の王の時代、近隣諸国では次々と後継ぎが急死する不幸に見舞われていた。度重なる政略結婚により、この国の王族は近隣諸国と血縁関係にある。そのため、第一王位継承者であるティーゲルをのぞき、他の王子や姫たちは次々と他国の王位継承権を得るという幸いに見舞われた。

 これによりティーゲルの代になって困ったことが起こった。王位継承権を継ぐことが出来る人間が、息子のカット以外いなくなってしまったのだ。

 彼は考えた。

 たった1人しかいない王位継承者をどうやって守っていけばいいのか。

 そして彼は、鬼のような特訓により息子を日々鍛えていったのだ。剣豪王ティーゲルと呼ばれた父の血を継ぎ、カットは剣の腕をめきめきとあげていった。

 今や、貴族たちの中でもえり抜きの実力者とカットは肩を並べるほどに強い。強すぎて、昨年行われた剣術大会で自分を警護する隊員すべてを倒し、優勝してしまったぐらいだ。

 その実力を逆手にとられた。

 彼が王族警護隊を解散させる様を、カットも指を銜えてみていたわけではない。散々ティーゲルに掛け合ったが、彼の意向を変えることはできなかった。

 王位についているとはいえ、カットはまだ半人前だ。実質的な権力はティーゲルが握っている。

「父上は何を考えているんだ……」

 はぁっとカットはため息をついて、顔をあげる。窓を走る雪景色を眺めながら、カットは頬杖をついていた。

 馬車の心地よいゆれが、沈んだ気持ちを慰めてくれているようだ。窓に映る自身の姿を眺めながら、カットはさらに物思いに沈む。

 銀髪で覆われたカットの頭は、愛用の猫毛帽子ですっぽりと覆われていた。忌々しい猫耳も帽子に隠れて見えなくなっている。

「その帽子、お好きなんですね」

 向かいの席から愛らしい声がして、カットは肩をピクリと動かしていた。顔を向けると、軍服に身を包んだ麗人がこちらに微笑みかけてくる。

「母が、作ってくれたものなんだ」

「お妃さまが……」

 頭の帽子をなでて、カットは彼女に曖昧な微笑みを浮かべていた。

 フィナの表情が曇る。そんなフィナの表情を見て、カットは少しばかり胸を痛めていた。

 帽子のことにふれられたら、カットは帽子の制作者の名前を挙げることにしている。そうすれば、誰もが帽子を被ることを自然と黙認してくれるのだ。

 カットの亡き母ヴィッツは温厚な性格から国民に慕われていた。そして、幼いカットを残し夭逝してしまった悲劇の王妃でもある。

 今でもカットは鮮明に思い出すことができる。

 純白のドレスに身を包んだ棺の中の母親の姿を――

 彼女の棺をノルウェージャンフォレストキャットたちが橇に乗せて教会まで運んでくれた。

 王都の人々は黒衣に身を包み、涙を流しながら母を見送ってくれたのだ。 

 カットはあのときのティーゲルの姿を忘れることができない。

 必死になって涙をこらえる父を見たのは、後にも先にもこのときだけだった。

 自分を結婚させたいという父の気持ちをカットは痛いほど分かっている。自分もできるならその気持ちに応えてあげたい。

 でも――

 じっとカットはフィナを見つめる。

 昨日から自身の警護の任についている彼女は、父が結婚相手にと自分に用意した女性で間違いないはずだ。

「どうかなさいました? 陛下」

「いや、フィナは女の子なのにどうして俺の警護なんかしてるのかなって思ってっ」

「女が、王をお守りしてはいけないということですか?」

 眼を鋭く細め、フィナがカットを見すえる。

 そんな彼女の様子をみて、カットは苦笑を浮かべていた。フィナはこういった質問をすると、すぐに機嫌が悪くなる。それも仕方のないことだ。

 先々代の王の時代から、この国では貴族の女性も軍隊に入ることが出来るようになった。未だにその数は少なく、軍では肩身の狭い思いをしている女性たちがほとんどだという。

 貴族の娘たちは家のために良い結婚をすることが幸福だと教えられるものだ。同じ貴族の女性たちも、軍隊に身を置く彼女たちを理解する者は少ないだろう。そんな少数者であるフィナが自分との結婚を望んでいるとは思えない。

「すまなかった。質問を変えよう。フィナに好きな人はいるかな?」

 彼女の頬が赤く染まる。眼を伏せ、彼女はカットから顔を逸らしてみせた。

「なぜ、そのような……」

「いや、俺にも気になってた子がいてさ、その君が……」

 カットの脳裏に、幼い頃の記憶が蘇っていた。

 ――あなたなんて猫になっちゃえばいい!!

 雪が降っていたあの日。カットは、友達であった少女を傷つけた。

 突き飛ばした彼女は、赤い眼で自分を睨みつけそう叫んだのだ。

 その次の日から、カットの耳は猫耳になった。

「違いますよ、陛下……」

 小さくフィナが言葉を紡ぐ。

 そっとカットに向き直り、フィナは微笑んでみせた。その微笑みが、どことなく悲しげなのは気のせいだろうか。

「私に、人に愛される資格などありません。私は、国王陛下をお守りしたい一心で軍隊に入った身です。愛されるのではなく、この国の盾になり誠心誠意お仕えする。それが、私の望みなのです……。私は女です。出過ぎたことをしていることは分かっています。そんな私と、初恋のお方をお比べになってはいけません……」

 胸に手を当て、フィナは言葉を紡ぐ。美しく煌めく彼女の眼から、カットは眼を離すことができなかった。

 

 


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